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おもしろ命名法

   

 化合物には様々な名前がついている。

それを2種類に分けるとIUPACで名づけられたものとその他のものに分かれる。

今回はその他のものについて、面白い名前をもった化合物をあげてみよう。IUPACで命名されていないものは、IUPACに基づいて命名すると複雑すぎてわかりにくい、命名されてはいるが慣用名の方が有名であるなど様々な理由がある。そして、これらの化合物はそれぞれ様々な由来を持っている。それは、その化合物を合成した化学者の名前からだったり、それに似ているものから取った名前であったり、化学者が好きなものをつけたものもある。この命名背景には化学者たちのユーモアが多く感じられる。化合物の歴史と考えて気軽に読んでほしい。

 

 そんな面白い名前の化合物の由来を多く挙げている本がある。「化学者たちのネームゲーム」(化学同人、A.Nickon・E.F.Siversmith 共著 大沢映二 監訳 1991年)という本だ。この本は原書は洋書だが、日本語版が出ていてそんなに新しいものでもないが、化合物の名前の由来をまとめた本としては良書である。この本の注目すべき点は、化学関係のライターやその他の人ではなく現役の化学者が書いたということである。ここから引用し多少説明を加えて数個挙げてみることにする。

 

 

iceane

 

iceaneは1940年にE.Mullerによって考え出された分子である。(図1-1)

 

     

       図1-1 iceane              図1-2氷の結晶構造iceI(この格子の並びが無限に繰り返している)

 

1965年Mullerとは独立にハーバード大学のLouis Fieserもこの化合物構造に注目し、この構造が氷の結晶構造(図1-2)に良く似ていることから”iceane”と名付けることを提案した。そして、1975年ケースウエスタンリザーブ大学のChris Cupasらはこの化合部の合成法に成功した。その後チューリヒ大学のCamille Gatterらは図1の名称として'"iceane"よりも"wurzite"(硫化亜鉛の一つの結晶形)のほうが構造に類似していることや、他の言葉に翻訳するとき便利と主張している。

 

gorgosterol

 

珊瑚から単離された、側鎖にシクロプロパン環を持つステロイド化合物。スタンフォード大学のCarl Djerassiらが単離、構造決定してこれを"gorgosterol(ゴルゴステロール)"(図2)と名付けた。

これは"gorgonians"という珊瑚から単離されたものであるから名付けられた。ちなみにこの珊瑚はギリシャ神話のゴルゴーン姉妹の一人メドゥーサに似ているからである。grgoniansは多くの興味ある有機分子を含んでいる。

図2 gorgosterol

 

corannulene

 

1960年代にミシガン大学のR.Lawton教授は当時未知であった分子(図3-1)がどのような立体配座をとっているかを考えていた。5個のベンゼン環は隣接するp軌道の共役を出来るだけ大きくするために平面を取ろうとするが、中心の内角が108°をとると隣接する6員環の内角が126°となってしまい大きなひずみを生じてしまう。非平面の皿型(図3-2)になればこのひずみは減るか、芳香族安定化は減少してしまう。

 

図3-1                      図3-2

 

 しかし、その後彼らはこの化合物の合成に成功し、X線解析で図3-2のような構造をとっていることがわかった。彼らは始めに図3-2の名前に英語の"カローラ(carola)"(王冠という意味)から"カロレン(corolene)"と命名した。しかし最終的にはラテン語の"cor"(心臓、内側、環という意味)+アヌレンから"コランニュレン(corannulene)"と決めた。この名前は分子が取り巻いている様子をうまく表現しているからである。また裏話としてLawton教授のAnn婦人の文字がそっと秘められているとも言われている。

 

キニーネ

 

重要な抗マラリア薬、キニーネ(図4)はシンコナ木の樹皮から取れることから、これにちなんだ名前である(quinaはペルー語のすぺいんつづりで樹皮を意味する)。

さらに言えばこの木の名前は1639年にペルーの総督伯爵夫人Anna del Chinchonがマラリアにかかり、幸いにも牧師たちが、現地人からペルー特有のある種の木の皮が熱をさます効力を教わっていたので、これによって夫人を救うことができた。この伯爵夫人の姓を翻訳中スペルを間違ってこの種の木の名"cinchona"となったということである。ちなみにジン・トニックなどに使われるトニック・ウォーターにはこのキニーネが微量含まれている。

図4 キニーネ

 

 以上例を挙げてみたが、このように面白い命名は有機化学の中にもまだまだたくさんある。これらは有機を学ぶ上で必要な話ではないかもしれない。しかし、ユニークな名前の化合物は論文や図書のなかでみられる。これらの化合物を覚えるという意味と、話のネタとして面白いと思う。今回挙げた内容・合成法は下記に挙げた文献中で紹介されている。 

 

 今後、このメルマガの中で1つのコーナーとして「おもしろ命名法」を挙げていきたいと思う。有機って面白いよね!!            

(by ブレビコミン2000/9/30 up) 

 

参考、関連文献

 

・化学者たちのネームゲーム 化学同人、A.Nickon・E.F.Siversmith 共著 大沢映二 監訳 1991年

・Cupas,C,A;Hodakowski,L.J.Am.Chem.Soc.1974,96,4668-4669 (iceane)

・Hamon,D.P.G.;Taylor,G.F.Tetrahedron Lett.1975,155-158 (iceane)

・Ling,N.C.;Hale,R.L,:Djerassi,C.J.Am.Chem.Soc.1970,92,5281-5282 (gorgosterol)

・Barth,W.E;Lawton,R.G.J.Am.Chem.Soc.1966,88,380-381 (corannulene)

・Barth,W.E;Lawton,R.G.J.Am.Chem.Soc.1971,93,1730-1745 (corannulene)

・Sainsbury.M.Chem.Brit.1979,15,127-130 (キニーネ)

 

化合物命名法化合物命名法

 化合物の命名法は、名称からその構造や組成がわかるような方式でなければならない。無機化学命名法はIUPAC(国際純正および応用化学連合)90年規則に従い、有機金属化合物命名法は99年IUPAC勧告を主として解説。