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Hammett則

 

 有機分子の反応性は電子のふるまいによって説明される。電子の分布は化合物の構造により当然異なる。つまり構造が違えば反応性も違うことになる。実験科学である有機化学においては、反応性の議論は非常に重要な問題である。また、反応性の議論から反応機構が導けることも少なくない。
 現在まで、反応性を定量化しようとする様々な試みがなされてきた。代表的なものが今回のテーマでもあるHammet則である。今回は、Hammett則とは何かに始まり、反応機構解明におけるHammett則の意義について述べてみたい。

 

Hammett則とは??

 

 L.P Hammettはm-,p-置換安息香酸の酸解離反応(1)の平衡定数の対数値と、同じ置換基を持った分子の別の反応(2)の速度定数の対数値間に直線的比例関係があることを見いだした(下図)。平衡定数の対数値は反応の自由エネルギーに比例するので、この関係を直線自由エネルギー関係と呼ぶことがある。


このような関係は上記のようなエステル鹸化反応に限らず、様々な芳香族化合物の反応で成り立つ。無置換(S=H)の場合の平衡定数に添え字0をつけて表したとき、この比例関係は比例定数をρとして以下のような式で記述される。


log(KX/KX0) = ρ log(KA/KA0) = ρσ    ただしσ = log(KA/KA0)


この経験則はHammett則と呼ばれている。σは各置換基Sごとに定まる定数で置換基定数(substituent constant)と呼ばれ、置換基の電子供与/吸引の程度を定量化した値といえる。σ値が正であれば置換安息香酸の方が無置換のものより酸性が強い、つまり電子吸引性置換基となる。逆にσが負だと電子供与性置換基となる。代表的な置換基のσ値を以下にあげておく。(文献により値が異なるものもある。)

置換基

σm

σp

置換基

σm

σp

-NMe2

-0.10

-0.63

-CH2=CH2

0.08

-0.08

-OMe

0.10

-0.28

-F

0.34

0.06

-tBu

-0.09

-0.15

-Cl

0.37

0.22

-iPr

-0.08

-0.13

-CO2Et

0.35

0.44

-Et

-0.08

-0.13

-COMe

0.36

0.47

-Me

-0.06

-0.14

-CF3

0.46

0.53

-H (基準)

0.00

0.00

-CN

0.62

0.71

-Ph

0.04

0.02

-NO2

0.71

0.81


比例定数ρは、反応に固有の値で、反応定数(reaction constant)と呼ばれる。 ρ値が正の反応は電子吸引基(σ>0)によって反応が加速され、負の反応は減速される反応であることを示す。代表的な反応におけるρ値を以下に示す。

反応 (記したもの意外は25℃)

ρ

ArCOOH → ArCOO- + H+ (基準)

1.00

ArCH2COOH → ArCH2COO- + H+

0.56

ArOH → ArO- + H+

2.23

ArCOOEt 酸加水分解

0.03

ArCOOEt + OH- → ArCOO- + EtOH

2.51

ArCH3 + Br2 → ArCH2Br (ラジカル臭素化,80℃)

-1.37

ArNMe3 + MeI → ArNMe3+I- (35℃)

-3.30

 

Hammett則の意義


 Hammett則が示すことは、Hammettプロットが直線であれば反応が置換基の誘起効果に左右されるということである。下に示す例外はあるものの、反応がイオン的な状態を経由して進行し、その反応機構が一定しているとき、Hammett則は通常成立し、プロットは直線を示す。このプロットの傾きを表すρ値から、その反応を進行させるには電子供与/吸引基のどちらが有利かが判断され、それに従い反応機構が検討されることになる。詳しい議論は後述する。

 以下に示すように共鳴効果の寄与が大きな反応は、直線から系統的にずれることが知られている。そもそもHammett則は誘起効果しか問題としておらず、その他の要因を考え合わせると直線からずれるのは当然だともいえる。

これらの共鳴効果を補正する目的で、置換基定数σ-(パラ位の電子吸引性共鳴を考慮)、σ+(パラ位の電子供与性共鳴を考慮)が提案されている。また、共鳴効果を除外する目的で、安息香酸ではなくベンジル酸を基準とした置換基定数σ0も定義されている。

 

Hammett則の拡張


 Hammettは置換基の誘起効果のみを考慮して理論を組み立てたが、実際には上記のように置換基共鳴効果も無視できない要素である。また、反応ごとに遷移状態の共鳴寄与の要求性は異なる。湯川泰秀と都野雄甫はこれらを考慮に入れ、拡張Hammett式である湯川−都野の式を提唱した。


log(KX/KX0) = ρ{σ0 + r(σ+ - σ0)}  (電子吸引基の場合はσ+ではなくσ-


rは反応の共鳴寄与要求性を表すパラメータである。rが大きいほど共鳴効果が反応速度に及ぼす影響は大きくなる。

 脂肪族化合物では置換基の立体効果も考慮しなければならない。R.W.Taftは、エステルRCOOEtの加水分解が酸性条件では極性効果をほとんど受けない(ρ≒0)一方、アルカリ加水分解は大きな極性効果を受ける(ρ≠0)ことに着目し、この反応速度の差をもとに立体効果の定量化を行い、Taftの式を提唱した。

 

log(K/Ko) = ρ*σ*+δEs

ρ*σ*が極性効果、δEsが立体効果の度合いを示す。両効果が完全に分離された表現がなされているのがTaftの式の特徴である。

 

Hammett則と反応機構


 反応定数ρは、(律速段階の)反応遷移状態の極性を反映している。たとえば、ρ>0の反応は電子吸引基により反応が加速されるということは前に述べたが、これはすなわち遷移状態が負電荷を帯びているということを示唆している。ρ<0の場合は正電荷を帯びていることになる。
 この事実が反応機構解明に役立つ好例として、求核置換反応があげられる。仮想的に下のような置換反応を考えてみる。反応式のみではSN1とSN2どちらの機構で進むのか分からない。

SN1/SN2の遷移状態を考えてみる。以下の図が示すように、SN1の遷移状態は正電荷を帯び、SN2の遷移状態は負電荷を帯びていることがわかる。

反応定数の性質からρ>0では負電荷遷移状態(SN2機構)をとり、ρ<0ならば正電荷遷移状態(SN1機構)をとると判断できる。この反応のHammettプロットは、一般に下のようにσ=0を境に反応定数の正負が逆転する。つまりこの置換反応は、置換基Xの種類で反応機構が変わってしまうことが分かる。

 置換基により律速段階・反応機構が変わってしまう他の例として、セミカルバゾンに代表されるイミン生成反応がある。Xが電子吸引性の時はTの反応が律速、電子供与性の時はUの反応が律速になる。これもHammettプロットで上記と同様の議論を行うことにより説明される。

 Hammett則は経験則とはいえ、適用可能反応は数百例と非常に多い。このこともHammett則の地位を高めている一因なのであろう。


(2002.4.7 by cosine)

 

参考、関連文献

 

・「大学院講義 有機化学〈1〉分子構造と反応・有機金属化学」野依良治ほか (東京化学同人)
・「Organic Chemistry(fifth edition)」Stanley H. Pine (McGRAWHILL)
・「反応速度論-化学を新しく理解するためのエッセンス-」斎藤勝裕 (三共出版)
・「理論有機化学(反応編)」湯川泰秀 (化学同人)

 

関連リンク

  

Linear Free Energy Relationships
QSAR and Drug Design

 

【用語ミニ解説】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯川 泰秀

 

大阪大学名誉教授。第24回日本化学会賞受賞。(有機化学反応の機構とその極性効果に関する研究)

 

都野雄甫

 

九州大学名誉教授。第42回日本化学会賞受賞。(有機化学における構造−反応性相関に関する研究)

 

湯川−都野式における置換基定数の理論的研究
 

 

 クラム有機化学1