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芳香族って何モノ?

  

 高校化学を学んだ人ならだれもが何度となく耳にする「芳香族化合物」。今回はこれにスポットを当てた話を少々。
 

芳香族とは

 
 芳香族化合物
とは狭義には「ベンゼン環を含む化合物」と定義されます。当然ベンゼン自体も含まれます。皆さんベンゼンの臭いをかいだことはありますか?手元の国語辞典で芳香の意味を調べてみると、

 

ほうこう[芳香]  やわらかな感じの、いいにおい

 
という意味のようです。しかしベンゼン自体はどうにもそんな「いいにおい」だとは思えません(?)(※ベンゼンは発ガン性があるのでむやみに臭いをかぐことはしないでくださいね)

 芳香族と名前はつけども、特に臭いのしないもの、香料として用いられるもの、柔らかな香りどころかいかにも有機薬品的においを発する物質、といった風に実際は様々です。芳香族という名前はどうもその臭いとは関係ないようです。
 ではなぜ未だにこういう分類が広く用いられているのでしょうか?それは芳香族には決まった性質があるため、分類した方が何かと便利なのです。

 

ベンゼンと亀の甲

 
 ベンゼン(C6H6)はご存じの通り図1のような記号で表されます。有名な亀の甲記号です。この構造はドイツの学者 Friedrich・A・Kekuleによって提案されました。二重結合3つと単結合3つで表されるこの構造は当時としてはかなり革新的なモデルでした。
 しかしながらこのモデルには一つ欠点がありました。二重結合と単結合ではその炭素間の距離が異なります。だから極端にかくと、ベンゼンは図2のようにゆがんだ形をしていることになってしまいます。

図1 Kekule構造

図2

 しかし実験によると、ベンゼン分子では、6本の結合はすべて同じ長さの平面正六角形構造で、しかもその長さは単結合と二重結合のほぼ中間ということが分かりました。そこでKekuleは以下の図3のように二つの構造が素早く相互変換している、というモデルを考えました。

図3 素早い相互変換

現在ではこの考えは間違いだとされていますが、このモデルが有機化学界に与えた影響は多大なものでした。
 それでは現在はどう考えられているかというと、ベンゼン分子では、二重結合の二本目の結合に使われる計6個の電子(π電子)が6個の炭素原子の上空にまんべんなく分布(非局在化)している、とされています(図4)。イメージとしては1.5重結合が6本あるといった感じです。そこで、現在ではベンゼン環を図5のように表すことがあります。しかし図1のKekule記法も何かと便利な点があり、現在でもよく使われています。

図4

図5

 

非局在化エネルギー

 

 さて、このようにπ電子が非局在化すると分子にとってどういうメリットがあるのでしょうか?一般に、電子が非局在化すると分子構造は安定する、という事実があります。
 たとえば、図2のような電子が非局在化してない2重結合×3を持つ仮想的な分子(シクロヘキサトリエン)を考えてみます。分子に水素が付加するときに放出される熱量を安定性の指標とすると、シクロヘキサトリエンの計算値とベンゼンでの実測値とでは約150kJ/molほどベンゼンの方が低いのです。つまり、電子が6つの炭素原子上に非局在化することで150kJ/mol安定な分子ができる、ということになります。この安定化分150kJ/molを非局在化エネルギーといいます。

 

Huckel則

 
 以上の話を分子軌道法を用いて説明してみます。ベンゼンのπ電子軌道は、各炭素原子のp軌道が相互作用してできた、6つの軌道からなっています。ここでπ電子が6個までならp軌道が6つ単独で存在するよりも安定な状態をとれます(図6)。

図6 π軌道

 ドイツの学者Huckelは、「一般にπ電子が4n+2個ある環状共役系は安定な構造である」ことを示しました。これがまさに広義の芳香族化合物の定義で、この規則は提唱者の名を取ってHuckel則と呼ばれています。ベンゼンは6つのπ電子を持つn=1の場合に当たるわけです。

 

ベンゼン環を持たない芳香族化合物

 
 Huckel則に従う化合物が芳香族化合物であるならば、ベンゼン環以外にも芳香族性を持つ化合物が考えられます。また構成原子にしても、必ずしも炭素原子である理由はありません。実際以下の化合物は芳香族性を示し、予想される数値より安定なエネルギー状態にあることが実験的にも示されています。

フラン

ピリジン

アズレン

シクロオクタテトラエン
ジアニオン

6π(n=1)

6π(n=1)

10π(n=2)

10π(n=2)

 フランは酸素原子の非共有電子対を一組π電子として使うことで6π電子系を構成しています。シクロオクタテトラエンは金属カリウムなどから電子を二個受け取ったジアニオンの形では10π電子系を構成し、非常に安定に存在します。

 一方、π電子が4n個の共役系をもつ化合物を特に反芳香族化合物と呼び、Huckel則に従わないので安定に存在しにくいとされています。上記のシクロオクタテトラエンを例にとってみると、電子を受け取ったジアニオンの状態では10π電子系で芳香族性を示しますが、電子を受け取る前は8π電子系の反芳香族化合物です。シクロオクタテトラエンジアニオンは8つの構成炭素原子が同一平面上にあり、π電子が全体に非局在化した形をしていますが、非アニオン型シクロオクタテトラエンは下図に示すようにでこぼこした形をしており、π電子軌道がうまく共役系を形成できず、電子が非局在化することが難しくなっています。そのため、非アニオン型はジアニオン型より不安定になります。
 

ジアニオン型(平面構造)

非アニオン型

 
 一概に芳香族と言っても奥が深いんですね!

 有機って面白いよね!!

(2002.2.7 by cosine)

 

参考、関連文献

 

マクマリー有機化学〈中〉東京化学同人
・三省堂 国語辞典

 

関連リンク 

 

有機って面白いよね!〜香りの化学〜
有機化学の偉人
香りの分子辞典
アロマセラピーヒーリングルーム
Structuere of Benzene

【用語ミニ解説】

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

Friedrich・A・Kekule

 

(写真:Wikipediaより)

 

1866年に"ベンゼンの炭素原子は環を作り、しかも単結合と二重結合が交互に結合しており、それぞれの炭素に水素が1個ついている’という仮説を唱えた。

有機化学の偉人より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非局在化エネルギー

 

delocalization energy。非局在化電子をもつ結果として
生じる化合物の特定の安定化エネルギー。共鳴エネルギーとも言う。