第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲伊 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、「水硬性(すいこうせい)」高分子に関する研究です。
粉末と水とを混ぜたのち、自由な形に成形可能で自然に固まるような性質を指す「水硬性」の材料として、セメントが知られています。このような水硬性は、高分子材料・有機材料ではこれまで困難とされていました。今回、シラトランという分子を利用し、水硬性高分子材料を報告されました。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Hydraulicity in Organic Polymers Enabled by Hydrophobization Upon Water-Triggered Curing of Hydrophilic Chains”
Tokumitsu, R.; Uebo, S.; Takahashi, A.; Otsuka, H., Angew. Chem. Int. Ed., 2026, e1794764. DOI: 10.1002/anie.1794764
研究を指導されている高橋明 助教と大塚英幸 教授から、徳満さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
高橋明 先生
徳満くんは、圧倒的な馬力と研究への熱意を兼ね備えた頼もしい学生さんです。修士課程から大塚研究室に加わったのにも関わらず、入学からわずか半年で特許出願、さらにその半年後には論文投稿という、驚異的なペースで研究を進めています。彼が取り組んでいるテーマは、もともと私が前職時代に構想しながらも予備検討で思ったようにいかず、そのまま眠っていた研究テーマでした。それをこれほどの短期間で見事に形にしてくれたのは、ひとえに彼の類稀な推進力と粘り強さの賜物です。さらに研究発表でもその勢いは凄まじく、ポスター賞の受賞率は驚異の8割超えと、向かうところ敵なしの状態です。来年からは博士課程に進学予定ですが、今後どこまで飛躍していくのか非常に楽しみにしています。
大塚英幸 先生
徳満玲伊さんは、日々の研究に真摯に向き合い、着実に努力を成果に結びつける力を持った学生さんです。挑戦的な研究課題にも主体的に取り組み、貪欲に成果を追い求めながら粘り強く研究を進め、今回の成果に繋げてくれました。周囲との議論を通じて自身の考えを深めていく姿勢も彼の大きな強みです。責任感と協調性を備え、先輩後輩問わず積極的に関わる一方、ユーモラスな一面も持ち合わせており、周囲を和ませてくれています。博士課程進学を希望しており、こうした研究能力と人柄を生かし、研究室を牽引する存在へと成長してくれるものと思います。様々な分野の研究者との交流や新たな経験を通じて、さらに活躍の場を広げていくことを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
セメントのように水を加えて練るだけで自由に成形でき、その後自発的に硬化する「水硬性(すいこうせい)」高分子材料の開発に成功しました。
水硬性を示す代表的な材料であるセメントは、粉末と水を混ぜるだけで自由な形に成形でき、そのまま硬化することから社会基盤を支える重要な材料として広く利用されています。一方、プラスチックなどに使われる高分子で同様の性質を実現するには、成形時には水を取り込んで柔らかくなるために「水になじみやすい性質」が必要で、硬化後には水に濡れていても形状や強度を保つことが求められるため、「水になじみにくい性質」へと変化することが望まれます。
そこで本研究では、水との反応によって、水になじみやすい構造からなじみにくい構造へ変化する「シラトラン」という分子に着目しました。これを組み込んだ高分子の粉末に水を加えると、速やかに柔らかいパテ状へと変化し、自由に変形することができました。その後、室温で置いておくだけで水との反応によって高分子の鎖同士がつながり、水になじみにくくなりながら硬化する水硬性を示しました。得られた硬化物は再び水を加えても柔らかくならず、加工のしやすさと耐水性を両立しました。このような性質を利用することで、高分子粉末と水を混ぜるだけで、形や厚みによらず成形から硬化までを行えることに加え、水中での接着や破損したガラス容器の補修にも利用できることを実証しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
最も思い入れがあるのは、シラトランという1つの構造が、可塑化と硬化の2つの役割を担っている点です。
本研究の水硬性は、高分子粉末に水を加えて練ることで柔らかいパテになる可塑化段階と、そのパテが剛直な硬化物になる硬化段階の2段階に分けられます。1段階目にはシラトランの水和によって高分子が可塑化する物理的な変化が、2段階目にはシラトランのゾル–ゲル反応により高分子が架橋する化学的な変化が関わっています。1つの構造が異なる仕組みで一連の変化を支えていると気づいたときに、この研究ならではの面白さを感じました。
私は普段から、複数の仕組みや工夫が組み合わさることで、研究はより面白くなると考えています。そのような面白さを自分自身の研究で見いだし、1つの成果としてまとめられたことをとても嬉しく思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回報告したセメントのような水硬性を示す高分子は、幸運にも研究の初期段階で見いだしていました。難しかったのは、その背景にある化学変化を、どのような方法で確かめるかという点です。硬化物は溶媒に溶けず、さらには硬化中は常に水が存在しているため、水を含んだ状態と乾燥状態のどちらで測定すべきかなど、測定状態をどこに設定するかにも悩みました。
そこで、基本的な測定方法に工夫を加え、低分子モデルでは水の代わりに重水を用いた1H NMRの自動連続測定による反応追跡を、高分子では濡れた状態でも測定可能なATR法によるFT-IR測定を採用しました。これらの結果をもとに様々な測定を組み合わせることで、水硬性をもたらす化学変化を理解できました。
この過程では、学部時代に所属していた東京理科大学 有光研究室での経験も役立ちました。研究のテーマや場所が変わっても、これまで培った考え方や技術は新たな課題に取り組む力になると実感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
来年度からは大塚研究室の博士課程に進学する予定で、これまで培ってきた知見や経験を生かしながら、より高いレベルで研究を進めていきたいと考えています。同時に、自分オリジナルの着想から生まれる新たな高分子材料を開発していきたいです。
そのためにも、自分の専門領域からはみ出す勇気をもち、様々な国で多くの人と関わりながら経験を積んでいきたいと考えています。そうした経験が、今自分の手札にある「化学」をより豊かで興味深いものにし、自分色の「化学」を創っていくと信じています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究以外にも通じることですが、研究を深めるためには、今抱えている課題を正確に理解し、その解決にどのようなアプローチが必要なのかを考え続けることが大切だと思います。
その力を養ううえで、他の人の研究に興味を持つことは、とても良いトレーニングになります。「この研究では何が課題なのか」「オリジナルな部分はどこなのか」「どのような測定・評価が有効か」を意識しながら話を聞き、質問やコメントをしてみると、自分の研究だけを考えているときには得られない視点に出会うことができます。
研究室や学会は、こうしたことを実践できる貴重な場です。ぜひ、周囲の研究にも興味を持ち、積極的に関わってみてください。
最後になりましたが、素晴らしい研究環境を整え、ご指導くださった教授の大塚先生、日々のディスカッションを通じて研究を導いてくれた助教の高橋さん、研究を安全に行えるように、そして楽しむことができるように指導してくださった師匠の上坊さんをはじめ、これまで支えてくださった皆様に心より感謝申し上げます。また、学部時代から拝見しているChem-Stationでの研究紹介という貴重な機会をくださったスタッフの皆様にも、厚くお礼申し上げます。
研究者の略歴

名前:徳満 玲伊 (とくみつ れい)
所属:東京科学大学物質理工学院応用化学系大塚研究室
略歴:
2020年3月 私立土佐高等学校 卒業
2025年3月 東京理科大学創域理工学部先端化学科 卒業
2025年4月–現在 東京科学大学物質理工学院応用化学系応用化学コース 修士課程 在学





























