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化学者のつぶやき

「超分子重合によるp-nヘテロ接合の構築」― インド国立学際科学技術研究所・Ajayaghosh研より

「ケムステ海外研究記」の第9回目は、大阪府立大学大学院工学系研究科(八木繁幸研)博士課程2年・岡村奈生己さんにお願いしました。

岡村さんとは先日のサイエンスアゴラ後(諸事情によりケムステは出展しませんでしたが)に、少しお話しするご縁がありました。そこでの話に度肝を抜かれました。日本人化学者としてインドに留学してきたというのです!!インド人研究者を和製ラボで受け入れるケースは多数あれど、逆のケースはかつて耳にしたことがありませんでした。実情も流石インドというべきか期待を全く裏切らないものであり、抱腹絶倒エピソードを多数堪能させて頂きました(笑)。その一方でしっかり化学研究も進めておられている様は素晴らしく、「唯一無二の貴重な人生経験を、是非ケムステの皆さんに共有ください!」と寄稿依頼をさせて頂いたところ、快くお引き受け頂けました。

ケムステ読者の皆さんも、ちょっと他では読めないお話を今回はご堪能いただければと思います。

Q1. 留学先では、どんな研究をしていますか?

私は現在大阪府立大学の八木研究室と、CSIR-インド国立学際科学技術研究所(CSIR-NIIST)Ajayaghosh研とを行き来して、有機薄膜太陽電池(Organic photovoltaics; OPV)への応用にむけた光電変換色素の超分子重合に関する研究を行っています。今は日本に帰って来ていますが、来年もまたAjayaghosh研に実験しに行きます。

バルクヘテロ接合型のOPVでは、電子ドナー材料(ポリチオフェン誘導体などの色素)と電子アクセプター材料(フラーレンなど)の混合薄膜が光を吸収し、光誘起電子移動が起こることでホールと電子が形成され、これらがそれぞれ正極と負極に流れていくことで光電変換が起こります(Fig. 1)[1]。光電変換効率を高めるためには広いドナー-アクセプター接触(p-nヘテロ接合)面と、長距離で整然とした移動経路(p-/n-チャネル)を如何に形成できるかがカギです。このような需要から、分子内にドナー性部位とアクセプター性部位を有する液晶性のπ系低分子を自己組織化させることで、各成分の独立したπスタッキングによるメソスケールのp-/n-チャネル形成が報告されています[2]。

fig1

Fig. 1.有機薄膜太陽電池の光電変換原理.

私が所属する八木研究室ではこれまでに、近赤外領域に強い吸収を示すスクアリリウム(SQ)系の光電変換色素を合成してきました[3]。より高い光電変換効率を目指して、上記の概念を利用し自己組織化によりp-/n-チャネルを形成するSQ色素(Fig. 2)を設計・合成しました。これは長鎖アルキル基の疎水性相互作用とSQ部位の強いπスタッキング性により超分子ポリマーの形成が期待できます。

Ajayaghosh研では、八木研で合成したこの色素の超分子重合について研究を行いました。具体的には、超分子重合の条件検討と、形成される会合体の分子パッキングおよび高次構造の観測です。CSIR-NIISTの研究所長でもあるDr. A. AjayaghoshScience[4]やNature姉妹紙[5]に超分子重合や自己組織化の論文を発表している超分子の専門家であり、CSIR-NIISTには高解像度の原子間力顕微鏡(AFM)や電子顕微鏡、X線回折装置(XRD)などの装置が整っています。

昨年度の現地実験では、超分子重合時の溶媒極性を変えることで、色素分子同士がぴったり重なったH会合体と、分子同士がずれて重なったJ会合体とを作り分けることができました。興味深いことにこれらは高次構造も大きく異なり、AFMや電子顕微鏡で観察すると前者はマイクロメートルオーダーの長さのファイバーであり、後者は直径数百ナノメートルの粒子であることがわかりました。これらはキャリア移動度が異なると考えられますが、H会合体ファイバーは目的の長距離p-/n-チャネルが形成されていると期待しています。これら成果は先日の高分子討論会で発表しました[6]。現在、会合メカニズムやキャリア移動度評価などについてさらに研究を進めているところです。

Fig. 2. 本研究のスクアリリウム色素とその超分子ポリマーの概念図.

Fig. 2. 本研究のスクアリリウム色素とその超分子ポリマーの概念図.

 

Q2. なぜ日本ではなく、海外で研究を行う選択をしたのですか?

この留学はDST-JSPS(インド科学技術部-日本学術振興会)二国間交流事業というプロジェクトの一環として行われています。私が所属する日本側の八木研と、もともとPI同士に交流があったインド側のAjayaghosh研とで応募したところ採択され予算を頂き、インドへ実験しに行く学生を選出することになりました。これまでも私の研究グループでは、同様に外部資金を得て先輩たちがアメリカやイギリスに留学しており、私は海外での研究に強い憧れがありました。さらに、今回の共同研究先は最先端の装置が揃っている国立研究所であることが大きな魅力でした。また、このプロジェクトは私本来の学位研究とは異なるテーマだというのも1つの理由でした。実は私の学位研究は有機EL用のりん光性有機金属錯体[7]やキャリア輸送材料[8]の創成がテーマであり、太陽電池や超分子と直接の関係はありません。この留学は自分の知らない分野を学べる大チャンスだと考えました。あと、インドに留学する人生はなかなかレアだろう、どう考えても面白いだろうというのもありました(笑)。そこで、教員に薦められつつ、私自身強く志願したのでした。

 

Q3. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

渡航前、予防接種には気を遣いました。インドはまだ発展途上の国であり、様々な疫病が蔓延しています。私は腸チフスとA型肝炎の予防接種をしました。また、インドは蚊が多くマラリアの危険地域でもあるのですが、実はマラリアには未だワクチンがありません。予防するために、滞在期間中と帰国後1ヶ月間、毎日抗生物質を飲みました。それと、最大の脅威は狂犬病です。これは犬に嚙まれて感染した際、無処置なら致死率98%以上だそうです。しかし、日本には狂犬病がないため、予防接種には保険が下りずかなり高価です。まあ犬に噛まれることはないだろうと予防接種をしなかったのですが・・・ある晩少し遅い時間に、研究所の敷地内にある自分のアパートに帰ろうとすると、アパートの前で野犬の群れに吠え囲まれてしまいました。「嗚呼、ここで人生が終わってしまうのか。」と覚悟したとき、たまたま横を通りかかった見知らぬインド人が野犬と戦って追い払ってくれました。名も知らぬ彼は私の命の恩人です。。。

研究で困ったのは、現地では超脱水グレードの溶媒を購入するのが困難なことでした。本プロジェクトの色素は会合体形成が水の存在に敏感なので、溶媒が湿気ていると再現性が低下します。仕方なく蒸留した溶媒を使っていたのですが、インドは湿度が非常に高くてすぐ湿気てしまうため、非常に悩まされました。また、電力供給が不安定で、研究所が一日に何度も瞬間的に停電するのも困りものでした。例えばデスクトップPCや分光光度計にはバッテリーをつけておかなければなりません。XRDに至っては自動車用の鉛蓄電池を十数個繋いで電力を確保していました。

 

Q4. 現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

所属する八木研にはポスドクはおらず博士課程の学生も少ないですが、一方Ajayaghosh研はほとんどがポスドクとPh. D. コースの学生で構成されていたのが非常に新鮮でした。ラボメイトたちは非常に親切で陽気な方たちで、朝6時からでも親身に実験に付き合ってくれて、空いた時間はとことんディスカッションしてくれます。毎週土曜日の報告会もDr. Ajayaghoshを中心に非常に積極的に議論が交わされ、波風立てないようにと大人しくする日本とは全く違う空気に感動しました。研究以外でも、休日に旅行に連れ出してくれたりと、本当に素敵なラボメイトたちです。

研究所内では基本的にインド人同士でも英語で会話しています。というのも、インドには22もの公用語があり、全土から研究者が集うCSIR-NIISTではインド人同士でも必然的に英語で会話せねばならないのです。ちなみにCSIR-NIISTが位置するインド南部のケララ州ではマラヤーラム語が使われています。見たこともないマラヤーラム文字が並ぶ夜の市街地は、煌びやかな電飾が施されたたくさんの寺院が街中に溶け込んでおり、幻想的な異国の雰囲気を感じさせます。

研究室のボス:A. Ajayaghosh博士(CSIR-NIISTのwebサイトより引用)

研究室のボス:A. Ajayaghosh博士(CSIR-NIISTのwebサイトより引用)

Fig. 3. Ajayaghosh研の皆様と、お別れ会にて。

Fig. 3. Ajayaghosh研の皆様と、お別れ会にて。

 

Q5. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

良かったこと

やはり英語に自信がついたのがとても良かったです。私は正直なところ英文法は苦手で、初めは「間違った英語をしゃべってしまうかもしれない」と思うとなかなか発言することができませんでした。しかし、インド人の皆様もネイティブではないのでよく文法を間違っているため「自分も間違ってもいいや、文法の正誤よりもとにかく伝えるのが大切だ」と考えるようになり、身振り手振りも交え、ときには思い描く実験操作を絵で伝えているうちに、英語でディスカッションできるようになりました。そのおかげか、帰国直後の日本化学会年会で英語発表した際の質疑応答では十分な受け答えができ、講演賞を頂きました。

あと、カレーが本当においしかったです。よく海外暮らしでは食事が口に合わないのが問題になりますがそんなことは全くなく、1日3食本場のカレーを食べていました。というか、カレーしかないので本当に毎日3食計90回カレーを食べ続けました。ただ、たまには別の味のものも食べたいなと思ってある日売店でポップコーンを買ったのですが、食べてみるとなんとこれまたカレー味で、このときだけは勘弁してくれと思いました(笑)

悪かったこと

とにかくインフラ等が整備されていないことです。水道水は絶対に飲んではいけないし、アパートもよく停電するし、ドアの立て付けは悪いしシャワーのお湯は出なくなるし・・・ゴミ回収のシステムも整備されていないので、ごみはプラスチックなんかも全部ごちゃまぜにして空き地で焼いているみたいなのですが、その煙のせいで洗濯物を外で干すとガピガピになり焦げた匂いになってしまいます。トラブルに続くトラブル。ただそのおかげで、右も左もわからない異国の地でとにかく生き残るための問題解決能力は養われました(笑)

 

Q6. 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

ノーベル賞で今話題の超分子に関する知識と実験テクニックが得られたので、ぜひこれを自分の系にも取り入れ活かしていこうと思います。拙いですが英語で研究のディスカッションができるようになったのは、国際学会や八木研の留学生との会話などで活かしていけると思います。また、外国のPh. D. コース生やポスドク、ドクターとの人脈を作れたのは今後の共同研究などで重要になります。実際、すでにCSIR-NIISTのある研究室と、私本来の研究テーマである有機ELに関する共同研究をスタートさせました。私はこの留学で未来につながるたくさんのものを得ました。

 

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

海外留学の体験談といえばほとんどが北米かヨーロッパだと思いますが、今回は珍しいインド留学のお話を書かせていただきました。非欧米国への留学のすゝめということで、最後にひとつエピソードを書かせて頂きます。

気温が36℃くらいの猛暑のある日、一緒に外を歩いていたラボメイトが「こんな日はタマリンドを食べれば良い。」と言いました。するとおもむろに頭上の木の枝からバラバラと茶色い何かを叩き落しました。「これがタマリンドっていう木の実や。食え。」と渡してくれたのですが・・・いやこれ食えるの!?見た目完全にアカンやつやん!?(Fig. 4. 左の写真)

「どうやって食べるの?」と聞くと、「皮剥くんや。」と剥いてくれました。良かった、美味しそうな中身が出てくるんだな・・・という期待に反して全然見た目が改善されませんでした(笑)(Fig. 4. 右の写真)

Fig. 4. タマリンドの外見(左)と剥き身(右)。

Fig. 4. タマリンドの外見(左)と剥き身(右)。

剥いても全然見た目が改善されない。見た目に反してとても酸っぱい

この状況で「Eat!」って言われて、やけくそで「Thank you! I have!」と答えて噛り付いてからの「Ahhhhhhhhh!!!! Sourrrrr!!!!!!」

なんてエピソードに魅力を感じるタフな方は、トロピカルな国へ留学するのに向いているかもしれません。ぜひ。

関連動画

参考文献

  1. T. M. Clarke and J. R. Durrant, Chem. Rev. 2010, 110, 6736. DOI: 10.1021/cr900271s
  2. J. M. Mativetsky, M. Kastler, R. C. Savage, D. Gentilini, M. Palma, W. Pisula, K. Müllen and P. Samori, Adv. Funct. Mater. 2009, 19, 2486. DOI: 10.1002/adfm.200900366
  3. (a) T. Maeda, S. Nitta, H. Nakao, S. Yagi and H. Nakazumi, J. Phys. Chem. C, 2014, 118, 16618. DOI: 10.1021/jp412553z (b) T. Maeda, S. Arikawa, H. Nakao, S. Yagi and H. Nakazumi, New J.Chem., 2013, 37, 701. DOI: 10.1039/c2nj40991g (c) T. Maeda, Y. Hamamura, K. Miyanaga, N. Shima, S. Yagi and H. Nakazumi, Org. Lett., 2011, 13, 5994. DOI: 10.1021/ol2024345
  4. R. D. Mukhopadhyay and A. Ajayaghosh, Science, 2015, 349, 241. DOI: 10.1126/science.aac7422
  5. R. Thirumalai1, R. D. Mukhopadhyay, V. K. Praveen1 and A. Ajayaghosh, Sci. Rep., 2015, 5, 9842. DOI: 10.1038/srep09842
  6. 前田壮志, 岡村奈生己, 中村伊万理, 八木繁幸, Ajayaghosh A., 第65回高分子討論会, 2M12(2016, 横浜).
  7. N. Okamura, T. Nakamura, S. Yagi, T. Maeda, H. Nakazumi, H. Fujiwara and S. Koseki, RSC Adv., 2016, 6, 51435. DOI: 10.1039/c6ra09385j
  8. N. Okamura, H. Funagoshi, S. Ikawa, S. YAGI, T. Maeda and H. Nakazumi, Mol. Cryst. Liq. Cryst., 2015, 621, 59. DOI: 10.1080/15421406.2015.1095890

研究者の略歴

face_okamura名前:岡村 奈生己(おかむら なおき)

所属(大学・学部・研究室):大阪府立大学大学院工学研究科 有機機能化学研究グループ(八木繁幸研究室

研究テーマ:有機エレクトロニクス材料の創製;有機EL用のりん光性有機金属錯体や、有機太陽電池用色素の合成、物性評価およびデバイス作製。

海外留学歴:1か月

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cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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