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スポットライトリサーチ

高感度・高速で複数の分子を読み分ける、染色不要の分子イメージング法を開発【BER-CARS/CSRS】

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第720回のスポットライトリサーチは、九州大学 光物理化学研究室 (当時 筑波大学) 村上優介 さんにお願いしました。

今回紹介いただけるのは、電子共鳴を利用した新しいコヒーレントラマン散乱顕微鏡についての成果です。
電子吸収を示す分子のラマン信号を大幅に増強し、広い波数領域の分子振動情報を一度に取得できる顕微鏡法を開発しました。
さらに、CARSとCSRSという2種類のラマン散乱を相補的に利用することで、従来問題となっていたバックグラウンドの影響を抑え、生体試料中の分子を高感度かつ高い化学選択性で可視化することに成功しました。

本報は国際学術誌「Science Advances」に2026年8月1日付でオンライン掲載され,プレスリリースもされています!

Broadband electronic resonance coherent anti-Stokes/Stokes Raman scattering microscopy
Yusuke Murakami, Minori Masaki, Norihide Sagami, Ikuto Eshima, Ryosuke Oketani, Masashi Yanagisawa, Hideaki Kano, Sakiko Honjoh, Kotaro Hiramatsu
Science Advances 12.31 (2026): eaec4772.
DOI: doi.org/10.1126/sciadv.aec4772

研究室を主宰されている平松教授から、村上さんについて以下のコメントを頂いています。

私が九大に着任した2023年10月ですが、最初に立ち上げたのがこのBER-CARSの系で、当時博士課程の学生だった村上優介さんは光学系の構築、計測、解析と細胞、組織サンプルの準備をやってくれました。要するに現場でやることのほぼ全部です。2024年の年始、「正月は休むと言っていましたが,もう2日です。いつから研究室に来るのですか?」と天の声が聞こえた気がして大学に行ってみると、驚いたことに村上さんがいて一緒に光学系の立ち上げをしたのをよく覚えています。当初はScience Advancesのようなhigh-impact journalに載る結果になるとは予想していませんでしたが、最高のデータが取れるまで実験し続けた村上さんの魂が通じたのだと思います。青春ですねぇ。

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

高感度かつ高速な無標識イメージングを可能にする顕微鏡を開発し、生体イメージングへ応用しました。

生命現象を理解するためには、生体内で分子が「どこに存在し、どのように変化するのか」を可視化することが重要です。一般的には、蛍光色素の導入や免疫染色によって興味分子に標識を付け、その分布や動態を観察します。これらの手法は非常に強力である一方、標識に手間がかかることや、標識そのものが分子本来の挙動に影響を与える可能性があります。

これに対して、コヒーレントラマンイメージングは、分子固有の振動を利用することで、色素を用いることなく分子を高速に可視化できる手法です。しかし、従来法では検出感度が十分でなく、生体内に高濃度で存在する脂質やタンパク質など、観察できる分子が限られていました。

そこで本研究では、広帯域励起と電子共鳴効果を組み合わせた「広帯域電子共鳴コヒーレントラマン(Broadband Electronic Resonance Coherent Anti-Stokes/Stokes Raman Scattering: BER-CARS/CSRS)顕微鏡」を開発しました。

電子共鳴効果とは、分子が特定の波長の光を強く吸収する性質を利用して、ラマン信号を増強する方法です。本研究では、この効果をコヒーレントラマンイメージングに導入することで、検出感度を従来比で1,000倍以上向上させました。さらに、広帯域励起を組み合わせることで、複数の分子情報を同時に取得することを可能にしました。

開発した顕微鏡を生細胞やマウスの脳・肝臓組織に応用した結果、従来のコヒーレントラマンイメージングでは観察が困難であった、ミトコンドリアに存在するシトクロムを無標識で可視化することに成功しました。

シトクロムは、ミトコンドリアにおけるエネルギー産生に重要な役割を担う分子です。本手法により、生体内におけるエネルギー代謝の空間分布やその変化を、高速かつ無標識で観察できるようになることが期待されます。

図1BER-CARS/CSRS顕微鏡の原理と生細胞イメージング。CARS過程では、Pump光、Stokes光、Probe光の3つの光場を用い、Pump光とStokes光の周波数差を分子振動に共鳴させることで振動コヒーレンスを励起し、Probe光によってCARS信号を発生させる。本研究では、Pump光およびStokes光に広帯域光を、Probe光に可視単色光を用いることで、複数の分子振動を同時に励起するとともに、電子共鳴効果による高感度検出を実現した。下段左はHEK293生細胞のBER-CSRS像であり、赤色は795 cm⁻¹の核酸、緑色は750 cm⁻¹のシトクロム、青色は1001 cm⁻¹のタンパク質の分布をそれぞれ示す。下段右には、画像中の各領域(i–iii)から取得したBER-CSRSスペクトルを示す。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で特に工夫した点は、装置の開発だけでなく、生体試料を安定して測定できる条件まで自ら一つずつ確立したことです。

装置開発では、本研究から初めてフェムト秒レーザーを使用したため、光学素子の選定や光学系の調整に非常に苦労しました。さらに、開発した装置を生細胞やマウス脳などの生体試料へ応用する際には、十分な信号を得ながら試料へのダメージを抑える必要があり、測定条件の最適化が大きな課題となりました。そこで、レーザーパワーや露光時間(レーザーを試料に照射する時間)などの条件を変えながら何度も実験を繰り返し、信号強度と生体への影響のバランスを一つずつ検討しました。その結果、生体試料を安定して測定できる条件を見いだし、生細胞やマウス脳における無標識イメージングを実現することができました。装置を作るだけで終わらせず、実際の生体試料で使えるところまで試行錯誤を重ねて研究を進めた点は、特に思い入れのある部分です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

最も苦労したのは、思うように信号が得られなかったことです。

本研究では、近赤外領域の広帯域光源と可視の単色光源を用い、両者を時間的・空間的に一致させることで信号を発生させます。しかし当初は、広帯域光に含まれる波長ごとに到達するタイミングがずれてしまい、十分な信号を得ることができませんでした。そこで、プリズムコンプレッサーやチャープミラーと呼ばれる光学素子を細かく調整し、各波長のタイミングをそろえていきました。試行錯誤の末、初めてきれいな信号を得ることができたときのことは、今でもよく覚えています。

ところが、シクロヘキサンやポリスチレンなどの標準物質では信号が得られたものの、シトクロム溶液や固定細胞に応用すると、今度は全く信号が得られませんでした。溶液の条件や固定細胞の作製条件を変えながら何度も測定を繰り返しましたが、一向に信号は見えず、指導教員と「信号が検出できなかったという結果で論文にすることも考えよう」と話したほどでした。

そのような中、ちょうど研究室で細胞培養系が立ち上がったことをきっかけに、「生細胞でこれでも検出できなければ諦めよう」という思いで、生細胞イメージングに挑戦しました。正月休みも実験に取り組み、試行錯誤を続けた結果、初めて生細胞内のシトクロムを検出することができました。その瞬間は、それまで長い間信号が得られなかった分、非常にうれしく、興奮してなかなか眠れなかったことを覚えています。

その後の検討から、シトクロム溶液では検出に必要な濃度が十分でなかったこと、固定細胞では固定によって細胞内構造やシトクロムの状態が変化していたこと、さらに標準物質とは異なる光学条件の調整が必要であったことが分かりました。長期間信号が得られない状況でも条件を一つずつ検証し続けたことで、最終的に生細胞内のシトクロムを可視化できたことは、本研究の中で最も印象に残っている経験です。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今後は、従来法では可視化が難しかった分子を捉える新たな分子イメージング法を開発し、これまで見えなかった生命現象の理解につなげていきたいと考えています。

特に私は神経科学に興味があるため、生きた神経細胞やマウス脳を対象とした顕微イメージング法の開発に取り組みたいと考えています。生体内で分子がどこに存在し、神経活動などに伴ってどのように変化するのかを無標識で捉えることで、脳機能を分子レベルから理解できるような技術の開発を目指しています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究では、時間をかけて試行錯誤することはもちろん重要ですが、それと同じくらい「人との出会い」も大切だと感じています。

私が大学院に入学した際、最初のオリエンテーションでたまたま隣の席になった学生と知り合いました。その方は研修医を経て大学院に進学しており、生命科学に非常に深い知識を持っていました。一方、私はこれまで一貫して工学を学んできたため、互いに異なるバックグラウンドを持っていました。

その方と日々議論し、一緒に実験を進める中で、私は生命科学に関する知識や考え方を大きく広げることができました。そして、工学だけを学んできた自分一人ではたどり着けなかった視点を研究に取り入れることで、自分だけでは書くことのできなかった論文にもつながったと感じています。研究は一人で完結するものではなく、異なる専門性を持つ人との出会いや議論によって、大きく発展することがあります。皆さんもぜひ、学会や学内の交流会などの機会を活用し、専門分野にとらわれず積極的にコミュニケーションを取ってみてください。思いがけない出会いが、自分の研究を新しい方向へ広げてくれるかもしれません。

最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり、熱心にご指導いただきました平松光太郎教授に、この場を借りて心より感謝申し上げます。

研究者の略歴

2014年4月-2019年3月 釧路工業高等専門学校電子工学科
2019年4月-2021年3月 筑波大学理工学群応用理工学類
2021年4月-2026年3月 筑波大学大学院グローバル教育院ヒューマニクス学位プログラム
2023年4月-2026年3月 日本学術振興会 特別研究員 DC1
2026年4月- 現所属
2026年10月- (兼任)JST さきがけ研究員

名前:村上 優介

所属:九州大学理学府化学専攻 助教

専門:バイオイメージング・分光分析

関連リンク

研究室HP:https://www.scc.kyushu-u.ac.jp/PhotoPhysChem/ja/
プレスリリース:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1531

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