[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

温度値をどう判断するか【プロセス化学者のつぶやき】

[スポンサーリンク]

前回、設定温度と系内温度は一致しないことがあるという話をしました。
今回はその続きとして、実務上どこを見て判断すべきかという点についてのお話です。
まず実験操作における「温度」という言葉が、何を示すのかについて簡単に説明します。

「温度」と一言で言っても同じではない

実験操作において「50 ℃で反応させた」と書かれることはよくあります。
しかし、この「50 ℃」が何を指しているかは、実は文脈によって異なります。
プロセスの観点では、大まかに2つに区別され、それがさらに細分化されます。
① ジャケット温度   (熱媒の設定値・実測値)
② 系内温度            (液やガスの温度)

厄介なのは系内温度自体も一様ではないことです。

  • 気相部と液相部
  • 撹拌流の中心と壁際
  • 試薬の滴下点周辺

これらは時間的にも空間的にも温度が異なります。
温度センサーが示す値は、「その瞬間、その位置の温度」を切り取ったものに過ぎません。
したがって、反応温度とは時間的な連続性と空間的な平均性を考慮した概念になります。

では、系内温度を全ての温度を測るべきなのか?

理想的には多点・連続測定が望ましいですが、実験室レベルでは現実的ではありません。
また、目的を定めずに温度データを増やすと、かえって判断を誤ることもあります。
例えば以下の場合は「50 ℃で反応した」と記述して問題ありません。

  • 設定温度:50 ℃
  • ジャケットの実温度:安定して50 ℃
  • 系内実液温:撹拌条件を変えても50 ℃で変動なし

複数の温度を測ることが重要になるのは検出温度に温度差(ΔT)が生じた場合です。
そして、そのΔTを把握し、何に起因するか判断することが重要です。
設定温度と系内温度のΔTは以下のような要因で発生します。

  • 機器による熱追従の差
  • 反応熱による差
  • 混合熱による差
  • 他の要因による差

スケールアップで論文結果を再現しない例

例として冷却条件下、試薬Aを滴下する発熱反応を考えます。
論文には以下の条件が記載されていたとします。
・反応温度:-20 ℃
・反応時間:1 時間
・攪拌条件:攪拌子による攪拌

100 mL スケールでは同等の収率が再現できたため、
1000 mL へのスケールアップを試みました。
しかし、その結果、収率は大きく低下し、副生物が多く検出されました。

このとき論文中の「-20 ℃」は、熱媒の設定温度を指しており、
系内の実際の液温度を示しているとは限りません。
100 mL スケールでは発生熱も冷媒によって速やかに徐熱され、
液温度は設定温度と大きく乖離しなかったと考えられます。

一方、1000 mL スケールでは、反応熱の発生量に対して除熱が追いつかず、
系全体で一時的な温度上昇が生じ、それ起因して副生物が生じた可能性があります。
これは系内の液温度を測って初めて裏付けできる考察です。
たとえば、-20 ℃と設定していても、滴下操作により実際の液温度は一時的に -5 ℃ まで上昇していた可能性があります。
この場合、発熱反応により液温度が上昇したため過剰反応が起こり、副生物が生じたと理論立てて推察できます。
なお、これは系内は空間的に速やかに温度が均一になるという前提で話しています。

図 発熱反応における設定温度と系内温度の差 ※生成AIで作成

まとめ

温度という表現には複数の意味が混在しています。
そのため論文に記載された「反応温度」をそのまま系内の実液温度と解釈して判断すると、
スケールアップ時に実際の反応挙動を見誤ることになります。
複数の温度を測定してΔTの有無を確認し、それが何に起因するかを判断することで、次の一手が打ちやすくなります。

関連記事

関連書籍

医薬品のプロセス化学(第2版)

医薬品のプロセス化学(第2版)

¥2,640(as of 08/24 05:53)
Amazon product information

 

joe

投稿者の記事一覧

化学メーカーで研究、生産技術を経験。
現在は製造スケールのプロセス条件設計を行っています。カメを飼っています。

関連記事

  1. 狙いを定めて、炭素-フッ素結合の変換!~光触媒とスズの協働作用~…
  2. グラフィカルアブストラクト付・化学系ジャーナルRSSフィード
  3. 高分子を”見る” その2
  4. 掃除してますか?FTIR-DRIFTチャンバー
  5. Open Babel を使ってみよう~ケモインフォマティクス入門…
  6. 巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素…
  7. 超一流誌による論文選定は恣意的なのか?
  8. データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ベンジル酸転位 Benzilic Acid Rearrangement
  2. ヒドラジン
  3. 第5回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ
  4. ゴジラ級のエルニーニョに…出会った!
  5. 緑茶成分テアニンに抗ストレス作用、太陽化学、名大が確認
  6. 2011年人気記事ランキング
  7. アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!
  8. 生涯最高の失敗
  9. 大久野島毒ガス資料館
  10. ペーパークラフトで MOFをつくる

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年2月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262728  

注目情報

最新記事

酸素を過酸化水素へ!可視光で駆動する有機高分子光カソード

第717回のスポットライトリサーチは、新潟大学大学院自然科学研究科(無機ナノ材料研究室)博士前期課程…

ペプチド合成におけるアスパルチミド化/Aspartimide Formation in Peptide Synthesis

⏱ 30秒サマリー 何をする反応か — Fmoc-SPPS のピペリジン…

MEDCHEM NEWS 35-2 号「未来のメディシナルケミストリーの可能性」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、オープンアクセ…

無機系不均一触媒探索における特徴量化手法

開催概要マテリアルズ・インフォマティクス(MI)における重要な課題の一つは化合物の特徴をどのよう…

有機合成化学協会誌2026年8月号:メタレート転位・ラジカル的C(sp3)-H結合官能基化・アレロケミカル・刺激応答性分子結晶・β-プロティック金属錯体

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年8月号がオンラインで公開されています。…

スーパーシリル基/Super Silyl Group

概要スーパーシリル基(super silyl group)は、中心ケイ素原子に3個のトリメチルシ…

【書評】化学への数学 基本への10章

「現代化学」に連載されていた人気記事を書籍化。物理化学や量子化学の本質的理解…

中谷 直輝 Naoki NAKATANI

中谷 直輝(なかたに なおき)は、日本の理論・計算化学者である。東京都立大学大学院理学研究科化学専攻…

梶 弘典 Hironori KAJI

梶 弘典(かじ ひろのり)は、日本の化学者・材料科学者である。京都大学化学研究所教授。固体NMR・D…

宮田 潔志 Kiyoshi MIYATA

宮田 潔志(みやた きよし、1986年-)は、日本の物理化学/分析化学者である。九州大学大学院理学研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP