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化学者のつぶやき

小スケール反応での注意点 失敗しないための処方箋

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前回はスケールアップについて書いたので、今回は小スケールの反応での注意すべきことについてまとめてみました。

特に全合成をやっておられる方などには、以下の内容はほぼ常識的な内容かもしれませんが、研究室に配属された新人向けの内容ですので、生暖かく見てください。

小スケールでの反応、(例えば1 – 10 mg)は通常のグラムスケールの反応と同じようにはいきません。特に禁水反応や低温反応では、目的の反応が進行しないということがあります。既知物質を合成する場合は、自分の条件設定や手技に間違いがあったのかと考えればいい話で話が簡単なのですが、全合成研究のように新規物質を合成する場合はそういう訳にはいきません。考えうる失敗例を想像しながら手技は少なくとも完璧にすることで、反応がうまく行かなかったときもその理由を考えて次の条件を試すという、PDCAサイクルを回す必要があります。失敗をしないためには、1)自分で失敗する、2)先輩や同期の失敗を見て勉強する、3)失敗例の引き出しを作っておくの3つの方法が考えられますが、本記事はその3つ目に対応したものです。すべてを網羅したわけではないので、至らない点もあるかもしれませんが、以下の点を注意するだけで失敗が減り、反応が進行しないことが条件設定にあることを明らかにすることに役立ってくれると筆者としてはうれしい限りでございます。

 

コンタミに気をつける。

  • 小スケールだけでなく、どんな反応をするときも当たり前のことですが、フラスコは毎回しっかりと洗います。反応によっては、アルカリバス(KOH)にフラスコやスターラーバーを漬けるなどすることでコンタミを防ぎます。また、固着物がある場合はアセトンを入れた状態でブラシでこする、(ハロゲン化物が固着物として考えられる場合はクロロ系の溶媒を用いてブラシで洗う(廃液はクロロ溶媒に流すこと))など、反応容器由来の残存物の対策をしっかりします。
  • 机の上を整理します。サンプルを乾燥させるときなども、きれいなた三方コックなどを用いるようにします。

反応の仕込みに気をつける

小スケールの場合はグラムスケールの反応に比べてより厳密な無水条件、無酸素条件など厳しい条件が要求されます。例えば、1 g以上のスケールの反応では、低温の禁水反応でも塩カル菅を付けておくだけでうまくいくことが多いですが、小スケールの場合はそうはいきません。

  • 溶媒量が少なくなる場合は、梨型フラスコを使う、先の尖ったマイクロウエーブチューブを使うなど、容器の工夫します。
  • 禁水反応の場合は特に、バーナーかヒートガンであぶる、オーブンから容器を出したらすぐにアルゴン置換などを行います。酸素のコンタミや水蒸気のコンタミが問題となる場合は、グローブボックスで反応をセットアップします。
  • 正確な計量が求められる試薬や触媒を入れる必要がある場合、面倒臭くてもストック溶液を作成し、正確な量を反応させるように気を配る工夫も必要です。
  • シリンジは使い捨ての1 mLのものではなく、容量に合わせてガスタイトシリンジ(10 uL, 25 uL, 50 uL, 100 uL, 250 uL, 500 uL)などの正確なシリンジを用いるべきです。(尚、何度も利用するシリンジは強酸、強塩基の導入に使用した後はすぐに洗い乾燥します。塩基が固着し、針がダメになったり、錆の原因になります。)
  • ある程度過剰量用いても差し支えない試薬の場合、小過剰の反応剤を用いるなど、試薬の失活も考慮に入れて反応条件を設定することが重要です。(例えば、二級TBS化の場合は3 eqの2,6-lutに2 eqのTBSOTfを用いる、エステルの還元の場合は小過剰量の還元剤を用いるなど。)LDAなどの試薬はすこし大きめのスケールで調整、そのうちの一部を濃度を計算して反応に利用するなどの方法もあります。
  • 溶媒量が少なく、DCMなど揮発性の高い溶媒を使った加熱反応を行う場合は、しっかりとシーリングできるマイクロウェーブのバイアルを使ったり、溶媒を可能ならばDCE(1.2-ジクロロエタン)を代わりに利用します。もしくは途中で溶媒を足すことも考慮に入れ、溶媒が完全に飛んでしまうことを防ぎます。
  • 均一系触媒や溶媒に溶ける反応剤などの場合は10倍のストック溶液を作ったうえで、反応容器に添加します。不均一系触媒系での反応の場合、触媒の失活も考慮に入れて、通常よりも多めに触媒を入れるなど工夫が必要です。

精製と計量に気をつける

  • 少量のコンタミでもNMRで見えてしまうレベルになる場合もあります。そのため精製には十分な注意が必要です。PTLCなどを使うと便利です。エバポのトラップもコンタミが無いようにしっかり予め、きれいなことを確認してから使います。(もしくは、アセトンなどで洗ってから濃縮します。)
  • 溶媒は必要ならば、蒸留したものを用います。例えば、THFやEt2Oに含まれるBHTなどはNMRで見えてしまうことがよくあります。
  • 少量の精製は、パスツールカラムやPTLCを用いて行い、カラム精製を行っているうちに希釈されすぎて化合物を見失うといった事故がないように、使用するシリカゲルの量についても注意します(参考記事、今更聞けないカラムクロマト)。特に、薄まりすぎたカラムのフラクションの場合、副生成物が見えずにきれいなフラクションと混ぜてしまうこともあるので注意が必要です。
  • 精密天秤を用いて、化合物の重さを正確に量りましょう。計量の際はサンプルに埃クズやシリカゲルなどが残らないように気を配る必要があります。もし、残っている可能性がある場合、パスツールに綿を詰めてろ過し、再度濃縮、分析を行います。

分析をする際の注意点

  • MSは超微量分析でも大抵可能なので、問題になることはほぼないと思われます。
  • 一方でNMRはちょっと厄介です。分子量が大きく、微量の合成を強いられる場合、測定してみるとやはりS/N比があまり良くなくて。。。となるものです。解決策としては、シムが問題にならない程度の少な目の溶媒に溶かし、積算を重ねるというのが簡単な方法です。例えば、感度がそれほど良くない常温BBO probeのついているマシンでも64回程度叩けば、1mgの化合物量でもそれなりのスペクトルが得られます。一方で、良いマシンに頼るという方法もあります。例えば、研究科にCryo-TCI probeのついたマシンなどがあるならば、1 mgを切っていても1 scanでほぼ完璧な1H-NMRスペクトルが得られます。それゆえに、場合によっては積算を重ねるだけでなくどのマシンを使うかも検討してみてはいかがでしょうか? 例えば、分子量800ぐらいの化合物が0.5 mg程度用意でき、Cryo-TCI probeかCryo-BBO probeで4000回(3.5 h)ほど叩くことができれば13Cでも、シグナルを拾うことは十分可能です。
  • また、signalのbroadeningなどの影響で13Cが拾えなかったとしても、同程度の時間HMBCかHSQCを用いれば、殆どのシグナルを拾えることが多いです。また、11Bの付け根の13Cなど薄いNMR溶液ではかなり拾いにくいシグナルも二次元NMRで観測可能です。
  • かなり薄い溶液でNMRを取った場合、CDCl3の両脇にsatellite peakが見える場合もありますが(CDCl3に1%程度含まれる13Cによる1JC-H coupling (= 209 Hz))、こればかりはどうしようもありません。
  • IRもFT-IRのATR(Attenuated Total Reflection(全反射測定法))マウントが開発されて以降、かなり少量で分析が可能となりました。NMRサンプルをパスツールピペットの先にちょっととって、サンプルをロードした後乾かせば測定に十分な膜が出来上がり測定ができるはずです。

反応に失敗した場合

  • その反応をどれくらいの濃度で行ったか確認します。濃度が著しく低い場合、反応速度が遅くなることがあります。
  • 試薬の失活が起こっていないか確認する。プロトンを引き抜いてという強塩基を用いた反応などでは、重水素化実験などを行ってみるとよいかと思われます。また、反応を進行させたいだけなら小スケールの反応の場合、触媒を多めに使ってみるというのも一案かと思います。

あとがき

一般的に、気をつけることと言えばこんなところでしょうか。皆様の、仕事がうまくいくことを祈って今日のところは筆を置きたいと思います。

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2020.07.07更新(Gakushi)

Gakushi

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東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

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