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化学者のつぶやき

MOF の単一金属サイトで2分子の CO が “協働的” に吸着

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金属–有機構造体(MOF)における金属サイトにおいて複数のガスが逐次的に吸着する際に、シグモイド型の吸着特性が発現されることがScience 誌に報告されました1。通常シグモイド型の吸着特性は複数の吸着サイト同士の協働的な相互作用によってもたらされ、比較的小さな圧力や温度の操作によって多量のガスの吸着と脱着ができる利点があります。今回の報告により「単一の吸着サイトでも機能的に協働的吸着を発現できる」という新しい視点が提案されました。

Carsch, K. M.; Jiang, H. Z. H.; Klein, R. A.; Rosen, A. S.; Summerhill, P. S.; Peltier, J. L.; Huang, A. J.; Murphy, R. A.; Dods, M. N.; Silva, H. A.; Hasanbasri, Z.; Kwon, H.; Karstens, S. L.; Yabuuchi, Y.; Börgel, J.; Taylor, J. W.; Meihaus, K. R.; Bustillo, K. C.; Minor, A. M.; Persson, K. A.; Brown, C. M.; Britt, R. D.; Stadie, N. P.; Long, J. R.
Multigas Adsorption with Single-Site Cooperativity in a Metal–Organic Framework.
Science 2025, 390 (6775), 808–812. DOI: 10.1126/science.ady2607

 背景:協働的吸着とは?

化学・生化学で古くから知られる「協働性(cooperativity)」とは、基質の結合が次の結合を促進したり阻害したりする現象を指します。代表的な例はヘモグロビンです。ヘモグロビンは酸素を結合する部位として鉄–ポルフィリン種を活性部位の持つユニットの四量体です。このとき、4つのうちの1つのユニットで酸素を結合すると、四量体全体の構造が変化して次の酸素の結合を促進します。このような協働的な現象の結果、血中の酸素濃度に対するヘモグロビンにおける酸素の被覆率は、シグモイド型(S 字型)の曲線を描きます。

一方、それぞれの吸着部位 (結合部位) が独立に振舞う典型的なラングミュアの式の場合、低圧力(あるいは低濃度) で直線的に被覆率が増加しますが、次第にその傾きは緩やかになり、高圧力 (あるいは高濃度) で飽和してグラフは横ばいとなります。

このような吸着サイトが独立に振舞うラングミュアの吸着等温線の場合、吸着したガス (結合した基質) を放出するために比較的大きな圧力変化 (濃度変化) が必要になります。一方、吸着サイトが協働的振舞うシグモイド型の吸着等温線では、S 字型の前後に圧力 (濃度) を操作することで比較的多くのガス(基質) を放出できます。ヘモグロビンが協働的な酸素の結合を示すのは、より小さな酸素濃度の変化で多くの酸素を配達することに役立っているわけです。

一方、この原則をガス貯蔵やガス分離に応用すれば、協働的なガス吸着を示す吸着剤はより小さな圧力の変化や温度の変化でより多くのガスを出し入れできると考えられます。このような仮説のもと今回の論文を報告した Long 研究室では金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MOFs) を利用して数々の協働的ガス吸着現象を実証し、その機構を明らかにしてきました。具体的には次の例が挙げられます

従来例のほぼ全ては、複数の吸着サイト間が連携して、結晶格子レベルでの再編成が生じるという特徴を持っていました。例えば、下に示すのは CO2 の化学吸着が一次元に連鎖する ジアミン-Mg2(dobpdc) における協働的吸着のメカニズム模式図です。

MOF における協働的吸着のメカニズムの例. 関連記事: MOF-74

技術や手法のキモ:CO 2分子と反応する有機金属種に倣う

典型的なラングミュアの式 (Langmuir equation) では、それぞれの吸着サイトが独立に振舞うことが仮定されます。その他の過程としてラングミュアの式では、それぞれの吸着サイトは1つの分子としか吸着しない、という仮定も存在します。もし一つの吸着サイトで2つ以上の分子を吸着できるような場合、そもそもラングミュアの仮定にあわないため典型的なラングミュア型の振舞いから逸脱して、協働的な吸着現象に似た振舞いを示す可能性もあります。

1つの吸着サイトで2つ以上の分子を吸着できるような MOF は稀です。しかし分子性錯体に目を移すと、2当量以上のガス分子と反応あるいは錯形成する錯体は存在します。例えば、四配位四面体様の構造を形成することで知られるトリス(ピラゾリル) ボレート配位子 (tris(pyrazolyl)borate; Tp )のコバルト–アルキル錯体やそれと類似した擬四面体構造のコバルト–アルキル錯体は、COと反応するとアルキル基が移動挿入することで形成されるアシル基ともう一当量の CO が配位した5配位錯体を形成すると知られています。このような有機金属化学種による CO との反応を MOF 内で再現できれば1 つの吸着サイトで 2 分子の CO を吸着する現象が実質的に実現できます。

本研究では CoMe-MFU-4l というMOF の CO の吸着特性を調査しました。MFU-4l は、五核トリアゾールクラスターを有する立方晶の構造体で、そのクラスターはトリス(ピラゾリル)ボレート錯体とよく似た擬四面体の金属サイトを有します。その金属サイトに合成後修飾によって Co–Me 種を導入しました。

CoMe-MFU-4l の構造と合成. MFU-4l はもともと Zn からなる立方晶の構造体です. 合成後修飾により Zn を Co へ置換し, さらに Cl 基を  CH3 基に変換することで CoMe-MFU-4l が得られます.

主張の有効性検討1: Co–Me に対して 2 当量の CO が吸着

CoMe-MFU-4l の CO の 298 K での吸着等温線を想定したところ、1 bar でおよそ 6 mmol/g の吸着が確認されました。これは、MOF 内の Co–Me の密度から考えて 1 つの Co–Me あたりに 2 分子が吸着したことに相当し、単一の吸着サイトで 2 分子を吸着するというコンセプトに合致します。比較として擬四面体構造の Co–Cl 種を持つ CoCl-MFU-4l という類縁体の CO の吸着特性を調査したところ、ほとんど吸着せず(0.26 mmol/g @1 bar)、Me 基の存在が鍵であることも示されました。

さらに他のガスの吸着特性を調査したところ、 エチレン、窒素、水素などの他のπ受容体は、CoMe-MFU-4l も CoCl-MFU-4l も同様の典型的な物理吸着に似た振舞いを示しました。したがって、CoMe-MFU-4l 二当量のガスの取り込みという現象は、COに選択的であると確認されました。このような選択的な吸着メカニズムは、ガス分離において有利であると筆者らは提案しています。

主張の有効性検討2: シグモイド型のCO の吸着特性

筆者らは298 K の CO の吸着等温線の立ち上がりの形が、シグモイド型 (S 字型)であることに気づきました (上図右を参照)。この吸着等温線のデータは、典型的な Langmuir 型の式にフィットすることはできませんでした。一方、協働的吸着のモデルに利用される Hill 型の式では、Hill パラメータ が n = 1.8 としてうまくフィットすることができました。Hill パラメータ n は、協働性の度合いと理解されており、n = 1 のときは各サイトは独立 (= Langmuir 型 = 協働性なし) で n > 1 の場合は協働的で、1 つの吸着イベントによって n 分子の数が吸着すると定性的に理解されています。また、筆者らは逐次的な吸着機構から吸着モデル式を提案し、それを使って吸着データをフィットしたところ 2 当量目の CO の吸着は 1 当量目よりも –6 kJ/mol 分だけ発熱的であると推測されました。

主張の有効性検討 3: スピンクロスオーバーと移動挿入による吸着機構

シグモイド型の吸着特性の分子的なメカニズムを調査するため、粉末 X 線回折、in situ gas-dosing 赤外分光、計算化学が利用されました。その詳細な結果は省略して結論だけ紹介すると、次のような逐次的吸着過程が示唆されました。

1. 1分子目のCO が結合
2. Co(II) が高スピンから低スピン状態へスピンクロスオーバー
3. 2分子目のCO が結合
4. ステップ3 と協奏的に1分子目のCO が Co–Me 結合へ 移動挿入しアセチル基を形成

これらは典型的な有機金属化学の素反応の組み合わせです。それらの基礎知識を固体材料化学へと転写その過程を綿密に調査できたことは、MOF が有機金属化学者にとっても興味深い研究対象になりえることを示した好例と言えます。

今回の逐次的吸着メカニズムは単一の吸着サイトで起こっていたことも重要です。吸着サイト同士の長距離の連携がなくとも協働的吸着特有の吸着特性を機能的に実現できたということは、ガス吸着の研究者にとっても革新的な知見なのです。

コメント

本研究は固体材料と有機金属反応のハイブリッド領域を鮮やかに提示しました。MOF分野において長年のテーマであった「設計可能な分子性化学を固体材料にどこまで作りこめるか?」という問題に対して、新しい金字塔となる成果でしょう。これまでにも、配位不飽和金属サイトでの吸着や反応性分子種の性質評価を無機化学や配位化学の視点から徹底的に調査していた Long 研究室らしい成果です。

MOF はノーベル化学賞の受賞以降、応用面の発展がさらに期待されている分野ではあります。最近の MOF 研究で Nature や Science に載るにはどうしても応用への訴求することが避けられなくなっているなか、今回のような基礎研究の真髄がトップジャーナルへ掲載されたことは喜ばしいです。MOF の分野には基礎研究の種がまだまだ眠っていることに期待が膨らみますね。

余談ですが第一著者である当時ポスドクの Dr. Kurtis Carsch は以前にも亜鉛―ヒドリド種と二酸化炭素の反応による高温下の二酸化炭素回収に関して Science 誌へ掲載7し、PhD 時代には 三重項ナイトレノイドの銅錯体の合成と構造評価に関して Science 誌に論文を掲載8するなど非常に優秀な研究者です。彼は現在、現在 University of Texas at Austin で assistant professor として独立しています。Carsch グループでは配位金属化学種を多孔性材料に転写し、ガス分離や触媒化学の応用に向けた研究を行っており、現在PhD学生やポスドクを募集しているということなので、興味のある人はぜひ研究室ホームページをチェックしてみてください。

関連記事

参考文献

  1. Carsch, K. M.; Jiang, H. Z. H.; Klein, R. A.; Rosen, A. S.; Summerhill, P. S.; Peltier, J. L.; Huang, A. J.; Murphy, R. A.; Dods, M. N.; Silva, H. A.; Hasanbasri, Z.; Kwon, H.; Karstens, S. L.; Yabuuchi, Y.; Börgel, J.; Taylor, J. W.; Meihaus, K. R.; Bustillo, K. C.; Minor, A. M.; Persson, K. A.; Brown, C. M.; Britt, R. D.; Stadie, N. P.; Long, J. R. Multigas Adsorption with Single-Site Cooperativity in a Metal–Organic Framework. Science 2025, 390 (6775), 808–812. https://doi.org/10.1126/science.ady2607.
  2. McDonald, T. M.; Mason, J. A.; Kong, X.; Bloch, E. D.; Gygi, D.; Dani, A.; Crocellà, V.; Giordanino, F.; Odoh, S. O.; Drisdell, W. S.; Vlaisavljevich, B.; Dzubak, A. L.; Poloni, R.; Schnell, S. K.; Planas, N.; Lee, K.; Pascal, T.; Wan, L. F.; Prendergast, D.; Neaton, J. B.; Smit, B.; Kortright, J. B.; Gagliardi, L.; Bordiga, S.; Reimer, J. A.; Long, J. R. Cooperative Insertion of CO2 in Diamine-Appended Metal-Organic Frameworks. Nature 2015, 519 (7543), 303–308. https://doi.org/10.1038/nature14327.
  3. Kim, E. J.; Siegelman, R. L.; Jiang, H. Z. H.; Forse, A. C.; Lee, J.-H.; Martell, J. D.; Milner, P. J.; Falkowski, J. M.; Neaton, J. B.; Reimer, J. A.; Weston, S. C.; Long, J. R. Cooperative Carbon Capture and Steam Regeneration with Tetraamine-Appended Metal–Organic Frameworks. Science 2020, 369 (6502), 392–396. https://doi.org/10.1126/science.abb3976.
  4. Mason, J. A.; Oktawiec, J.; Taylor, M. K.; Hudson, M. R.; Rodriguez, J.; Bachman, J. E.; Gonzalez, M. I.; Cervellino, A.; Guagliardi, A.; Brown, C. M.; Llewellyn, P. L.; Masciocchi, N.; Long, J. R. Methane Storage in Flexible Metal–Organic Frameworks with Intrinsic Thermal Management. Nature 2015, 527 (7578), 357–361. https://doi.org/10.1038/nature15732.
  5. Snyder, B. E. R.; Turkiewicz, A. B.; Furukawa, H.; Paley, M. V.; Velasquez, E. O.; Dods, M. N.; Long, J. R. A Ligand Insertion Mechanism for Cooperative NH3 Capture in Metal–Organic Frameworks. Nature 2023, 613 (7943), 287–291. https://doi.org/10.1038/s41586-022-05409-2.
  6. Reed, D. A.; Keitz, B. K.; Oktawiec, J.; Mason, J. A.; Runčevski, T.; Xiao, D. J.; Darago, L. E.; Crocellà, V.; Bordiga, S.; Long, J. R. A Spin Transition Mechanism for Cooperative Adsorption in Metal–Organic Frameworks. Nature 2017, 550 (7674), 96–100. https://doi.org/10.1038/nature23674.
  7. Rohde, R. C.; Carsch, K. M.; Dods, M. N.; Jiang, H. Z. H.; McIsaac, A. R.; Klein, R. A.; Kwon, H.; Karstens, S. L.; Wang, Y.; Huang, A. J.; Taylor, J. W.; Yabuuchi, Y.; Tkachenko, N. V.; Meihaus, K. R.; Furukawa, H.; Yahne, D. R.; Engler, K. E.; Bustillo, K. C.; Minor, A. M.; Reimer, J. A.; Head-Gordon, M.; Brown, C. M.; Long, J. R. High-Temperature Carbon Dioxide Capture in a Porous Material with Terminal Zinc Hydride Sites. Science 2024, 386 (6723), 814–819. https://doi.org/10.1126/science.adk5697.
  8. Carsch, K. M.; DiMucci, I. M.; Iovan, D. A.; Li, A.; Zheng, S.-L.; Titus, C. J.; Lee, S. J.; Irwin, K. D.; Nordlund, D.; Lancaster, K. M.; Betley, T. A. Synthesis of a Copper-Supported Triplet Nitrene Complex Pertinent to Copper-Catalyzed Amination. Science 2019, 365 (6458), 1138–1143. https://doi.org/10.1126/science.aax4423.
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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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