[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

歯車クラッチを光と熱で制御する分子マシン

[スポンサーリンク]

配位子「アザホスファトリプチセン」を2つもつ白金錯体を合成した。この白金錯体の光と熱による「シス−トランス異性化反応」を利用し、歯車クラッチ能をもつ分子マシンの開発に成功した。

歯車分子と分子マシン

2016年のノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」へ与えられた。機能をもつ最小単位である分子をつかってマクロ世界を再現しようという試みは古くからなされている。今後この分野の研究はより一層盛んとなっていくと思われる。

分子マシンを構成する最も基本的な部品として回転子が噛み合って働く歯車がある。様々な形の回転子が既に報告されており、その代表例としてトリプチセンが知られている(Scheme 1A)。トリプチセンは剛直で高い対称性をもつプロペラ状の化合物であり、2つ以上のトリプチセン誘導体が適切な位置で噛み合えば、その回転動力を次の回転子に伝達することができる (Scheme 1B)[1]。しかしながら、歯車クラッチ(歯車の噛み合いのオン・オフ機能)をもつ例はトリプチセン誘導体を用いたものに関わらず少ない。

トリプチセン誘導体を使ったクラッチ機能を有する分子の例として、ケイ素を中心にもつビストリプチセン化合物1が報告されている (Scheme 1C)[2]。ブロモトリプチセンと四フッ化ケイ素を反応させ得られた1は、dl-1体とmeso-1体の混合物となる。これにフッ素アニオンを加えると中心のケイ素原子が5配位状態となり、アピカル位に位置するトリプチセン部位は距離が離れ、相互作用しない。一方で、水を加えると元に戻る。つまり、フッ素アニオンと水が「クラッチ」の役割をしている。

Scheme 1. (A) トリプチセン(B) 歯車機能をもつトリプチセン分子の例(C)クラッチ能をもつトリプチセン化合物の例

今回、東京大学の塩谷らはこのような歯車のクラッチ能を有する分子の創製を目指し、新しい金属錯体を合成した。クラッチ能の発現は、古くから知られる「金属イオン上でのシスートランス異性化反応」を利用した。

“Metal-centred azaphosphatriptycene gear with a photo- and thermally driven mechanical switching function based on coordination isomerism”

Ube, H.; Yasuda, Y.; Sato, H.; Shionoya, M. Nat Commun 2017, 8, 14296. DOI: 10.1038/ncomms14296

論文著者の紹介

研究者:塩谷 光彦

研究者の経歴:
1982 東京大学薬学部薬学科 卒業
1995 岡崎国立共同研究機構分子科学研究所 教授
1999 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授
詳しくはこちらを参照

研究内容:金属イオン配列のプログラミング・分子機械の開発など

論文の概要

歯車機能もたせるトリプチセン配位子として、アザホスファトリプチセン2を選定した[3]。これにK2PtCl4を作用させるとcis-PtCl222(シス体)と少量のtrans-PtCl222(トランス体)の白金錯体混合物が得られた(Scheme 2)。シス体は歯車が噛み合った状態、一方のトランス体は歯車が噛み合っていない構造となる。これを自在に制御することができれば、歯車クラッチ能を有する分子となる。

彼らは金属錯体の「シスートランス異性化反応」を用いて、この相互変化を試みた。即ち、光を照射することで、シス体はトランス体へ、熱により、トランス体はシス体へ異性化すると考えられる。実際に、シス体は光照射(360nm, 30分)により、トランス体へ異性化した(シス体/トランス体= 15:85)。その後、室温で放置すると徐々に、シス体へ異性化し10時間後にはほぼシス体へ異性化した(シス体/トランス体= 98:2)。

各々の構造をX線結晶構造解析により決定し、1H NMRで経時変化を追うことで、解析している。異性化反応は光、熱を交互に繰り返すことにより、同様に起こることを確認している。詳細な解析は論文を参照されたい。

歯車クラッチ機能を光と熱で制御できる金属錯体は、今回がはじめての成果となる。トリプチセン誘導体やその合成および白金錯体の物性は根本的には知られているが、それら”部品”を明確な目的をもって適切に”つなげ”、クラッチ能を有する新しい分子マシンの創製に成功した。

Scheme 2. 光と熱によるクラッチ機能を有する白金金属錯体の合成とコンセプト

P.S. Supplementary Informationのアザホスファトリプチセンの合成の構造式が豪快に間違えていたのだけは少し残念でした。

 参考文献

  1. (a) Iwamura, H.; Mislow, K. Chem. Res. 1988, 21, 175. DOI: 10.1021/ar00148a007 (b) Balzani, V.; Credi, V.; Venturi, M. In Molecular DeVices and Machines; Wiley-VCH: Weinheim, 2003; Chapter 11.
  2. Setaka, W.; Nirengi, T.; Kabuto, C.; Kira, M. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 15762. DOI: 10.1021/ja805777p
  3. Hellwinkel, D.; Schenk, W. Chem., Int. Ed. 1969, 8, 987. DOI: 10.1002/anie.196909871
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 続・名刺を作ろう―ブロガー向け格安サービス活用のススメ
  2. 脱一酸化炭素を伴う分子間ラジカル連結反応とPd(0)触媒による8…
  3. 前人未踏の超分子構造体を「数学のチカラ」で見つけ出す
  4. ケムステスタッフ Zoom 懇親会を開催しました【前編】
  5. 電子実験ノートもクラウドの時代? Accelrys Notebo…
  6. データ駆動型R&D組織の実現に向けた、MIを組織的に定着させる3…
  7. ReadCubeを使い倒す(1)~論文閲覧プロセスを全て完結させ…
  8. フラッシュ精製装置「バイオタージSelect」を試してみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. アレクセイ・チチバビン ~もうひとりのロシア有機化学の父~
  2. 高分子ってよく聞くけど、何がすごいの?
  3. 酸化亜鉛を用い青色ダイオード 東北大開発 コスト減期待
  4. Imaging MS イメージングマス
  5. 【書籍】「喜嶋先生の静かな世界」
  6. ChemDrawの使い方【作図編①:反応スキーム】
  7. Pythonで気軽に化学・化学工学
  8. 奇跡の素材「グラフェン」を使った世界初のシューズが発売
  9. 2019年ノーベル化学賞は「リチウムイオン電池」に!
  10. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2 |第7回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年3月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

配位子が酸化??触媒サイクルに参加!!

C(sp3)–Hヒドロキシ化に効果的に働く、ヘテロレプティックなルテニウム(II)触媒が報告された。…

精密質量計算の盲点:不正確なデータ提出を防ぐために

ご存じの通り、近年では化学の世界でもデータ駆動アプローチが重要視されています。高精度質量分析(HRM…

第71回「分子制御で楽しく固体化学を開拓する」林正太郎教授

第71回目の研究者インタビューです! 今回は第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」の講演者…

第70回「ケイ素はなぜ生体組織に必要なのか?」城﨑由紀准教授

第70回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第69回「見えないものを見えるようにする」野々山貴行准教授

第69回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授

第68回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

配座制御が鍵!(–)-Rauvomine Bの全合成

シクロプロパン環をもつインドールアルカロイド(–)-rauvomine Bの初の全合成が達成された。…

岩田浩明 Hiroaki IWATA

岩田浩明(いわたひろあき)は、日本のデータサイエンティスト・計算科学者である。鳥取大学医学部 教授。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP