[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

マイクロ波とイオン性液体で単層グラフェン大量迅速合成

 

以前サムスン電子によるグラフェン合成の記事を書いた(記事:「サムスン電子おそるべし!云々」)ことがあるのですが、今回それと関連した論文が東京大学 相田研究室から発表されましたのでご紹介いたします。

“Ultrahigh-throughput exfoliation of graphite into pristine ‘single-layer’ graphene using microwaves and molecularly engineered ionic liquids”,
Matsumoto, M.; Saito, Y.; Park, C.; Fukushima, T.; Aida, T.
Nature Chem. 20157, 730–736. DOI: 10.1038/nchem.2315

 

相田卓三教授と言うと、Science・Natureへの論文掲載累計数が両手でも全く足りないという凄まじい実績を誇るスーパー教授。研究室の士気が極めて高くアクアマテリアルナノチューブゲル、液晶スイッチング材料(カラムナー液晶)などなど、新規な物質創成の功績はここで語るまでもないでしょう。筆者がご紹介記事を書くのも烏滸がましいと思われたのですがせっかくの機会でもあり、何かのご縁と考え今回の記事を書くことにいたしました。

 

グラフェン おさらい

さてグラフェン。何度も色々お話ししておりますとおり、下図のような、水素の無いベンゼン環が平面方向に広がった構成をしております。簡単に書いてますが、フラーレン・カーボンナノチューブが見出されるまでは積層ものはともかく、「1枚もの」では安定に存在できないんじゃないかということで、その存在自体が疑問視されていた経緯があります。それをどうやって合成・構造決定まで持ち込めたかは、前回の記事の前半を参照頂ければ有難いです。

AID_RP_02_01

カーボン三兄弟のイメージ グラフェンは一番右側で非常にわかりやすい
ただし二重結合は図に反映されていないので注意! 参考文献②から引用

AID_RP_05

2003年時点ではこんな風に丸まってしまうと考えられていた
文献同じく②より引用

その用途ですが、その特殊な電気特性から最も期待される半導体素子構成材のほか、機能性材料、導電材、タイヤなどへの添加剤と色々な用途への展開を期待されています。グラフェンの開拓者でノーベル賞受賞者 Sir Andre Geim教授(Manchester大学)が書いたNature Materialsの2007年時点での紹介記事によると、

半導体への適用は楽観的に考えてみても相応難しいが、電池用電極材やコンパウンド(複合材)への応用がまず最初に開始され、きっと順次花開いていくだろう

という予想をされていました。予想に反するスピードで作製された件のIBMの成果は筆者的には気になるところですが、さすがに現状で極めて完成度の高いSiの代替品になるには相当の年月がかかるでしょう。それに対し、今回の論文はコンパウンドなどに使用できる大量合成技術(Scalable Processing Methods)に適用が見込まれる成果になります。以下はそのお話。

 

グラフェン大量合成技術のあれこれ

グラフェン合成技術。前回の記事で描いた図(下図)をもう一度持ち出しますが、基本的にタイヤとかに混ぜ込むぐらいにキロトン大量合成、ということになるとこれまでも何度も述べてきたCVD合成ではなく、一番右下の「グラフェンフレークからの液相分散合成」が最も効率的であることは想像に難くありません。反応面積が圧倒的に多く設備コストが圧倒的に低いからですね。

AID_RP_03

前回の記事から再掲 今回の記事の対象となる一番右下の図を除いては
全てCVDによる合成を前提としたもの 参考文献④より引用

AID_RP_10

グラファイト(フレーク)からペリペリとグラフェンが離れるイメージ
(Webの画像参考に筆者がフリーソフト 123Dにより再作成)
剥がすためには基本的に外部刺激が必要

上記の図ではグラフェンのflakes(グラファイトの破片みたいなもん)に溶液中でultrasound(超音波)をかけてますが、その手法や分散媒は製法により様々。それをいかに上手くやるか、というのが化学者の手腕にかかっているわけです。代表的手法をざっくり表にまとめると以下の表になります。

AID_RP_12_1
液相でのグラフェンExfoliation代表的方法まとめ
スペースの都合上文献引用先は省くが概ね③⑥,⑦~⑩より引用

これを見ると、上に挙げた

  • 「分散媒」
  • 「分散質(いわゆる界面活性剤)」
  • 「外的刺激(超音波やマイクロ波、電気化学的ポテンシャルなど)」

をどううまく使いこなすかがカギになります。実際、今まで様々な研究者が多種多様な手法でトライしておりますが、従来化学的手法として考案されてきた分散方法はナノチューブ分散の時に見出された手法の延長で、簡単に言うと「強い酸化剤でぶっこわして(層間を広げて)、ひっぺがして、還元して戻す」という荒っぽい手法(下図青線)。収率がだいたい悪いうえ、グラフェンの構造が壊れますし、積層しているものが主に得られるという微妙な手法です。酸化剤の濃度が薄い溶液でゆっくりやればまぁそれなりの結果は出ていたけれども、やっぱり積層グラフェンがひっぺがせないとか、酸化グラフェンでないと剥がせないとかの例がほとんとでありました。

 

AID_RP_08

従来ルートと今回ルートの違い

それに対し今回の成果(上図赤線)については二つ大きなポイントがあり、第一にぶっこわさないで1ステップでひっぺがせる。第二に、極めて高い単層グラフェン収率(>90wt%)を達成した、ということです。

AID_RP_13_1

今回の主要成果を示す図 一覧 本論文より引用
ポイントは「高収率・高純度・再分散」です

AID_RP_14
どこを切っても(AFMで)単層、単層、単層!

もちろん上の表に書いたように、これまでにグラフェンを酸化せずCTABとかの分散剤に水中での超音波分散を組み合わせる手法が無かったわけではありませんし(参考文献⑥)、グラファイト→グラフェン化の収率が80%を超えた手法が無いわけではありません(参考文献⑦)。またマイクロ波を使って分散した例も数多あります(参考文献⑧とか)。もちろんイオン性液体を使った例もある(参考文献⑨)。しかし、⑥⑨は収率が20wt%にしか満たないか、⑦⑧はいずれも単層&複層の混合グラフェンしか得られていないという問題が有りました。90%を超える収率と高純度単層化、そして採取されたグラフェンの再分散の実証を同時に達成した例は今回が初めてなのです。さらに短時間(30min)で出来る。今回の結果はかなり工夫をされた抽出作業が必要でしたが、それすらも不要なレベルまで止揚されることを(個人的に)期待しております。

加えて今回の論文のミソは、グラフェンの層が剥離するメカニズムも明らかにしているところ。詳細は論文を見ていただくとして、具体的には今話題のフッ化水素(HF)によるグラフェンへのインタカレーションが発生し、これが効率的なExfoliationに重要な役割を果たしていることを突き止めた点です。工業的にやったら「電子レンジのパワー上げる・周波数変える」とかいう「手法」の追及にハマりそうなところを、「何故剥がれるのか」という点を追及されてサイエンス化されている点、とても筆者にはマネ出来ません。

AID_RP_15

今回明らかになったグラフェンへのHFのインターカレーションを説明するキーデータ(SIより引用)
HFを含んだILにグラフェンを浸すと時間と共にHFのインタカレートを示すピーク部(15.4°)が時間とともに増大

なおもともとこの分散剤(兼溶媒)であるイミダゾリウム塩系のイオン性液体ですが、相田研究室の過去の成果である、CNTを良好に分散させた「バッキーゲル」に適用された経緯があります。このことから炭素への親和性が極めてよいと予想されることから、今回のグラフェンへの適用をトライするきっかけとなったのでしょう。今回の論文ではその分散剤を更にチューニングしており、このあたりに本件にかける関係諸氏の執念を感じます。

AID_RP_11

ご存知「バッキーゲル」 SWCNTとイオン性液体を組み合わせた新素材
詳細はJSTのHPを参照(こちら

で、この記事を読んでてふと思うたことが一つ。

もしかして炭素繊維をこの液に浸して電子レンジにかければ、メーター単位のグラフェンシートがどんどん採れるんじゃないのか?!

・・・しかし筆者にはそれを行える環境も金も自由も無いのでした。無念。

著者によるメッセージ

最後で恐縮ですが、相田先生より直接メッセージを頂いております。先生の意気込みが伝わる熱い内容となっており、想像以上に難題が立ちはだかっていたことが臨場感を以って伝わりますので、全文を記載いたします(下線部・強調部は筆者が独断で感動した部分です)。

この研究は、私たちが2003年にScience誌に発表したイオン液体によるカーボンナノチューブの分散とゲル形成(現東工大の福島さん)に根ざしています。イオン液体はきっとカーボン系の材料が好きなのだろうと思ったわけです。しかし、なんと私たちの論文を参考に市販のイオン液体をグラフェンの剥離に応用した研究がすでに報告されており、おまけに大変がっかりする内容でした。そんな中、私たちがあえてこの研究に着手した理由は、イオン液体オリゴマーを用いる多価相互作用に期待したこと、および超音波で摂動をかける従来の方法ではなく、マイクロ波をつかってみたかったからです。超音波法はグラファイトへの爆弾投下にたとえることができますが、マイクロ波はグラファイトに吸収され、その骨格をぐらぐら揺らしますので、グラファイトが小片化せずにそのままグラフェンに剥離するのではと考えました。

この狙いは見事にあたりましたが、いくつかの大きな問題が私たちの前に立ちはだかりました。最も深刻だったのは、マイクロ波を照射するとイオン液体オリゴマーが次第に着色し、場合によっては固化するという現象です。マイクロ波照射によりイオン液体がなにかしら分解しているのは明らかなのですが、分解生成物を除けません。これが除けないと、高効率剥離はできるが使えない方法ということになります。私たちは、有機合成反応のように「人に使ってもらえる方法論」に拘っていましたので、剥離グラフェンの単離精製を可能にする信頼できるプロセスの確立は譲れませんでした。また、それまで主に使用されてきた顕微ラマンを用いる剥離度の評価法にも疑問をもっていましたので、解決すべき問題は山積でした。この論文の筆頭著者である松本道生君、斉藤雄介君と私の部屋で何度も議論しました。そして彼らは朝早くから深夜に至るまで様々な可能性を検討しました。ゴールが見えてきているのに、一歩進んだと思った翌日、三歩も四歩も後退するといった悶々とした日々が半年以上も続き、二人はとても苦しんだと思います。

剥離度の評価法に関しては、松本君の提案で、直接的なのになぜか殆ど使われていなかったX線散乱を用いることにし、AFMとあわせ信頼できる技術を確立しました。しかし、剥離グラフェンの単離精製プロセスの確立はかなり難航しました。イオン液体の分解生成物と剥離グラフェンの溶媒親和性が大変似ているためです。外部の意見も聞きながら、考えられる様々な方法を模索しているうちに、ある素材からなる市販の円筒濾紙とソックスレー抽出器を組み合わせる方法が有効であることを二人が突き止めました。洗浄溶媒の一つに高沸点のDMSOを使うのですが、そのステップではなんと減圧下でソックスレー洗浄を行います。しかし、やっと確立したこの洗浄方法により、溶媒のコンタミがないほぼ単層からなるグラフェンを容易に得ることができるようになりました。黒い粉末として回収された単層グラフェンを目にし、私たちは感動しました。

剥離法は(1)用いたグラファイトの何%がグラフェンとして回収されるのか、(2)回収されたグラフェンの何%が単層グラフェンなのか、で評価されます。評価の高い既法でも、たとえば単層グラフェンが90%の選択性で得られてはいるが、グラフェンの回収率は用いたグラファイトのわずか5%程度に過ぎないなど、決して満足のいくものではありませんでした。今回、私たちが開拓した方法では、わずか30分のマイクロ波処理により「単層グラフェンを95%含む剥離グラフェン」を原料グラファイトに対して93%もの回収率で得ることができ、これまでの方法とは比較になりません。

これで長い挑戦がやっと終わったと乾杯の準備を進めていたのですが、別途行っていた実験で、フッ化物イオンを含む錯イオン(BF4­やPF6)をカウンターイオンに持たないイオン液体を用いると「マイクロ波によるイオン液体の分解は防げるものの、グラフェンの剥離が起こらなくなる」という大きな問題に遭遇しました。わざわざデザインしたイオン液体オリゴマーには意味が無かったのか? この場に及んで突きつけられたこの厳しい難題は、最終的に剥離メカニズムの完全解明を可能にしました系にマイクロ波があたるとイオン液体が分解してフッ化水素が発生し、それがグラファイトの層間にはいります。その状態からグラファイトが剥離するには、それを分散させているイオン液体がオリゴマーである必要があり、かつマイクロ波による摂動も必須です。これらの要素が一つでもかけると、剥離はうまくいきません。実は分散したグラフェンを乾かすとそれらが重なり、容易にグラファイトにもどるのではと思い込んでいる方が少なくないのですが、私たちは、上記の方法で得た100 mgもの単層グラフェン固体がわずか1 mLのイオン液体に容易に再分散することを確認しました。

当初の予想よりもずっと難しく、ゴールが遠かったこの研究ですが、何事にもめげずに前に突進してくれた二人の知的で勇敢な大学院生がいなければ、私は早い段階であきらめていたと思います。あきらめる100の理由よりもあきらめない一つの理由を探すのはいつも容易ではありません。しかし、山場を越えられた瞬間、もう一度マラソンを走ってみたいと思うのです。

東京大学 相田 卓三

2015-08-31_15-44-09

それでは今回はこんなところで。

 

参考文献

  1. JST「グラフェンの技術課題整理
  2. Nature Materials, VOL 6, MARCH 2007, “The rise of grphene” DOI: 10.1038/nmat1849
  3. Nature Asia Materials, “Chemically converted graphene: scalable chemistries to enable processing and fabrication” DOI:10.1038/am.2015.47
  4. GRAPHENE FLAGSHIP” Chalmers University of Technology による資料より引用
  5. “Intercalation and exfoliation routes to graphite nanoplatelets” J. Mater. Chem. 2005, 15, 974-978. DOI: 10.1039/B413029D
  6. “Graphene via sonication assisted liquid-phase exfoliation” Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 381-398. DOI: 10.1039/C3CS60217F
  7. “Electrochemically Exfoliated Graphene as Solution-Processable, Highly Conductive Electrodes for Organic Electronics”,  ACS Nano, 2013, 7, 3598–3606.  DOI: 10.1021/nn400576v
  8. “Low-temperature exfoliation of multilayer-graphene material from FeCl3 and CH3NO2 co-intercalated graphite compound”  Chem. Commun 2011, 47, 5265-5267. DOI: 10.1039/C1CC10508F
  9. “Dispersion of graphene sheets in ionic liquid [bmim][PF6] stabilized by an ionic liquid polymer”, Chem. Commun. 2010, 46, 386-388. DOI: 10.1039/B914763B
  10. “One-step ionic-liquid-assisted electrochemical synthesis of ionic-liquid-functionalized graphene sheets directly from graphite”, Adv. Funct. Mater. 2008, 18, 1518–1525. DOI: 10.1002/adfm.200700797

 

関連書籍

 

外部リンク

The following two tabs change content below.
Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。54歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 物凄く狭い場所での化学
  2. シクロプロパンの数珠つなぎ
  3. 分子振動と協奏する超高速励起子分裂現象の解明
  4. 「科学者の科学離れ」ってなんだろう?
  5. ルドルフ・クラウジウスのこと② エントロピー150周年を祝って
  6. 人工タンパク質ナノブロックにより自己組織化ナノ構造を創る
  7. 3.11 14:46 ②
  8. 自在に分解できるプラスチック:ポリフタルアルデヒド

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. サイエンス・ダイレクトがリニューアル
  2. 芝哲夫氏死去(大阪大名誉教授・有機化学)
  3. Micro Flow Reactorで瞬間的変換を達成する
  4. 一流科学者たちの経済的出自とその考察
  5. ケムステの記事を導出しています
  6. 山本嘉則 Yoshinori Yamamoto
  7. 科学部をもっと増やそうよ
  8. 怒涛の編集長 壁村耐三 ~論文と漫画の共通項~
  9. 液体ガラスのフシギ
  10. 2012年分子生物学会/生化学会 ケムステキャンペーン

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

チャールズ・スターク・ドレイパー賞―受賞者一覧

チャールズ・スターク・ドレイパー賞(Charles Stark Draper Prize)とは、全米…

染色体分裂で活躍するタンパク質“コンデンシン”の正体は分子モーターだった!

第127回のスポットライトリサーチは、コロンビア大学のDepartment of Biochemis…

クリストファー・ウエダ Christopher Uyeda

クリストファー・H・ウエダ(Christopher H. Uyeda、19xx年x月x日-)は、米国…

添加剤でスイッチするアニリンの位置選択的C-Hアルキル化

Ru触媒を用いたアニリン誘導体のパラ位アルキル化が開発された。極めて位置選択性が高く、添加剤により選…

ジェレマイア・ジョンソン Jeremiah A. Johnson

ジェレマイア・A・ジョンソン(Jeremiah A. Johnson、19xx年xx月xx日)は、ア…

電子ノートか紙のノートか

読者の方々の所属する研究室・会社では実験ノートはどのように保管、データ化されていますでしょうか?…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP