第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平野純一朗 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、ナノカーボン合成に関する研究です。ナノカーボン分子の合成は、従来ボトムアップ型合成戦略による分子骨格周辺の化学変換が注視されてきた一方、分子骨格内部の結合は、分子変換の対象としてほとんど利用されていませんでした。本研究では、分子骨格内部の結合を直接切断・再構築する「骨格編集」により含十員環ナノカーボン分子の合成、続いてキラルナノカーボンの不斉合成を報告されました。本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Skeletal transformation to chiral nanocarbon molecules”
Hirano, J.; Ikai, T.; Kusaka, S.; Matsuda, R.; Shinokubo, H.; Fukui, N. Nat. Commun., 2026, 17, 6052. DOI: 10.1038/s41467-026-75280-6
研究を指導されている福井識人 准教授と忍久保洋 教授から、平野さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
福井先生
平野くんは4年生として研究室に所属したときから、私のグループの一員として研究を共にしてきました。平野くんは、なんと言っても、化学が大好きです。常に新しいことに挑戦しながら自らを高め続けて、今では立派な研究者に成長しました。加えて、彼は研究室の運営や後輩の指導にも積極的に携わってくれており、私はいつも助けられています。さらに最近では、構造有機若手の会を主催するなど、業界内でも広く知られる存在になりつつあります。200名規模の参加者を前に堂々と進行している姿は、本当に頼もしく感じられました。
平野くんの長所はどんな困難にも真っ向から立ち向かう根性です。彼が4年生のときに取り組んだテーマは非常に挑戦的で、残念ながら当初の目標達成には至りませんでした。しかし、彼はわずか1年間で膨大な数の実験を行ってくれたので、そのおかげで私は「彼がここまでやって無理だったなら仕方ないな。」と、心から踏ん切りがつけることができました。
今回の研究はそんな平野くんだからこそ完遂できたテーマです。具体的な内容については彼のインタビューに記載されていますので、ぜひそちらをご覧ください!
忍久保先生
白縁メガネが印象的な平野君はみんなから「白メガネ」と呼ばれているようです。そんな平野君の特徴は研究への没頭ぶりです。研究を完成させるためなら、非効率的な泥臭い実験も厭わずにやってくれる学生さんです。最近では、学生さんの研究への取り組みに時代の違いを感じる機会が増えていますが、平野君にはそれをまったく感じません。今回の研究にしても、とにかくでかくて、いかついキラルナノカーボン分子を合成するという最初から大変であることが分かるような研究です(福井君、ごめんなさい(笑))。そのようなチャレンジングなテーマに勇気をもって突撃していけるところが彼の強みかなと思います。明るく楽しい性格で、ゴシップネタも大好きですが、積極的に人と関わることで、いろいろな人との関わりを持っているようです。今後もその人脈を活かして、できればアカデミアで頑張っていってほしいと思っています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ナノカーボンは主にsp2混成炭素によって構成される巨大分子の総称です。現在、ナノカーボン分子は有機エレクトロニクスや光電子材料といった次世代材料への応用が期待されています。これまでのナノカーボン分子の合成では、分⼦⾻格の周辺部における結合形成に基づく段階的に共役系の拡張が主流でした。一方、ナノカーボン分子の骨格内部の結合は反応性が低いと考えられ、分子変換の対象としてほとんど利用されていませんでした。
これまでのナノカーボン合成においていくつか課題が存在します。その1つが、ナノカーボンに十員環を組み込むことです。これまで七員環や八員環を組み込んだナノカーボンが数多く報告されており、平面構造をもつナノカーボンとは異なる、湾曲した構造に由来する特異な性質を示します。一方で九員環より大きな環をナノカーボンに組み込むことは合成化学的に困難でした。2つ目はキラルナノカーボンの不斉合成です。これまでにキラルナノカーボンの不斉合成は過去に2例しか報告がありませんでした。
本研究では分子骨格内部の結合を直接切断・再構築する「骨格編集」をナノカーボン合成に適用し、これら2つの課題を解決しました。具体的にはジベンゾクリセンという市販入手可能な分子の骨格内部の結合を開裂した後に、π共役系を広げることで、3種類の含十員環ナノカーボン分子の創出に成功しました。合成した化合物はπ共役系の拡張方向によって8の字型構造とバスタブ型構造の2種類の構造を示すとともに、多段階の可逆な酸化挙動や高いキラル安定性、高効率な円偏光発光特性といった魅力的な特性が明らかになりました。さらに合成した含十員環ナノカーボン分子の開裂した結合を再修復することで、従来の合成戦略では創出が困難であったキラルナノカーボンの不斉合成にも成功しました。興味深いことに得られたナノカーボンは結晶中において多孔質構造を示し、二酸化炭素を可逆的に吸着することを明らかにしました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
一連の研究を、「骨格編集」×「ナノカーボン合成」というコンセプトで論文をまとめた点です。私たちのグループでは、ジベンゾクリセンの内部結合を開裂することで、含十員環化合物を簡便に合成できることを報告しています。当初は、「骨格編集」と「ナノカーボン合成」を組み合わせるといった概念は持ち合わせておらず、この含十員環化合物を用いることで、とにかく巨大な面白い構造をもつ分子を合成したいという気持ちから研究をスタートしました。研究を進める中で、π拡張を施す前の結合開裂生成物がMcMurryカップリングによってジベンゾクリセンへと戻すことができるということを見出しました。そこでこの反応を合成した含十員環ナノカーボンに適用したところ、予想通り結合が修復され対応するキラルナノカーボンへと変換できることがわかりました。その後、結合再修復で得られる分子が従来の結合形成のみに基づく経路では合成が難しいこと、光学活性な原料から立体保持で合成できること、キラルなπ積層による多孔質構造をもつことも明らかにしました。このように研究を進める中で得られた1つ1つの発見を次の展開につなげ、得られたデータを元に、この研究の一般的な意義は何かを考え、最終的には「骨格編集」×「ナノカーボン合成」という研究としてまとめることができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
3種類の含十員環ナノカーボンの結晶構造解析と光学分割には苦労しました。ナノカーボンのような巨大分子では、小分子では短期間で終わるはずの作業に、どれも多くの時間が必要となります。
結晶構造解析では、結晶化条件の検討に半年以上を費やしました。良溶媒と貧溶媒の組み合わせを100種類以上試しましたが、分子量が大きいこともあり、いずれも粉末しか得られませんでした。そんな中、博士研究員として所属していた野上さん(現在は東京科学大学・田中健研究室の助教)から、「巨大なπ共役化合物には、ヘキサフルオロベンゼンを貧溶媒として使うとよい」というアドバイスをいただきました。そこで試してみたところ、それまでの苦労が嘘のように、電子豊富なπ平面の間にヘキサフルオロベンゼンが積層した共結晶を得ることができました。
他には、光学分割にも半年以上を費やしました。キラルカラムの種類や溶媒条件を検討し、DAICEL社のカラムスクリーニングサービスも利用しましたが、なかなか分割することができませんでした。そこで共同研究者である井改教授に相談したところ、「巨大なπ共役化合物では、順相系よりも逆相系が有効な場合がある」というアドバイスをいただきました。その結果、メタノール/クロロホルムの逆相条件で分割することができました。
このように周りにいる専門家からたくさんの助言を頂きつつ、妥協することなく課題に取り組み、全てのデータを集め切ることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
高校生の頃から有機化学という分野に興味がありましたが、その当時は新規反応開発や創薬合成が主たる分野だと思っていました。しかし学部3年時に研究室を巡っている中で、構造有機化学という分野があることを知りました。見た目がかっこいい分子を合成したいという単純な理由がこの分野を選んだきっかけでした。将来は、「この分子といえばこの人」と言ってもらえるような、自分を代表する分子を生み出したいと考えています。研究を続ける中で、当初は予想していなかった結果が実は面白い発見につながるという経験を幾度かしてきました。これからも最初に立てた目標だけにとらわれず、研究の中で偶然見つかったものにもワクワクしながら、1つ1つの発見を楽しんでいきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究室に配属された当初は、6年間という長い時間をこれからどのように過ごしていこうかと考えていましたが、気がつけば博士後期課程も折り返しを迎えていました。配属当初は、標的分子の合成がなかなかうまくいかず苦労することもありました。しかし、試行錯誤を重ねる中でさまざまな反応ルートを自ら考え、実行する力が身についたことを考えると、今となっては貴重な経験だったと感じています。今回の論文は、合成から物性測定、論文執筆までを自身で一貫して行った初めての論文です。1つの研究テーマを立ち上げから最後までやり遂げることができた達成感は、言葉では言い表せないものでした。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり、多くのご助言を賜り、終始熱心にご指導くださいました、当研究室の忍久保先生、福井先生、髙野先生に心より感謝申し上げます。また、物性測定において多大なるご協力をいただきました井改先生、松田先生、日下先生にも厚く御礼申し上げます。特に福井先生には、研究室に配属された当初から大変お世話になり、研究のいろはから丁寧にご指導いただきました。研究を進める上での考え方や楽しさを教えていただいたことに、改めて感謝申し上げます。また、日々楽しく研究に取り組むことができているのは、いつも一緒に研究し、支えてくれている研究室メンバーのおかげです。この場を借りて、改めて感謝したいと思います。
最後に、このような貴重な機会を設けてくださいましたChem-Stationのスタッフの皆さまに、心より感謝申し上げます。
研究者の略歴

名前:平野 純一朗 (ひらの じゅんいちろう)
所属:名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高分子化学専攻 有機構造化学研究室(忍久保研究室) 博士後期課程2年
略歴:
2023年3月 名古屋大学 工学部 化学生命工学科 卒業
2025年3月 名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高分子化学専攻 博士前期課程 修了
2025年4月〜現在 名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高分子化学専攻 博士後期課程 在学中






























