[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ベンゼン環を壊す“アレノフィル”

[スポンサーリンク]

ベンゼン環の[4+2]光環化付加反応を進行させるトリアゾリン-3,5-ジオンを“arenophile”として用いた、脱芳香族的ジヒドロキシ化およびジアミノジヒドロキシ化が開発された。

ベンゼン環の脱芳香族的官能基化反応

ベンゼン環は、有機分子で頻出する構造単位であり、市販試薬にも合成中間体にも多く含まれる。ベンゼン環の脱芳香族化を伴いながら官能基化し脂環式化合物へ変換する手法は、新たな合成戦略を切り拓くポテンシャルをもつ1。しかし、ベンゼン環は共鳴安定化効果により高い安定性をもつため、この芳香族性を如何に壊すか、脱芳香族化するかが鍵となる。

これまでに報告されているベンゼン環の脱芳香族的官能基化反応の代表例としては、以下が挙げられる(図1)。Cr、Ruなどからなるη6-ベンゼン錯体や2、Os(NH3)5+、TpW(PMe3)NO(Tp: hydridotris(pyarolyl) borate)からなるη2-ベンゼン錯体3に対する脱芳香族的官能基化などが挙げられる。しかし、いずれの手法も、高価もしくは毒性の高い遷移金属種を化学量論量要する。一方で、酵素を用いる酸化反応も知られており、種々のarene dioxygenaseによりベンゼン環をジヒドロキシアレーンへ変換できる4。高い立体、位置選択性をもつ強力な手法だが、基質特異性の問題をもつ上に、組み換え酵素の培養といった高度な専門技術が要求される。最後に、光照射下で芳香環を励起させることでアルケン分子と反応する、光環化付加反応がある5。この手法の問題点は、反応の選択性の制御の難しさである。この光環化付加反応は、ortho-、meta-、para-環化付加反応の三種類存在する。para-で進行する例は少なく、主にmeta-環化付加反応の副反応として認識されている。

 

2016-09-19_03-43-29

図1. 代表的なベンゼン環の脱芳香族的官能基化反応

 

今回、イリノイ大学のSarlah助教授らは、光環化付加反応をうまく制御してベンゼン環の脱芳香族的ジヒドロキシ化およびジアミノジヒドロキシ化を報告したので紹介する。

 

“Dearomative Dihydroxylation with Arenophiles”

Southgate, E. H.; Pospech, J.; Fu, J.; Holycross, D. R.; Sarlah, D. Nature Chem. 2016. DOI: 10.1038/nchem.2594

 

論文著者の紹介

2016-09-19_03-44-54

研究者:David Sarlah
研究者の経歴:-2006 BSc, University of Ljubljana, Slovenia (Prof. Roman Jerala)
2006-2011 Ph.D, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
2011-2014 Posdoc, ETH, Switzerland (Prof. Erick M. Carreira)
2014- Assistant Prof. at University of Illinoi, Urbana-Champaign
研究内容:天然物合成、反応開発

 

論文の概要

Sarlahらの手法は、光環化付加反応を実用的なレベルに拡張したものといえる。成功の鍵は、彼らが“arenophile”と名付けた1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンAをアルケンにかわる2πユニットとして用いた点である。

このトリアゾリンジオンAを用いた[4+2]環化付加は、1989年にSheridanらによって既に見出されており、para選択的な環化付加が進行する6

また、反応機構は異なるが、Fujita、Sugimuraらは同分子Aを用いて、アルコキシナフタレンの立体選択的な付加反応へと展開している7

SarlahらはAを用いた[4+2]光環化付加反応の後にできる化合物に対し、低温条件下で触媒的オスミウム酸化をし、シクロヘキセンジオール1を良好な収率で得ることに成功した。この化合物を鍵化合物とし、トリアゾリジン部位の脱離によりcis-シクロヘキサジエンジオール2へ、またトリアゾリジン部位をジアミノ基へと変換反応することで、高度に官能基化されたジアミノジヒドロキシシクロヘキセン3の合成へと展開した。

2016-09-19_03-46-28

図2. メチル1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを“Arenophile”として用いた脱芳香族的反応

 

参考文献

  1. Roche, S. P.; Porco, J. A. Chem., Int. Ed. 2011, 50, 4068. DOI: 10.1002/anie.201006017
  2. Pape, A. R.; Kaliappan, K. P.; Kündig, E. P. Rev. 2000, 100, 2917. DOI: 10.1021/cr9902852
  3. Keane, J. M.; Harman, W. D. Organometallics 2005, 24, 1786. DOI: 1021/om050029h
  4. (a) Hudlicky, T. Pure Appl. Chem. 2010, 82, 1785. DOI: 1351/PAC-CON-09-10-07 (b) Wender, P. A.; Ternansky, R.; deLong, M.; Singh, S.; Olivero, A.; Rice, K. Pure Appl. Chem. 1990, 62, 1597. DOI: 10.1351/pac199062081597
  5. Remy, R.; Bochet, C. G. Rev. 2016, 116, 9816. DOI: 10.1021/acs.chemrev.6b00005
  6. Hamrock, S. J.; Sheridan, R. S. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 9247. DOI: 10.1021/ja00208a028
  7. Fujita, M.; Matsushima, H.; Sugimura, T.; Tai, A.; Okuyama, T. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 2946. DOI: 10.1021/ja0029477

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. アスピリンから多様な循環型プラスチックを合成
  2. ケージ内で反応を進行させる超分子不斉触媒
  3. 金属原子のみでできたサンドイッチ
  4. 化学英語論文/レポート執筆に役立つPCツール・決定版
  5. エナンチオ選択的ジフルオロアルキルブロミド合成
  6. 日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  7. 化学連合シンポ&化学コミュニケーション賞授賞式に行ってきました
  8. アメリカ化学留学 ”実践編 ー英会話の勉強ーR…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 京都の高校生の学術論文が優秀賞に輝く
  2. #環境 #SDGs マイクロ波によるサステナブルなものづくり (プラ分解、フロー合成、フィルム、乾燥、焼成)
  3. 角田 佳充 Yoshimitsu Kakuta
  4. 金触媒で変身できるEpoc保護基の開発
  5. 幾何学の定理を活用したものづくり
  6. アレルギー治療に有望物質 受容体を標的に、京都大
  7. Glenn Gould と錠剤群
  8. 銅触媒による第三級アルキルハロゲン化物の立体特異的アルキニル化反応開発
  9. 寺崎 治 Osamu Terasaki
  10. 相次ぐ化学品・廃液の漏洩・流出事故

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP