[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ピリジン-ホウ素ラジカルの合成的応用

[スポンサーリンク]

南京大学のShuhua Liらは、4-シアノピリジンとビス(ピナコラト)ジボラン(B2pin2)の組み合わせがホウ素-ホウ素結合を均等開裂させることを見いだし、エノンとピリジン4位間でのラジカルカップリングに応用した。光や金属を使うことなくボリルラジカル種を生成させ、合成的に活用できる新たなコンセプトである。

“Metal-Free Synthesis of C‑4 Substituted Pyridine Derivatives Using Pyridine-boryl Radicals via a Radical Addition/Coupling Mechanism: A Combined Computational and Experimental Study”
Wang, G.; Cao, J.; Gao, L.; Chen, W.; Huang, W.; Cheng, W.*; Li, S.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 3904. DOI: 10.1021/jacs.7b00823

問題設定と解決した点

 ホウ素-ホウ素(B-B)結合の開裂は、通常は不均等開裂形式で進行する。例えば強塩基、遷移金属、NHCリガンドを用いてこれを行い、ボリルアニオンとして合成反応に用いる報告は多数知られている[1]。しかしながら強固なB-B結合を均等開裂させることは通常困難である。また、4-位置換ピリジンの医薬、機能性材料としての有用性から、これまでにない新規合成戦略の開拓も望まれていた。

 著者らは最近、4-シアノピリジンをルイス塩基として用いることでB-B結合を均等開裂させる方法を報告した[2]。生じたボリルラジカル種は、ヒドラジンやスルフィド、キノンを還元できることが示されていた。これがピリジン導入試薬として使えるとの発想から、表題の研究に取り組んでいる。

技術や手法のキモ

 中間体と目されるピリジン⁻ボリルラジカル種をDFT計算すると、C4位のスピン密度が高いことが見いだされた。これがボリルラジカル+ピリジン炭素ラジカルの”bifunctional reagent”として機能するのではないかとの着想が研究の発端となっている。またこのラジカル生成過程は可逆であり、ピリジン-ボリルラジカルはpersistent radicalであることも示されている。

画像は論文SIより引用


主張の有効性検証

想定される反応機構は以下の通りだが、これをいくつかの手法で裏付けている。

①計算化学による検証

シクロヘキセノン(2b)がピリジン-ボリルラジカル(1)のホウ素と反応してInt2を与える。B-O結合が強いため、Int2は原系から1.8kcal/molしか不安定化を受けていない。

そこからさらに1と反応する経路だが、1,2-付加と1,4-付加の二通りが考えられる。計算からは、1,4-付加体(Int3)のほうが1,2-付加体(Int4)よりも熱力学的に安定であることが示される。しかしながら生成系と遷移状態のエネルギー差は1,2-付加経路のほうが小さいため逆反応が進行しうるとの考察から、Int3Int4間での可逆平衡の存在が仮定された。

エネルギー図は論文より引用

②実験による検証

主には以下の事実から提唱反応機構がサポートされると主張している。

  1. 高温で反応を行うと1,2-/1,4-の選択性が1,4-付加側に寄る。
  2. Int3からpinB-CNが脱離した化学種がHRMSで観測される。
  3. 中間体のボロンエノラートが分子内CN基でトラップされる。
  4. ラジカルクロック実験によりシクロプロパン開環体が得られる。

③基質一般性

 エノンへの付加では1,4-付加が優先するが、少しの立体障害の影響でも選択性が大きく落ちてしまう。C3-置換ピリジンはある程度の官能基許容性があり、遷移金属を用いる場合に障害となるチオールやハロピリジンも許容される。C2-置換ピリジンでは反応は進行しない(立体障害の影響)。アルデヒド、ケトン、イミンへの反応も可能。多官能基性化合物のLate-Stage官能基化にも使える。


議論すべき点

  • 計算化学主導で物事を前に進めている反応開発のストーリーはユニークであり、著者のバックグラウンドが最大限に活きた研究になっている。発展性とオリジナリティの高い化学である。

次に読むべき論文は?

  • 同時期に登場した、類似コンセプトに基づくアリールハライドのボリル化[3]

参考文献

  1. Review: Dewhurst, R. D.; Neeve, E. C.; Braunschweig, H.; Marder, T. B. Chem. Commun. 2015, 51, 9594. DOI: 10.1039/C5CC02316E
  2. Wang, G.; Zhang, H.; Zhao, J.; Li, W.; Cao, J.; Zhu, C.; Li, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5985. DOI: 10.1002/anie.201511917
  3. Zhang, L.; Jiao, L. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 607. DOI: 10.1021/jacs.6b11813

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 「鍛えて成長する材料」:力で共有結合を切断するとどうなる?そして…
  2. 全フッ素化カーボンナノリングの合成
  3. ケムステスタッフ徹底紹介!
  4. 博士号とは何だったのか - 早稲田ディプロマミル事件?
  5. 【速報】2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!…
  6. スイスに留学するならこの奨学金 -Swiss Governmen…
  7. 未来の車は燃料電池車でも電気自動車でもなくアンモニア車に?
  8. キラルLewis酸触媒による“3員環経由4員環”合成

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ブレデレック試薬 Bredereck’s Reagent
  2. 化学のブレークスルー【有機化学編】
  3. ジェフ・ボーディ Jeffrey W. Bode
  4. 有機合成化学協会誌2022年12月号:有機アジド・sp3変換・ヤヌス型シロキサン・ANT阻害剤・超分子自動機械
  5. Merck Compound Challengeに挑戦!【エントリー〆切:2/26】
  6. 分子研 大学院説明会・体験入学説明会 参加登録受付中!
  7. 日本初の化学専用オープンコミュニティ、ケムステSlack始動!
  8. 秋の味覚「ぎんなん」に含まれる化合物
  9. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(5年目)(留学中編)
  10. 存命化学者達のハーシュ指数ランキングが発表

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP