前回まで
1. 設定温度と系内の実温度のお話
2. 温度値をどう判断するか
3. 反応操作をしなくても、化合物は変化する
4. わざと失敗する実験
5. 水分はどこにあるのか
6.蒸留操作で水はどう動くのか
7.酸素は系内に入り込み続ける
8.酸素は見えないが、時に「色」として現れる
9.圧力は「設定値」だけで決まらない
10. そのピーク、本当に原料ですか?
実験条件は同じなのに再現できない。
そんな経験は誰しもあると思います。
過去記事では温度、水分、酸素、圧力など、
設定値と実測値の違いや、見えていない環境について説明してきました。
今回は別の要因として「条件の前後」が影響するケースについて考えてみます。
履歴が影響しているケース
化合物が歩んできた環境変化過程を「履歴」と呼ぶことがあります。
特に温度変化の過程を「熱履歴」と呼び、
化合物の安定性を考える上で重要な情報となります。
生産や品質に関する議論では「履歴が影響した」という表現が使われることがあります。
厳密には「履歴(過去の環境変化)そのもの」が影響するわけではなく、
加熱、冷却、試薬添加など、それまで受けた操作によって、
・原料の一部から微量の副生成物や分解物が生成した。
・原料の結晶状態や粒径が変化した。
・原料の水和状態や溶媒和状態が変化した。
・系内の水分、酸素、不純物などの環境が変化した。
などの化学的・物理的変化が生じ、
それらが次工程へ持ち越されることで
反応性や収率に影響します。
しかし、それらの変化を全て特定し、影響因子を解析することは現実的ではない場合も多く、
そのため実務では「履歴が影響した」と捉え、原因となり得る操作履歴そのものを管理することがあります。
例えば、蒸留精製で2hかかった原料と、
蒸留精製で10hかかった原料では収率が異なったとします。
長時間蒸留したことで、系内で
・原料の分解
・水分や酸素量の変化
などの変化が生じ、それが次工程に影響した可能性があります。
図1 原料の受けた環境変化が次工程の収率に影響するケース

しかし、その実体を完全に同定することが容易ではない場合、
実務上は、「長時間の熱履歴を受けた原料で収率が低下する傾向がある」と捉え、
蒸留時間や加熱時間を管理対象とすることで工程の再現性を保つ場合もあります。
つまり、履歴はただの「過去の環境」ではなく、
「現在の反応場を管理するための情報」なのです。
「実験条件に書かれていない部分」 が影響している可能性
例えば論文の実験条件では「80℃に昇温し、試薬投入後、2h撹拌し、室温にして反応終了した」といった記載に収まることがあります。
一方で、これを満たす動作は多く、
①熱媒装置の能力が高く、10minで室温から80℃にし、
試薬投入、2h撹拌、15minで室温にした。
②熱媒装置の能力が低い、あるいは装置立ち上げが遅く、
60minで室温から80℃にし、試薬投入、2h撹拌、室温になるまで120minかかった。
という2種はどちらも記載上は同じ実験条件に見えます。
しかし、実際に化合物が経験した環境は大きく異なり、
①は冷却開始後、すぐに反応速度が低下したかもしれませんが、
②は冷却開始後、30min経過しても系内温度は60℃程度あり、ゆっくり反応や分解が進行しているかもしれません。
その違いによって副生成物の量が変わることもあれば、
逆にその冷却中の反応進行が原料転化率を上げることもあり得るのです。
図2 実験条件前後の環境変化が反応結果に影響するケース

このように記載された条件以外の部分が結果に影響するケースはあります。
ほかにも、
- 「80℃」の実温度はどの程度変動していたのか
- 撹拌状態は同じだったのか
- 原料の投入には何分かかったのか
など、再現性を追求していくと、記載された条件の周辺にも多くの変数が存在します。
つまり、「80℃で2h」という条件が同じでも、そこへ至る過程や、その後の過程は全く同じとは限りません。
実験環境は、反応中の数値だけではなく、その前後の履歴まで含めた一連の環境なのです。
まとめ
同じ実験条件なのに再現できない。
その原因は、条件の前後にある「履歴」にあるかもしれません。
実験環境とは、反応中の温度や時間だけではなく、
そこへ至る過程と、その後の過程も含めた一連の環境です。
条件だけを見るのではなく、その条件にどう至り、その後どう変化したのかを見る。
「条件の前後」まで実験条件として捉えることが、再現性を高める上で重要な視点の一つになります。
































