有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年11月号がオンラインで公開されています。
11月号は毎年恒例、英文特集号です。Jin-Quan Yu先生の巻頭言に加え、9件の総合論文が全てオープンアクセスとして公開されています。
それぞれの画像をクリックすると、J-STAGEを通じて全文を閲覧できます。
巻頭言:Interwoven Curiosity and Practicality: The Lighthouse for My Voyage in C-H Activation [オープンアクセス]
今年の英文特集号の巻頭言は、Jin-Quan Yu 教授(Scripps Research Institute)による寄稿記事です。
Pursuing Stereospecific Tertiary Alkylation: Challenges and Strategies [オープンアクセス]
西形孝司*(山口大院創成科学)
αブロモカルボニル化合物の4級または4置換炭素への変換に関するものです。一般的に、4級または4置換炭素への変換は、結合形成の難しさから高難易度の化学変換とされ、有機合成化学の研究分野において重要な研究トピックとして認識されています。筆者は、イオン、ラジカル、有機金属触媒を用いた複数のアプローチを通じて結合形成の難しさを克服し、さらには立体選択的な反応の開発を達成しています。特筆すべきは、ラジカルを用いたフッ素化において、生じるラジカルの反応性を必要に応じて添加剤を用いてコントロールし、立体化学を制御している点です。これは驚くべき結果と言えるでしょう。
Natural Product Synthesis via Intramolecular Cycloaddition of Nitrogen-Containing 1,3-Dipoles [オープンアクセス]
横島 聡*(名大院創薬科学)
複雑な骨格を「一撃」で構築する、窒素含有1,3-双極子の分子内環化付加反応に焦点を当てた多環状アルカロイド合成の総説です。アゾメチンイリド、ニトリルオキシド、ニトロンという双極子が、それぞれピロリジン環、イソキサゾリン環、またはイソキサゾリジン環の形成に繋がり、その後のN—O結合の切断によってさらなる官能基変換が遂げられています。複雑な三次元構造を持つ天然物の効率的な全合成を通じて、横島先生の巧みな合成戦略と研究哲学を堪能できます。
Synthetic and Bioorganic Chemistry of Phytoalexins [オープンアクセス]
矢島 新*(東京農大生命科学)
本論文では、著者が四半世紀にわたり取り組んできた、植物がストレスに立ち向かう切り札「フィトアレキシン」の合成化学・生物有機化学的研究を振り返りつつ、植物免疫の鍵を握るこれら小分子の魅力と可能性が紹介されています。
Selective Reactions of β-Ketocarbonyl Derivatives at γ-Positions: Control of Reaction Sites and Product Stereochemistries through Aminocatalysis [オープンアクセス]
田中富士枝*(沖縄科技大院大)
β-ケトカルボニル化合物を用いる反応はもっとも基本的な有機合成反応の一つですが、反応の起こる位置だけでなく新たに生じる立体化学も高度に制御しなければなりません。田中先生はそれをアミン–酸混合系を用いて触媒的に制御することに成功しています。中間体の観測や反応の遷移状態解析から、それら選択性の発現メカニズムの詳細にも議論しており、読み応え十分です。
Visible-light-mediated Radical Dearomatization of N-(2-Phenyl)benzoyl Amino Acid Derivatives for the Construction of Spirocyclic and Bicyclic Frameworks [オープンアクセス]
天然有機化合物であるヒガンバナアルカロイドZephycarinatines C と Dの初合成に成功。成功の鍵は「ベンゼン環イプソ位でのラジカル環化反応」の開発である。本反応開発時に、別の2つの反応も開発している。
Reductive Cleavage of C─O and C─N Bonds by Homogeneous Transition─Metal Catalysis [オープンアクセス]
Yumeng Liao、高橋講平*、野崎京子*(東大院工)
炭素―酸素結合は有機化合物において最も「ありふれた」結合の一つである。しかしその安定さゆえに炭素―酸素結合を切断するのは容易ではなく、長年にわたり多くの有機合成化学者の挑戦心をかき立ててきた。本論文では、そんな挑戦の歴史と最前線を一望することができる。
Control the RISC: Toward Nucleic Acid Therapeutics Using Non-Ribose Acyclic-Type Artificial Nucleic Acids [オープンアクセス]
神谷由紀子*(神戸薬大)
核酸医薬は、従来治療が困難であった病気に対して、新しい治療の可能性を開く次世代の医薬品として注目されています。本総合論文では、天然核酸のリボース骨格とは構造が異なる「鎖状人工核酸」を用いて、基礎から応用まで幅広い研究が展開されています。具体的には、結晶構造解析から、特定の遺伝子の働きを抑えるsiRNAとしての利用、異常な発現を示すマイクロRNAを阻害する薬剤への展開などが、人工核酸の合成方法も含めて説明されています。
Exploring Photochemistry of Boron-based Frustrated Lewis Pairs: From C-C Bond Cleavage to Alkene Upconversion [オープンアクセス]
鷹谷 絢*(阪大院基礎工)
ホウ素とルイス塩基部位を分子内に有するFrustrated Lewis Pairs (FLPs)の合成と、光照射条件下による新規な結合活性化を伴う骨格変換反応、ならびに触媒反応への応用について紹介されております。いずれの反応についても、実験的・理論的両面からの詳細な反応機構解析も行われており、FLPの合成・活用戦略ならびに詳細な機構解析などの観点が明確に示されており、読み応えのある総合論文です。
Spin-Induced Chiral Selectivity and Its Possible Application to Asymmetric Synthesis [オープンアクセス]
山本浩史*(分子研)
電子スピンの動的側面がキラリティと密接に関連していることを、CISS効果の最新研究を通じて理解することができる。従来想定されていた、有機分子とのわずかなスピン軌道相互作用からは予想できないほど大きなスピン偏極が観測され、これは分子不斉の制御を化学的手法から物理的手法へと大きく拡張する意義を持つ。CISS効果は、想定を大きく上回る不斉制御への新たな道を切り拓く可能性を秘めている。
これまでの紹介記事は有機合成化学協会誌 紹介記事シリーズをご参照ください。













































