[スポンサーリンク]

ケムステニュース

何を全合成したの?Hexacyclinolの合成

[スポンサーリンク]

生物活性を有する天然物を単離し、構造決定を行い、報告する、天然物の「単離屋」さん。その構造の絶対立体配置を決定するため全合成を行う、また少量しか採れない化合物を生物学的研究のため供給する、さらに強力な生物活性を有する類縁体を合成する、それが「合成屋さん」です。(一般的な話です。)

 

もちろん「単離屋さん」は自分の単離した天然物が正しい構造であることを信じています。ただ、実は構造決定した天然物でなく非常に微量な別の化合物が、生物活性を有していること、構造が実は誤っていることが時々あります。そのため自分の天然物の宣伝にもなり、さらに合成した天然物の生物活性を調べることで正しい構造であることを証明できる、生物学的研究を進めることができるため「合成屋さん」にぜひ合成して欲しいものなんです。

 

最近は、分析機器、とくにNMR(核磁気共鳴スペクトル)の発達によりμgオーダーの化合物があれば構造を決定できる時代になりました。そのため、非常に多くの新規骨格を有する天然物が単離されていますが、そういう訳もあって、構造の誤りが多数増えているように思います。(参考:K. C. Nicolaou et al., Angew. Chem., Int. Ed, 2005, 44, 1012

 

さて、今回のHexacyclinolの例はさらに複雑です。「単離屋さん」の構造を、「合成屋さん」が全合成し、「単離屋さん」の構造はあっている!と報告したんですが、別の「合成屋さん」がこの構造は違っていて、違う構造を提唱し、それを作ってしまったということなんです。

 

Hexacyclinolは「単離屋さん」であるGrafeらによってシベリアの最近から単離された天然物です。 Grafeらは上のような新規骨格を持った複雑な構造を報告しました。[1]

 

その複雑な構造に駆り立てられた「合成屋さん」である、サンディエゴXenobe Research InstituteのJames J. La Clairは苦心の末、その全合成を達成し、その構造が正しいこと、絶対立体配置を決定したことを報告しました。[2]

 

それを見たカリフォルニア大学の「合成屋さん」であり、「単離屋さん」であるScott D. RychnovskyはHexacyclinolの非常にひずみのかかった構造(エンドペルオキシド)が気になり、他の似たような化合物とHexacyclinolの構造の比較(13C NMR。化合物の炭素の数やピークの場所によって構造を判別する)することを試みました。

 

panepophenanthrin

その結果、この構造は違うんじゃないか?という結論に至りました。つまり、すでに単離され、全合成されているユビキチンE1 酵素の阻害剤として知られる panepophenanthrinという別の天然物に類似した構造である、「第二のHexacyclinol」を提唱しました。さらに、別の真菌から「第二のHexacyclinol」を単離することに成功しました。[3]

 

それとともに、「合成屋さん」で、過去に panepophenanthrinを合成したことのある、ボストン大学のJohn A. Porco Jr.はRychnovskyとの共同研究によりpanepophenanthrinから「第二のHexacyclinol」を合成することに成功しました。[4]

その1H NMR(化合物の水素を見て構造を決定するもの)はGrafeによって単離されたHexacyclinolに完全に一致し、X線構造解析の結果Rychnovskyの提唱した構造に一致しました。

 

じゃあ、 La Clairが全合成したものはなんだったの?新たな疑問が生じます。La Clair曰く、この二つは非常に構造が似ていて(構造異性体)、非常にまれなケースだが1H NMRは見分けが付かないと。また、13 NMRはGrafeと異なる溶媒で測定しているため比較できないと。(溶媒が異なると、13CNMRも異なる。なぜ彼が異なる溶媒で取ったかは不明。)

 

この事態は多くの有機化学者を論争に巻き込みました。どーやら、こんな大騒ぎを引き起こした当の本人のLa Clairは研究がその後の化学的解明に役に立つとPorcoとRychnovskyの論文を賞賛しているようです。

最後に、著名な有機化学者であるハーバード大E. J. Coreyの言葉を付け加えます。

 

 ”Occasionally, blatantly wrong science is published, and to the credit of synthetic chemistry, the corrections usually come quickly and cleanly,”

(参考:Chemical & Engineering News

 

関連文献

[1] “Hexacyclinol, a new antiproliferative metabolite of Panus rudis HKI 0254.”

Schlegel B.: Härtl A.; Dahse HM.; Gollmick FA.; Gräfe U.; Dörfelt H.; Kappes B.; J. Antibiot.2002,55, 814. DOI: 10.7164/antibiotics.55.814

[2] “Total Syntheses of Hexacyclinol, 5-epi-Hexacyclinol, and Desoxohexacyclinol Unveil an Antimalarial Prodrug Motif”

La Clair, J. J. Angew. Chem. Int. Ed.2006,45, 2769. DOI: 10.1002/anie.200504033

mcontent

All sewn up: A “three-staged stitch” was used to append the A–C rings of desoxohexacyclinol (1), which was further converted into the related compounds hexacyclinol (2) and 5-epi-hexacyclinol (3). Screening of the late-staged intermediates indicated that precursors to 1 retain potent antimalarial activity. The mechanism of this action is suggested to involve a three-step prodrug-like activation.

[3] “Predicting NMR Spectra by Computational Methods:  Structure Revision of Hexacyclinol”

Rychnovsky, S. D. Org. Lett.2006,8, 2895.  DOI: 10.1021/ol0611346

ol0611346n00001

The structure of the natural product hexacyclinol was reassigned from endoperoxide 1 to the diepoxide 7 on the basis of calculated 13C chemical shift data using HF/3-21G geometries and mPW1PW91/6-31G(d,p) GIAO NMR predictions. These predictions correlate very well with experimental data for three other highly oxygenated natural products, elisapterosin B, maoecrystal V, and elisabethin A. Hexacyclinol is proposed to arise from acid-catalyzed rearrangement of panepophenanthrin in the presence of methanol.

[4] “Total Synthesis and Structure Assignment of (+)-Hexacyclinol”

Porco, Jr. J. A.; Su, S.; Lei, X.;Bardhan, S.; Rychnovsky, S. D. Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 5790. DOI:10.1002/anie.200602854

mcontent-1

Structure assigned: The revised structure of (+)-hexacyclinol (1) proposed recently was confirmed following the total synthesis of the natural product. The synthesis was designed around the highly stereoselective Diels–Alder dimerization of an epoxyquinol monomer, followed by intramolecular acid-catalyzed cyclization.

 

外部リンク

本当の天然物は?

全合成ぜんごうせい Total Synthsis

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 韓国へ輸出される半導体材料とその優遇除外措置について
  2. 第一三共 抗インフルエンザ薬を承認申請
  3. 第46回藤原賞、岡本佳男氏と大隅良典氏に
  4. 新規糖尿病治療薬「DPPIV阻害剤」‐熾烈な開発競争
  5. 製薬、3強時代に 「第一三共」きょう発足
  6. 武田薬、米国販売不振で11年ぶり減益 3月期連結決算
  7. 2008年10大化学ニュース
  8. アレルギー治療に有望物質 受容体を標的に、京都大

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 構造生物学
  2. 有機合成化学協会誌2023年2月号:セレノリン酸誘導体・糖鎖高次機能・刺激応答型発光性液体材料・生物活性含酸素環式天然物・第9族金属触媒
  3. 発明対価280万円認める 大塚製薬元部長が逆転勝訴
  4. 有機光触媒を用いたポリマー合成
  5. 交響曲第6番「炭素物語」
  6. 指向性進化法 Directed Evolution
  7. 令和3年度に登録された未来技術遺産が発表 ~フィッシャー・トロプシュ法や記憶媒体に関する資料が登録~
  8. Discorhabdin B, H, K, およびaleutianamineの不斉全合成
  9. 有機合成化学協会誌2024年1月号:マイクロリアクター・官能基選択的水和・ジラジカル・フルオロフィリック効果・コバレントドラッグ
  10. 化学コミュニケーション賞2023を受賞しました!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2006年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP