[スポンサーリンク]

一般的な話題

天然バナジウム化合物アマバジンの奇妙な冒険

[スポンサーリンク]

アマバジンは特定の酸化還元反応だけを触媒する

 

金属元素のひとつバナジウムの元素記号は「V」。周期表では第5族の位置にあります。5のギリシャ数字も、バナジウムの元素記号も、似たような形の文字で、面白い偶然の一致です。このバナジウムは、材料化学の分野でも面白い話題がたくさんあるものの、今回は天然物化学の分野からアマバジンと呼ばれる物質を紹介します。

実は、酵素でもないのに相手を認識して、酸化還元反応を触媒するとか、しないとか。

アマバジン(amavadin)は、天然に存在するバナジウム化合物です。バナジウム含有量から示唆されるところによれば、キノコのなかまのうち、ほぼベニテングダケ(Amanita muscaria )だけで、アマバジンは見られます[6]。アマバジンの構造式の中央で美しく輝く「V」の文字が、先ほど確認したバナジウムの元素記号です。

GREEN2011amavadine1.png

テングタケ属4種キノコのバナジウム含有量[6]

 

ベニテングダケ自体は鮮やかな赤色をしているものの、精製したアマバジンは淡い青色(pale blue)をしています[1]。バナジウム原子があると核磁気共鳴が安易に使えないため、構造決定は一筋縄ではいかず、苦労のほどがしのばれます[1],[2]。最終的には、結晶構造解析で、立体構造を含め確定しました[5]。

 

アマバジンはベニテングダケの有毒成分ではない

ベニテングダケと言えば、ザ・毒キノコの名をほしいままにせんばかりの典型的なビジュアルをしており、鮮やかな赤色のかさに、イボ状で白色の斑点があります。赤い帽子をかぶった史上最も有名なゲームキャラクターとされるマリオの好物と思われるスーパーキノコのデザインも、このキノコが由来になっているようです。

毒キノコから抽出された成分なのだから、アマバジンもきっと猛毒なのだろうと思いたくなります。しかし、そうではありません。なぜならばアマバジンとは別に強力な有毒成分が含まれており、アマバジンにはほとんど毒がないからです。

ベニテングダケの毒素はイボテン酸、乾燥するとできるムッシモールです。そしてムスカリンなどいくつかのアルカロイドも含まれています。ベニテングダケの中毒症状はもっぱらこれらの毒素によるもので、アマバジンの含有量では直ちに影響があるとは考えられません。一年間、毒抜きしたベニテングダケを食べ続ければ、アマバジンでバナジウム過剰になる計算ですケド。

GREEN0122.PNG

旨味成分のようでも猛毒

ベニテングダケは有毒だが、アマバジンが原因成分というわけではない。だとしたら、いったいなぜアマバジンが含まれているのでしょうか

 

アマバジンて何をしているの?

アマバジンが硫黄化合物の酸化還元反応に関わっているらしいということは、化学合成の方法[2]が確立してすぐに報告[3]されています。ひとの手で合成できるようになったからこそ、実験が可能になって判明した内容です。さらに、アマバジンとほとんど同じような構造をしているものの、大量合成しやすいように少しだけ構造が異なるバナジウム化合物を用いた実験で分かったところによると、どうやらアマバジンはまるで酵素のように基質を認識しているらしいとのことです[4]。

GREEN0123.png

アマバジンはカルボキシル基(-COOH)を持つチオールでだけジスルフィドに変換する反応を触媒

アマバジンのモデル化合物を使った実験[4]によると、システインメルカプト酢酸メルカプトプロピオン酸グルタチオンなどカルボキシル基を持つチオールを酸化してジスルフィドに変換する反応を触媒したとのこと。これに対して、アミノエタンチオールプロパンチオールプロパンジチオールなどのカルボキシル基を持たないチオールではほとんど反応が進みませんでした。

GREEN0124.PNG

アマバジンとモデル化合物の構造

量子力学にもとづく理論計算によれば[7]、どうも基質のカルボキシル基がアマバジンと相互作用してから硫黄原子間結合ができるようです。カルボキシル基の有無を認識ねぇ~。だからなんだと、謎は深まるばかりですが、アマバジンの生理機能がどうしても気になるどなたか、ベニテングダケの大量栽培あたりから手をつけてみてはいかがでしょう。

 

参考論文

[1] “Determination of the Structure of the Vanadium Compound, Amavadine, from Fly Agaric.” Kneifel et al. Angew. Chem. Int. Ed. 1973  DOI: 10.1002/anie.197305081

[2] “Stereochemistry and Total Synthesis of Amavadin, the Naturally Occurring Vanadium Compound of Amanita muscaria.” Kneifel et al. J. Am. Chem. Soc. 1986 DOI: 10.1021/ja00271a043

[3] “The electrochemistry of amavadine, a vanadium natural product.” Nawi et al. Inorganica Chimica Acta. 1987  DOI: 10.1016/S0020-1693(00)85559-0

[4] “Evidence for a Michaelis-Menten Type Mechanism in the Electrocatalytic Oxidation of Mercaptopropionic Acid by an Amavadine Model.” Silva et al. J. Am. Chem. Soc. 1996  DOI: 10.1021/ja9607042

[5] “The Structural Characterization of Amavadin.” Berry et al. Angew. Chem. Int, Ed. 1999  DOI: 10.1002/(SICI)1521-3773(19990315)

[6] “Mineral composition of basidiomes of Amanita species.” Vetter J et al. Mycycol. Res. 2009 DOI: 10.1017/S0953756205002455

[7] “DFT characterization of key intermediates in thiols oxidation catalyzed by amavadin.” Bertini L et al. Dalton Trans. 2011 DOI: 10.1039/c1dt10103j

 

関連書籍

 

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. Slow down, baby, now you’r…
  2. ニルスの不思議な受賞 Nils Gustaf Dalénについて…
  3. 波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality: …
  4. 化学に耳をすませば
  5. 有機アジド(2):爆発性
  6. 再転職の成功へ: 30代女性研究者が転職ミスマッチを克服した秘訣…
  7. 常温・常圧で二酸化炭素から多孔性材料をつくる
  8. セライトのちょっとマニアックな話

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 科学はわくわくさせてくれるものーロレアル-ユネスコ賞2015 PartII
  2. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑫:「コクヨのペーパーナイフ」の巻
  3. リチャード・シュロック Richard R. Schrock
  4. Innovative Drug Synthesis
  5. IGZO
  6. ガブリエルアミン合成 Gabriel Amine Synthesis
  7. イオン液体のリチウムイオン電池向け電解液・ ゲル電解質への応用【終了】
  8. 第10回次世代を担う有機化学シンポジウムに参加してきました
  9. 積水化学、高容量電池の火炎防ぐ樹脂繊維複合材を開発
  10. 軸不斉のRとS

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP