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日本人化学者インタビュー

第21回「有機化学で生命現象を理解し、生体反応を制御する」深瀬 浩一 教授

皆さんこんにちは。前回の藤田先生のインタビューは大好評でした。続く第21回は大阪大学大学院理学研究科の深瀬 浩一先生です。

深瀬先生は、第7回にインタビューしました杉本直己先生からのご紹介です。生体分子と生体反応のネットワークの解析、制御ならびに合成を主題として独自の研究を推進している、日本のケミカルバイオロジー分野の中心的な存在の一人です。個人的に天然物化学関係の学会で一緒になることが多く、よく一緒にお酒を飲ませていただくこともありました。そういう時はとてもユニークである反面、学会では必ず前に出て鋭い質問を飛ばしています。そんな深瀬先生が化学者になった理由は?いつもどおりそこから聞いてみたいと思います。

 

Q. あなたが化学者になった理由は?

単純な理由としては、高校時代化学が得意だったということですが、背景に文系から理系に志望を変えたことがあります。

幼少時から理科と自然が大好きで、サイエンスの成果に魅了されてきました。どうしても自分自身で直接サイエンスに携わりたいという気持ちを捨てきれず進路変更したのですが、その際に方針を変えたのだから少なくとも博士課程までは行こうと決めておりました。化学か物理かということも悩みましたが、そこは思い切って決めました。また鉄腕アトムを枕元において育ったようなものですから、手塚治虫さんの影響も大きいものがあります。「火の鳥」で言及されたコアセルベートから、オパーリン博士の「生命の起源と生化学」を読み、そこに収録されていたオパーリン博士と赤堀四郎先生との対談に感動して大阪大学理学部化学科を進学先に選びました。そこで芝哲夫先生の研究室に入り、大いに鍛えられました。

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

父の影響で、子供の頃は正義感が強かったこともあり、なりたかった職業は法曹関係の職業です(特に弁護士)。

しかし、家にあった法律書を読んでもあまり興味がわかず(判例集などは面白いのですが)、研究者に進路変更しました。何か新規なことに携わりたい、何かが新しく生み出される領域で仕事をしたいと思ったからです。実際に研究者になってみて、より創造的なことをしたいと思いが強いので、化学者でなかったとしても創造的な仕事に携わりたいと思います。なんらかの分野の研究者になりたいですね、自身の興味でいえば古生物学、古人類学、脳科学、心理学、社会心理学などで、物理にも興味があります(それだけの頭脳があるかどうかは別にして)。目と歯が良くてもっと若ければ、宇宙飛行士にもなりたいです。ずいぶんと発散していてすいません。

 

Q. 現在、どんな研究をしていますか?また、どのように展開していきたいですか?

現在、有機化学の力で様々な生命現象を解明することを目指した研究を行っています。

私にとっては、生物とは「分子と反応の塊」です。それらが連動して、制御された反応ネットワークが形成されています。大阪大学大学院理学研究科では、そのようなネットワークを生体分子社会と名付け、いろんなアプローチでその本質に迫ることが計画されました。私自信は、生物から生み出される分子を効率良く作る化学を展開したいですし、生体反応を制御する化学も多いに展開したい。あるいは反応ネットワークを人工的に再現して、より効率的なものつくりを行いたい。これらの研究から生命の本質、不思議に迫りたいというのが、現在の研究のドライビングフォースです。

もう少し詳しく紹介すると、現在は、主に生物活性糖鎖を中心にした合成と機能研究を行っています。

標的としてきた主な生命現象の一つは自然免疫です(2011年のノーベル生理学・医学賞)。近年の自然免疫研究は、獲得免疫との関連や様々な疾患との関連を明らかにし、免疫学全体にも大きな影響を与えております。その中で芝哲夫先生、楠本正一先生時代の1980年代から我々のグループは自然免疫受容体探索という大きな競争に加わってきました。結果的には自然免疫受容体の最初の発見者にはなれなかったのですが、受容体に認識される構造の解明や生物研究の標準資料となる合成化合物の供給により、この分野の発展に貢献するとともに、サイエンスの進歩、新発見の興奮というものを身をもって味わうことができたのは幸運だったと考えています。現在は、様々なアプローチで免疫の制御を目標に研究を行っています。例えば寄生菌や共生菌は生存のために宿主の自然免疫系に働きかけ免疫を制御していますが、結果的に慢性炎症や抗アレルギーに結びついていますので、これらに関与する化合物を同定し、さらに合成化合物を用いて新しい治療に結びつけることができるかもしれません。複数の受容体に作用する複合体を合成することで、複数のシグナルを同時に制御し、これまではできなかった免疫制御を目指しています。ガンは周辺に作用して、例えば免疫抑制性のシグナルを出しますが、その制御を狙った展開も行いたいと考えています。

一方で動物の糖鎖の生物機能にも興味を持っており、化学の力によってこれまで知られていなかった糖鎖の機能を見つけ出したいと考えています。糖鎖と一言でいっても多様な糖鎖があり、機能も様々ですので、研究対象を絞る必要があります。今はアスパラギン結合型糖鎖がタンパク質の体内動態にどのような影響を与えているのかを知るために、それらの合成研究と、糖鎖クラスターや糖タンパク質、細胞表層の糖鎖構造を制御した細胞のイメージング研究を行っています。現在は動物の生体レベルでのイメージングが中心ですが、すでに糖鎖構造に依存した体内動態が観察されました。その理由はわからないので、そこから何か新しい生体内相互作用や現象を引き出したいと考えています。

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他にも力を入れているものとして、生体内の様々なシグナル伝達を制御する分子を作りたいと考えています。ターゲットはタンパク質間相互作用で、リン酸化タンパク質が様々なシグナル伝達に関わることから、リン酸化領域を選択的に認識してシグナルを遮断することにより抗腫瘍作用を示す化合物の創製に成功しました。これを一層展開させるとともに、将来的には元々ある酵素やインヒビターとは違った形で細胞内の化学反応を制御したり、細胞内で化学反応を行わせる方向に研究を展開したいと考えています。

私は生物活性分子を作るという研究をずっと行ってきたので、すでに述べたように、効率合成はメインのテーマとしてこれからも追求していきたいと思います。なんといっても化学はものつくりですから。その一端として、反応の時空間制御を行えるマイクロリアクターに注目した研究を行っています。吉田潤一先生はその概念を発展させて、反応集積化学(Integrated Synthesis)を提唱されました。反応集積を発展させることで、将来的には、人工細胞やサイボーグ細胞を使った連続的反応系を用いた物質生産ができるようになればと考えています。

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Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

中国の春秋戦国時代は魅力的な人物が多いですね。伍子胥藺相如楽毅信陵君は私の好きな人物です。自分にはない知恵、胆力を感じます。伍子胥は楚の人で、讒言により父と兄が共に平王に殺されてしまいます。その後、復讐に燃えた人生を送ります。呉の公子光に使え、クーデターを唆して呉王を殺し、公子光は闔閭を名乗ります。伍子胥は孫武(孫子)とともに呉を強国とし、楚を討ちます。伍子胥は、すでに亡くなっていた平王の墓を暴き、屍を鞭打ちます(死屍に鞭打つ)。しかし秦が援軍を送り、楚は国を回復します。その後、呉越の戦いが始まり、戦傷により闔閭が命を落とし、夫差が呉王となります。夫差は伍子胥の補佐により越を破りますが(臥薪)、伍子胥の反対にも関わらず越王勾践の命を助けます。夫差は戦国の覇者を目指して、対外戦争に明け暮れ、急速に国力を失っていきます。伍子胥は度重なる諌言を行いますが、聞き入られず遂には死を賜ります。越はその間富国強兵にいそしみ(嘗胆)、伍子胥の予言通りに呉は越によって滅ぼされます。凄まじい人生ですね。どんな逆境にも耐え、実に執念深く目的を追求し、死を恐れず自らの意志を貫く。私にはできないことばかりです。夕食をともにしたらこちらの軟弱さにあきれられるでしょうが。

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Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

まともな実験としては、2003年です。

当時私は楠本正一先生の研究室の助教授でした。我々は、ミシガン大学の猪原直弘先生、Gabriel Nuñez先生らとともに自然免疫受容体Nod1のリガンドを探索しておりました。強力な競争相手がパスツール研究所のDana Philpott先生らのグループで、先方がリードしているらしいとの情報が伝えられておりました。猪原先生の得ていた生物活性試験の結果から、どうやらグラム陰性菌のペプチドグリカンがリガンドらしいということがわかり、その特徴的な成分として、ジアミノピメリン酸に注目し、周辺のペプチドを合成したところ、ジペプチドであるγ-D-グルタミルジアミノピメリン酸 (iE-DAP)がNod1の認識する最小リガンドであることを明らかにできました。なお全く同時期に Philpott先生らもNod1がジアミノピメリン酸含有ペプチドを認識して免疫系を活性化することを明らかにしておりますが、最小リガンド構造の報告は我々のグループになります。当時4年生の川崎彰子さんに手伝ってもらいましたが、とにかく急いでおりましたので、私も一緒に実験をしました。

その後も実験を行おうとしましたが、周りに迷惑をかけるばかりで、以後学生指導や学生実験のための準備実験以外は自分自身で実験することは諦めている状況です。

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

砂漠の島とは、オアシスのことですね。悠々自適で暮らせるなら、一つだけということであればU2やThe Whoの音楽があればそれでOKです。サバイバルしなければならないのであれば、話は変わってきますね。心を奮い立たせる本がほしいです。ロビンソンクルーソーだとべたすぎ?

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

まだの方で、同年代周辺とすると菅裕明先生、土井隆行先生、梶原康宏先生、三原久和先生、上田実先生、村田道雄先生、茶谷直人先生、村上正浩先生、魚住泰広先生、杉野目道紀先生、大江浩一先生、馬場嘉信先生、二木史朗先生、和田健彦先生、中村正治先生、他にも一杯おられます。皆さん、私の尊敬する、とても刺激を受けている方々です。話をして、お酒を飲んで、とても気分良く過ごせる面々です。

 

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深瀬 浩一教授の略歴

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大阪大学大学院理学研究科 教授
専門は有機化学、天然物化学、生物有機化学、主とする研究は糖鎖化合物の合成、マイクロリアクターの合成的利用、生体イメージングなど。
1982年、大阪大学卒業後、同大学院に進学。1987年,大阪大学理学研究科有機化学専攻修了。理学博士。1998年より大阪大学助手となり、講師、助教授をへて2004年より現職。主な受賞歴は1994年日本化学会進歩賞、2004年BCSJ賞、2008年銅金賞、2011年日本化学会学術賞など。

*本インタビューは2013年4月16日に行われたものです。

 

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院准教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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