[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ホウ素から糖に手渡される宅配便

[スポンサーリンク]

 

非天然の人工に設計した化合物で、一見すると単純な構造をしていますが、興味深い用途が提案されています。このホウ素化合物をあなたならば何に使おうと考えますか?

 

1つめのヒントです。最も期待される応用先は医薬品ですが、これ単品では毒にも薬にもならず、とくに生理活性はありません。何かを助ける物質です。

 

2つめのヒントです。構造式を見てまず目につくのはホウ素原子でしょう。この分子のようなボロン酸のなかまは、複数のヒドロキシ基を隣接して持つ化合物と結合しやすく、とくにはボロン酸の重要な標的となります。単糖にはいくつか種類があるものの、立体障害がなければ、ボロン酸は、糖のヒドロキシ基とホウ酸エステル結合を交わそうとする傾向があります。

GREEN0354.PNG

ボロン酸の性質

3つめのヒントです。アミノ基を導入してある理由は便宜上のものであり、例えばクリックケミストリーでおなじみのアジド基など、別の官能基でも構いません。今回は、カルボジイミドを脱水縮合剤として、この分子でカルボキシル基を修飾するためにアミノ基を導入してあります。

GREEN0353.png

代表的なカルボジイミドのひとつ

EDC; 1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimide hydrochloride 

このホウ素化合物には、薬物送達(drug delivery)の用途が提案されています[1]。

 

膜タンパク質など細胞表面にある物質を標的にするならばともかく、細胞内部にある物質を標的とした場合、薬剤が細胞膜を通過できなければ、ほとんど効果を発揮することはできません。細胞膜さえ突破できればたくさんの可能性が拓けるにもかかわらず、応用され社会に貢献しないままの物質は数多くあります。とくに、核酸製剤やタンパク質製剤などの高分子は、多様な生理作用を持つにも関わらず、薬物送達が鬼門中の鬼門になって実用をはばんでいます。

薬物送達システムには他の様式もたくさん開発が進められていますが、新参のホウ素化合物[1]の秘訣は細胞の表層にうじゃうじゃと分布する糖鎖にあります。

 

まず準備として、今回のホウ素化合物を、生理活性ペプチドなど細胞内部に運び入れたい分子(図中”Protein”)につなげます。アミノ基を入れてあるのはそのためで、生理活性を持ったタンパク質のカルボキシル基末端や、グルタミン酸アスパラギン酸といった酸性アミノ酸の側鎖にあるカルボキシル基に対して、脱水縮合でつなげていきます。これで用意が完了です。

GREEN0352.png

細胞表層の糖鎖が狙い目!

そして、このホウ素化合物で修飾したタンパク質を、生体に投与します。すると、細胞の表面に林立した糖鎖とホウ酸エステル結合を交わし、その後、修飾されたタンパク質ごとエンドサイトーシス食作用)で細胞内部に取り込まれます。哺乳類の培養細胞で実際に投与してみたところ、期待通り送達され、細胞の内部でタンパク質が機能し、細胞の状態が変化するさまが観察されたとのことです。

 

今後の展望としては、細胞のタイプで異なる糖鎖を認識して、がんなど特定の組織を狙い撃ちする薬物送達を可能にしたいとのこと。確かに、糖をキラルに認識するボロン酸が、以前から報告されています[2]。シンプルな構造だけに、これからどう改良していくか、まだまだたくさんの可能性を秘めているかもしれません。


 

参考論文

  1. 生体へ高分子の薬物送達を仲介するホウ素化合物 ”Boronate-Mediated Biologic Delivery” Gregory A. Ellis et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja210719s
  2. 単糖をキラルに区別する蛍光分子センサーとして機能するホウ素化合物 “Chiral discrimination of monosaccharides using a fluorescent molecular sensor” Tony D. James et al. Nature 1994 DOI: 10.1038/374345a0

 

関連書籍

 

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 電子を閉じ込める箱: 全フッ素化キュバンの合成
  2. 人工DNAから医薬をつくる!
  3. 2016年ケムステ人気記事ランキング
  4. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」②
  5. 「ドイツ大学論」 ~近代大学の根本思想とは~
  6. 有機合成化学協会誌2019年8月号:パラジウム-フェナントロリン…
  7. サラダ油はなぜ燃えにくい? -引火点と発火点-
  8. アリルC(Sp3)-H結合の直接的ヘテロアリール化

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「未来博士3分間コンペティション2020」の挑戦者を募集
  2. 夢・化学-21 化学への招待
  3. 第6回慶應有機化学若手シンポジウム
  4. 液体ガラスのフシギ
  5. 小学2年生が危険物取扱者甲種に合格!
  6. マテリアルズ・インフォマティクスにおける高次元ベイズ最適化の活用-パラメーター数が多い条件最適化テーマに対応したmiHub新機能もご紹介-
  7. タンパク質立体構造をPDBjViewerで表示しよう
  8. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー】 マイクロ波による新事業 石油化学・プラスチック業界のための脱炭素・電化ソリューション
  9. 理論的手法を用いた結晶内における三重項エネルギーの流れの観測
  10. 【PR】 Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタッフ募集】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP