近年、素材産業の研究開発DXは試験的運用を超え、組織での定着と実用化フェーズへ移行しています。マテリアルズ・インフォマティクス(MI)主導の変革は産官学を横断して加速する中、実践知や組織的ノウハウの確立こそが、市場における次世代の優位性を左右する重要な要素と考えられます。
本記事は、2026年7月15日開催のMI特化型カンファレンス「MI Conf 2026」のハイライトレポートです。「データが駆動する、研究開発の未来 〜AI for ScienceからフィジカルAIまで〜」をメインテーマに、行政の最新政策動向や産学トップランナーによる実践アプローチが多数発表されました。次世代の研究開発の針路を示す有益な知見をお届けします。
カンファレンスの概要
- イベント名称:MI Conf 2026 – Materials Informatics Conference –
- 開催日時:2026年 7月 15日(水)13:00〜17:00
- 参加形式:オンライン形式4回目の開催となる今年は、「データが駆動する、研究開発の未来 〜AI for ScienceからフィジカルAIまで〜」をメインテーマに掲げました 。経済産業省および文部科学省による革新的な産業・研究政策の展望をはじめ 、旭化成株式会社、株式会社プロスパイラ、株式会社ダイセルといった産業界の先進事例 、さらには物質・材料研究機構や九州大学などのアカデミアによる最先端研究まで 、産官学の多様なアプローチが一堂に集結し、発表されました。日本の素材産業における底上げと持続可能なイノベーション創出に向け、極めて示唆に富む当日の発表の模様を凝縮してレポートします。
オープニングセッション1:素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策
経済産業省の山田氏には、基幹産業である素材産業の国際競争力強化に向けた戦略についてご講演いただきました。GXへの対応やグローバル競争が加速する状況を背景に、国内におけるデータ駆動型材料開発の取り組みを概観し、先端計算科学等を活用した具体的な開発事例を紹介。さらに「日本成長戦略」のロードマップに基づき、これまで蓄積してきたデータやノウハウと最先端AI技術等を掛け合わせることで、新素材の社会実装を飛躍的に早めていく戦略的な方向性が明かされました。
・登壇者のご紹介
山田 純市 氏 / 経済産業省 製造産業局 素材産業課 革新素材室 室長
オープニングセッション2:世界から見えるAI for Materials革命への挑戦
文部科学省の服部氏には、「AI for Materials」革命への挑戦をテーマにご講演いただきました。人間の認知を超える「超空間」探索にはAI駆動ラボシステムが不可欠であり、今後は「失敗データ」も学習資源として活用する戦略的なデータ創出が求められる背景を解説。
政府はマテリアルDXプラットフォームを核に、産学官が連携した「知のバリューチェーン」を構築する重要性が語られました。これを基盤に、材料開発の飛躍的な加速と、次世代の材料開発を担う人材育成体制を本格化させる方針が示されました。
・登壇者のご紹介
服部 正 氏 / 文部科学省 研究振興局 参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)
基調講演1:旭化成の研究・開発DX ~MIと自律実験システムによる進化~
旭化成の夏目氏には、同社の研究開発DXにおけるMIと自律実験システムによる進化をテーマにご講演いただきました。材料開発に対するMIの応用と人財育成、そのもととなるデータ管理基盤の展開に関する取り組み事例を具体的に紹介。さらに、サイバー空間およびフィジカル空間における材料探索および開発の自律化「スマートラボ」による先進的な触媒開発の取り組みを解説し、実験生産性の飛躍的な向上や未探索領域の開拓に成功した実績が紹介されました。今後のR&Dの展望として、人間とAIが高度に相互連携することにより、日本の素材産業をさらに成長へ導く未来像が示されました。
・登壇者のご紹介
夏目 穣 氏 / 旭化成株式会社 研究・開発本部 基盤技術研究所 デジタル革新技術部 部長/高度専門職 リードエキスパート
基調講演2:AI for Scienceで変わる高分子材料:循環型社会への新しい設計戦略
物質・材料研究機構の内藤氏には、「AI for Science」における高分子材料の新しい設計戦略についてご講演いただきました。合成高分子の性質をAIに読ませるための革新的なアプローチ「ポリマーシークエンサー」を軸に、不溶・複合材料の物性予測や配列解析、さらには循環型社会の実現を見据えた材料の劣化診断にいたるまで、幅広い応用展開を提示。デジタル技術を活用した高分子材料開発の最前線が解説されるとともに、今後は自動自律型の実験環境やAIとの共創体制を構築し、研究開発プロセスのあり方そのものを変革していく展望が示されました。
・登壇者のご紹介
内藤 昌信 氏 / 物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター センター長
基調講演3:MIを核とした配合開発と技術伝承
株式会社プロスパイラの大迫氏には、MIを核としたゴム材料の配合開発と技術伝承についてご講演いただきました。事業独立に伴い、少人数で持続可能な開発体制を構築するために、配合予測の高速化と新規物質探索にMIを導入した経緯を解説。機械学習の活用により従来の半分以下の試行回数で目標特性を達成した事例に加え、AIの予測候補を契機に若手とベテランの活発なディスカッションの場が生まれ、暗黙知の共有や若手技術者の育成が促進された成果が紹介されました。今後はさらなる予測精度の向上や高分子設計への展開を進め、MIを開発効率化と技術伝承を両輪として活用し、競争力のあるゴム材料開発に繋げていく指針が提示されました。
・登壇者のご紹介
大迫 章英 氏 / 株式会社プロスパイラ 材料開発部 部長
基調講演4:機械学習を用いたプロトン伝導性酸化物電解質および燃料電池の開発
九州大学の山崎氏には、機械学習を用いたプロトン伝導性電解質および次世代燃料電池の開発についてご講演いただきました。膨大な化学空間から新材料を探索する課題に対し、研究者の物理・化学的な知見を機械学習モデルに組み込み材料探索を加速させる「Materials Discovery through Interpretation(MDI)」について詳説。本手法により、次世代エネルギーデバイスの基幹となる革新的な材料開発に成功した事例が紹介されました。今後はハイスループットな自動実験環境との融合を進め、次世代マテリアル創出をさらに加速させていく展望が示されました。
・登壇者のご紹介
山崎 仁丈 氏 / 九州大学 工学部物質科学工学科材料科学工学コース・九州大学エネルギー研究教育機構 教授
基調講演5:MIで研究の考え方を再設計する
株式会社ダイセルの大野氏には、MIによる研究開発プロセスの再設計をテーマにご講演いただきました。MIをDX戦略の中に位置づけ、分野横断で推進するスタイルは同社の企業理念「価値共創」を体現するものであると解説。長年蓄積された固有の実験データやドメイン知識といった自社資産を強みに、高分子生成ツールの自作や反応速度論解析パッケージの公開など、自社の知見と最新技術を融合させた独自の共創事例が紹介されました。AIツールの活用により研究員自らが道具を構築できる環境が整う中、「問いを設計し、意思決定する」重要性を強調し、開発の進め方そのものを再設計していく戦略的な未来像が示されました。
・登壇者のご紹介
大野 充 氏 / 株式会社ダイセル 研究開発本部 事業創出センター 主席技師
ご参加者の声(事後アンケートより)
カンファレンス当日参加者のアンケートでは、平均満足度4.3(5段階評価)を獲得し、素材産業の将来像を見据えた数多くのフィードバックをいただいております。
・MIが開発の効率化のための手法だけでなく、開発の進め方そのものを見直し再設計する機会になることに共感しました。今後の自社での取り組みを進める上でとても参考になりました。
・AIの産業利用においてMI(マテリアルズ・インフォマティクス)が非常に進んでいることは耳にしていましたが、実際の活用事例を拝見し、『ここまでできるようになっているのか』と大変勉強になりました
・他社におけるMIの活用や測定自動化の現状を知ることができ、自社の立ち位置を改めて実感するとともに、今後の社内での普及活動に向けた大きな刺激をいただきました。
おわりに
「データ駆動型の研究開発」は概念の域を脱し、日本の素材産業における競争力の核として着実に社会実装が進んでおります。今回の「MI Conf 2026」を通じて示された産官学の強固な連携と、AI技術がもたらす新材料開発の抜本的な構造変化は、今後の発展を大きく加速させるものと確信しております。
miLabでは、今後も素材産業の進展に寄与すべく、最先端の知見や動向を発信してまいります。ご登壇いただいた講師の皆様、ならびにご参加いただいた多くの皆様に、改めて厚く御礼申し上げます。






























