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最近の論文から 〜デンドリマー型プロドラッグ〜 "dendritic prodrug"

 

 薬物のプロドラッグ化(生体内で代謝されて初めて薬効発現するように化学修飾すること)により、薬物吸収性の改善・特定部位への標的化(副作用の軽減)・作用の持続化などが期待できる、ということは以前のトピック「プロドラッグ」で既に述べました。
  きわめて応用性の高い手法ですが、これまで知られている主な修飾例はエステル化など、ごくごく単純な変換・修飾に限られていました。
 
  ごく最近、プロドラッグ化にデンドリマーを用いることでさらに新しい機能を付与できる、という報告がなされました[1]
 
 機構的にもアイデア的にも興味深く、また応用性の高い優れた方法論だと思います。今回のトピックではこれを紹介してみたいと思います。

 

デンドリマー型プロドラッグ:構造

 

  デンドリマーは化合物の修飾しやすさ・機能性から現在注目を浴びている物質の一つです(詳しくは関連サイトをご覧下さい)。世界中でデンドリマーを用いる研究が多くの分野にわたって活発に行われていますが、プロドラッグ・ドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用もその一つです。
 
 イスラエルTel Aviv大学のDoron Shabat教授は、デンドリマー末端に薬物(Drug)および酵素基質(Enzyme Substrate)を結合させた以下のようなプロドラッグを設計しました(図1)。[1]

 


<図1>

 

 単純に生分解性デンドリマー末端に薬物をくっつけ、プロドラッグ化したという報告は実はこれが初めてではありません。このデザインでも、酵素基質が酵素によって分解されることが引き金となって活性薬物が放出される、ということ(標的特異性の指向)を想定してあります。
  
  それでは、このデザインはどの点が今までよりも新しく、また秀逸なのでしょうか?

 

デンドリマー型プロドラッグ:薬物放出機構

 
  これまでのプロドラッグは、一つの酵素によりプロドラッグ一分子が代謝され、一分子の活性薬物を生成する、という形をしたものがほとんど全てと言っても過言ではありませんでした。しかしながら、<図1>の分子設計では構造からも想像できるとおり、一つの酵素による一回の代謝で一度に三分子の活性薬物が放出されるというこれまでに無い特徴を有しています<図2>。

 


<図2>

 

 このプロドラッグは、1,4-キノンメチド開裂反応を上手く使用した設計となっています。スキームを<図3>に示します。まずフェノールの保護基R'が何かしらの条件で除去されることで反応が開始します。その後、フェノキシドのベンジル位からアルコキシドRO-が開裂し、キノンメチドを生成します。キノンメチドは不安定なので水が介在しているときには速やかに反応してフェノールになります。

 


<図3>1,4-キノンメチド開裂反応

 

 少々視点を変えて<図3>の反応を見てみれば、R'の開裂が引き金となってRO-が放出される反応、とも捉えることが出来ることがおわかりいただけると思います。ここで、R'を酵素の基質、RO-を活性型薬物に置き代えて考えてみると・・・なんとこれはプロドラッグそのものではありませんか!!!

 

 <図1>に示したプロドラッグの薬物放出機構は余分なリンカーがくっついている分少々複雑ですが、最初に基質が酵素によって分解された後は、生理条件下で1,4-キノンメチド開裂を3回繰り返し、3分子の活性型薬物が放出される、というわけです<図4>[1,2]

 



<図4>

 

デンドリマー型プロドラッグ:実験例

 
  以上のコンセプトに基づき、Shabat教授らは実際に<図5>に示すような3分子のカンプトテシン(CPT: 抗癌剤)と抗体触媒38C2(酵素のモデル)の基質となるアルドール部位を備えたプロドラッグpro-tCPTおよび比較のための単薬剤型プロドラッグpro-mCPTを合成し、細胞成長阻害(端的には抗癌活性)の評価を行いました[1a]。 最初に38C2によってアルドール部位がレトロアルドール反応を起こして分解することが引き金となって、薬物が放出されるという設計になっています。

 


<図5>

 

 様々なガン細胞に対し活性評価を行ったところ、抗体触媒38C2非存在下では、pro-tCPT・pro-mCPTともにIC50値がCPTの数十倍であり、プロドラッグの形では活性がそれほどないことが明らかとなりました。 38C2存在下にはpro-tCPTはCPTと同程度のIC50値を示し、これはプロドラッグとしてpro-tCPTが設計通り働いていることを示すデータとなっています。また、単薬剤型であるpro-mCPTのIC50値は、CPT・pro-tCPTの4〜5倍とpro-tCPTに比べ効率が良くないことも明らかとなりました。

 
 さらに、薬剤濃度を固定して抗体触媒38C2の濃度と活性の関係を調べたところ、プロドラッグとして同一のIC50値を示すために必要な抗体触媒濃度は、pro-tCPTの場合にはpro-mPCTの約1/3でよいことも明らかとなりました。この結果からも、一分子の抗体触媒によりpro-tCPTからは3分子、pro-mCPTからは1分子のCPTが放出されるという期待通りの結論が導けます。
  また、デンドリマー部位の分解物は全く系に毒性影響を与えないということも予め確かめられています。
 
 こうして、 コンセプト通りにプロドラッグが機能していることが確かめられました。
 
※IC50値=反応50%阻害濃度:値が小さいほど強力なアゴニストとなる

 

デンドリマー型プロドラッグ:さらなる展開

 
  こうしてデンドリマー型プロドラッグの可能性が示されたわけですが、上記の実験例だけでは、単純にターゲッティング部位を結合させた旧世代型のプロドラッグとそれほど変わらないように見えるため、変換の手間に比してメリットが小さいような気がしてきます。基礎研究では上記のような実験で今後の可能性を示して終わり、という形の論文に得てしてなりがちなものですが、Shabat教授が非凡なのは、論文[1a,1b]でさらなる可能性を自ら示唆している点にあります。
 
 すなわち、3分子の活性薬剤をそれぞれ別物にしたヘテロ型プロドラッグという全く新しい概念のプロドラッグをも提唱しているのです<図6>。 論文ではあまり強調されていませんでしたが、このコンセプトは、癌の化学療法に限らず多剤併用療法の考え方が主流となっている現在および将来において、きわめて大きな意味を持ってくると思われます。

 


<図6>

 

 その具体化としてShabat教授らは<図7>のようにカンプトテシン、ドキソルビシン、エトポシドという3種類の抗癌剤を結合させたプロドラッグを合成し、同様の活性評価を行っています[1a]。単純な活性値自体はpro-tCPTにくらべやや落ちるようですが、化学療法における相乗効果が期待できるかもしれない、と付け加えられていました。

 


<図7>

 

私見・今後の展望など

   
  この設計は、今までのプロドラッグには無い様々なメリットを有しています。例えば私自身が思いつく限りでも、
  
・酵素反応(認識)部位と薬物が離れた位置にある為、薬物放出過程が薬物構造に影響されにくいデザインとなっている。すなわち、どんな構造の薬物であっても原理的に適用可能という高い応用性・一般性・発展性がある。

 
・デンドリマー部位を修飾することにより、これまでと同様に吸収性・酵素特異性・生分解性・作用部位を向上させられることに加えて、薬効はそのままで薬物自体に機能性・多様性を持たせることができる

 
・デンドリマーの世代を高めることで標的部位での薬物濃度の増加・単純な薬効増幅が期待できる。

 
・ヘテロドラッグ型にすることで複雑な相乗作用をコントロールできる。切断箇所・酵素を変えるなどにより単一薬物が複数の作用部位で時間差作用・相乗作用を及ぼすような薬物設計すら可能になる(参考文献[1c]も参照)。

 
・デンドリマー由来の不要分解物がフラグメンテーションにより小分子となるため、不要物が低毒性かどうかという知見が既に相当量蓄積されており、安全に使用できる可能性が高い不要物が代謝・排泄されやすい薬物デザインも容易となる。

 

などが考えられます。さらに特筆すべきは上記の改良を行うに当っては特別な知識・技術が不要なので誰でも容易に研究を進められる、という点です。これから大きな分野へと発展していく可能性が伺えます。
 
 本報告では、酵素とは若干異なる抗体触媒をモデルとして用いているため、実際の酵素を用いる系ではどうなのかは判断できませんし、また、in vitroレベルでしか効能チェックがなされていないため、実際の生物を使ったin vivo実験および臨床応用・実用化にまでたどり着くには多くの改良が必要不可欠でしょう。

 
  しかしながら、本方法論から抽出されるアイデアを応用すれば、既存の薬物の性能をさらに向上させる目的で、有機化学的知識・生化学的知識をフル活用した合理的な機能性薬物設計が可能となることは想像に難くありません。今後の発展に期待したいです。
 
  「最初に優れたアイデアありき」 結局何事においても、アイデア・発想を生み出す段階がもっとも難しく、あとは時が解決してくれるものだと思います。私自身にも言えますが、常に新しい発想に取り組み続けたいものですね。


(2005.6.20 cosine)

参考文献/関連書籍

[1]
a) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 716.
b) Shabat, D. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 1726.
c) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 2256.
d) de Groot, F. M. H. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4490.
 
[2]
a) McGrath, D. V. et al. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 15688.
b) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4494.

 

Dendritic MoleculesDendritic Molecules
 
 
 
 
 
 
 

関連リンク

 
有機って面白いよね!!抗生物質の話
有機って面白いよね!!プロドラッグ
・ Chem-Station化学用語「デンドリマー
デンドリマー (ナノエレクトロニクス.jp)
相田卓三 研究室(東大工学部)
ナノ空間から広がる世界〜デンドリマー、バッキープラスチック〜
デンドリマー
デンドリマー〜分子の珊瑚礁〜 (有機化学美術館)
Doron Shabat Reserch Group
Chemistry highlights 2003 (C&EN)

 

【用語ミニ解説】

 

デンドリマー

 

分子を放射状に組み立てた球の形をした巨大分子のことです。その名前はデンドロン(ギリシャ語で樹木の意味)に由来しています。

 

 ドラッグデリバリーシステムの新展開―究極の薬物治療をめざして
ドラッグデリバリーシステムの新展開―究極の薬物治療をめざして

 

ドラッグデリバリーシステム(DDS)

 

薬物を病変部位だけに選択的に運搬して、その部位で薬を働かせる方法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

  

 

 

 Hydrolysis in Drug and Prodrug Metabolism
Hydrolysis in Drug and Prodrug Metabolism

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンプトテシン

 

camptothecine 。キノリン骨格を有するインドールアルカロイド のひとつ。高い抗腫瘍活性を示すが、強い副作用のため米国では抗腫瘍薬としての開発が中断された。しかし、塩酸ノギテカンなどのカンプトテシンを誘導したカンプトテシン系抗癌剤が多く開発され使用されている。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

  

 

 

  

抗体触媒

 

抗体(抗原の侵入を受けた生体がその刺激で作り出すタンパク質の総称。)による触媒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Analog-based Drug Discovery

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