第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5年 (山本 康友 研究室) の 髙田 生琉 (たかだ いくる) さんと、同研究室 特任助教の 渡邊 賢司 (わたなべ けんじ) 先生のご両名にお願いしました!
今回紹介するのは、インドリジン骨格を有し長波長光によるアンケージングが可能なケージド化合物に関するご研究です。本研究では、インドリジンに抗がん剤であるリン酸化ゲムシタビンを導入し、さらに光増感剤とがん細胞集積性を持つ環状 RGD ペプチドを組み合わせた金ナノ粒子を作製して、その高効率な抗がん効果を明らかにしています。本研究のストラテジーと成果は高く評価され、J. Am. Chem. Soc 誌に掲載されるとともに、同志社女子大学よりプレスリリースされました。
Singlet-Oxygen-Driven C(sp2)–P Bond Cleavage Enables Red-Light Uncaging of Phosphorus(V) Prodrugs on Gold Nanoclusters
Kenji Watanabe, Ikuru Takada, Riko Yamamoto, Hiroto Kobashi, Kotaro Maki, Natsumi Nomura, Rio Sasada, Iuchi Tai, Hideyasu China, Takashi Niwa, Takamitsu Hosoya, Hiroaki Kitagishi, Shigeru Negi, Masahito Kodera, Yasutomo Yamamoto
J. Am. Chem. Soc. 2026, 148, 15, 16039–16048, doi: 10.1021/jacs.6c00254.
研究室を主宰する 山本 康友 教授より、渡邊先生へのコメントを頂戴しております!
渡邊先生は2024年に当研究室に助教として着任され、その時点ですでにインドリジンを利用したアンケージング法と、金ナノクラスターを利用した化合物の集積化法という、非常にユニークで独創性の高い技術をお持ちでした。当研究室の主要なテーマの一つがリン化合物の不斉合成ということもあり、リン化合物のアンケージングに取り組まれたことが本研究のスタートとなりました。
今回の成果でとりわけ印象に残っているのは、論文が初稿から最終稿にかけて大きく様変わりしたことです。渡邊先生は合成化学が専門ということもあり、当初はケージド化合物の化学的性質にフォーカスした論文構成となっていました。ところが最終稿では DDS としての側面を印象的に打ち出した論文に様変わりしており、思わず唸りました。聞けば共同研究者との議論を通じてご自身の成果の位置づけを改めて見直されたとのこと。個々の実験結果は同じであるにもかかわらず、イントロでの研究の位置づけが変わることで、結果の意味合いやインパクトの伝わり方が大きく変わった点に驚かされました。
こうした柔軟さと本質を捉える鋭い感覚が渡邊先生の大きな武器だと感じています。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、一重項酸素による炭素-リン(C(sp2)−P)結合の切断を利用した、光照射によるリン化合物の放出を行う分子システムを開発しました。
光線力学療法(photodynamic therapy, PDT)は、光増感剤と光を用いて一重項酸素 (1O2)などの活性酸素種を発生させ、がんを治療する低侵襲な手法として臨床で用いられています。しかし、1O2 は寿命が短く (数 µs)、拡散できる距離が短いため (数十 nm)、光が当たった範囲の外にあるがん細胞が生き残り、再発につながるという課題があります。これを解決するため、光による 1O2 の発生と化学療法薬の局所的な放出を組み合わせる戦略が模索されています。特に、細胞内で重要な働きをする「リン」を含んだ薬 (例:抗がん剤ゲムシタビンのリン酸化体など、図1) の放出技術が求められていました。ゲムシタビンは、細胞内でリン酸化されて初めて効果を発揮しますが、がん細胞はこのリン酸化酵素を減らすことで薬剤耐性を獲得します。あらかじめリン酸化された状態の薬を光で放出(アンケージ)できれば、この耐性の原因となる過程をスキップし、効果的にがん細胞を攻撃できると考えられます。
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一方で、これまでのアンケージング法 (光分解性保護基) は、主に紫外光や短波長の可視光を利用して発展してきました。これに対し、生体のより深部まで届く長波長の光 (赤色~近赤外光) を使ってリン化合物を選択的に放出する技術が期待されています。しかし、長波長光への優れた応答性と暗所下での安定性を両立させる分子設計は容易ではなく、挑戦的な課題でした。
この課題に対し、私たちは加水分解に対して安定なヘテロ芳香環上の C(sp2)−P 結合に着目しました。私たちは以前の研究で、インドリジン誘導体が光酸化過程を経て、C3 位の炭素-炭素 (C(sp2)−C(sp2)) 結合を切断し、カルボン酸やアルコール、フェノールを効率よく放出することを報告しています (図2A)。この知見をもとに、インドリジンの C3 位にリン(V) 置換基を導入すれば、安定な C(sp2)−P 結合の切断を介したリン化合物の放出が行えると考えました (図2B)。
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実際にリン酸、チオリン酸、ホスフィン酸などの様々なリン(V) 化合物を導入したインドリジン誘導体を合成し、触媒量の光増感剤の存在下で 660–808 nmの赤色/近赤外光を短時間照射したところ、効率的に目的のリン化合物が放出されました。本反応の機構を明らかにするため、いくつかの対照実験を行いました。まず、反応系にラジカル捕捉剤である2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl (TEMPO) を添加して実験を行いましたが、光反応の効率に影響は見られませんでした。一方で、1O2 のクエンチャーであるアジ化ナトリウムを添加すると、反応が著しく抑制されることが分かりました。さらに、暗所で 1O2 を生成する過酸化物を作用させた場合にも、目的のリン酸ジエステルが 48% の収率で得られたことから、本反応を駆動する活性種が 1O2 であることが分かりました(図3A)。また、18O 原子で標識した水([18O]H2O) の存在下で光反応を行ったところ、切断後の副生成物であるカルボン酸 2 に18O 原子が取り込まれることが質量分析を用いた同位体解析によって確認されました (図3B)。この結果は、溶媒中の水分子が反応に関与することを示しています。
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これらの実験結果を踏まえ、私たちは 図4 の光反応機構を提唱しています。インドリジン環は、窒素原子の非共有電子対が電子求引性基であるリン置換基の C3 位へ非局在化しやすい性質を持っています。この電子的効果は、化合物 1 の C3 位炭素の 13C NMR シグナルが比較的高磁場 (δ 94.2 ppm) に観測されることからも支持されます。次に、この電子豊富な C(sp2)−P 結合に、三重項励起状態の光増感剤からの酸素分子へのエネルギー移動によって生じた 1O2 が付加し、酸化中間体を形成するとともに、反応系中の水分子による加水分解により高い選択性で目的のリン化合物が放出されると考えられます。
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このように、私たちは長波長光と光増感剤を組み合わせることで、強固なヘテロ芳香環上の C(sp2)−P 結合を選択的に切断する、新しい光反応を見出しました。この分子設計は、従来の光分解性保護基では困難であった高い暗所安定性と長波長光での効率的な脱保護を両立するものであり、光を利用したリン化合物の精密な放出制御のための基盤を提供するものと考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
髙田:3年生の秋学期に研究室に配属され、このテーマに出会いました。最初は、インドリジンとリン化合物を連結させる基質合成から取り組みました。インドリジンとリンクロリドを用いた Friedel-Crafts 型の反応ですが、当初は収率が 60% 程度にとどまっていました。しかし、塩基として 1-メチルイミダゾールを加えたところ、収率が 90% を超え、その後の光反応の一般性の検討に向けて、いくつかの基質を安定して合成できるようになりました。
また、日々の実験では、できるだけ些細な手順まで毎回同じように行うことを意識し、条件の比較が分かりやすいように一定の手順で進めることを心がけていました。今回使用した光増感剤は可視光領域においても吸収を持つものがあり、本来は暗所での実験操作が望ましいのですが、実験室を暗闇にするのは難しい状況でした。そのため、光増感剤や基質は使用直前まで遮光して保管し、操作はできるだけ手早く行うよう意識していました。
渡邊:高田さんの検討によって適用できる基質の範囲が広そうだと分かってきたあたりから、本格的に生体への応用を意識し始めました。個人的に思い入れがあるのは、ゲムシタビンのような様々な官能基を持つ複雑な生体分子を、インドリジン骨格とうまく連結させる部分です。ここは合成の難易度が少し高く、最初はなかなか良い収率が得られませんでしたが、最終的には細胞実験に必要な量をしっかりと確保することができました。ただ、インドリジンとリン化合物を連結させる手法自体には、まだまだ改善の余地を残していると考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
髙田:反応開発の面では、一般性を確立するためには複数の基質で検討する必要があり、最適条件の探索に苦労しました。反応時間や触媒濃度、波長などの条件を一つずつ変えながら比較し、データを蓄積しました。赤色光照射では高収率が得られても、近赤外光の照射条件では進行しないことがあり、その場合には共役系がより広がった触媒への変更や反応時間の延長によって対応しました。一方、チオリン酸エステルを誘導化させた基質では、反応時間が長いとかえって収率が低下する場合があり、条件設定のバランスをとる試行錯誤を繰り返しました。
また、論文投稿時のリバイズ対応も大きな壁でした。レビュアーに光反応に酸素分子が関与することを示すため、脱気条件下で光反応の効率がどう変化するかを問われました。実際に凍結脱気を行っても、微量に残る酸素のせいで反応が一部進行してしまい、完全に遮断することが難しかったです。微量の溶存酸素でも進行するほど鋭敏な反応なのだと痛感しました。最終的に、反応溶液を 45 分間かけてアルゴンバブリングすることで収率を 28 %まで低下させることができ、酸素分子の影響を説明して乗り越えることができました。
渡邊:化学反応としては上手くいったものの、実際にこの光反応を生体に応用しようとすると、まだまだ難しい問題がありました。冒頭でもお話しした通り、1O2の寿命は水中では非常に短いため (<3 µs)、そのまま水中や生体中で応用するには限界がありました。そこで、私が理化学研究所時代に確立した金ナノクラスターを光反応の担体として利用することを考えました。光反応に必要な要素である光増感剤やインドリジンを極小サイズ (~1 nm) の金ナノクラスター上に集積させることで、有機溶媒を含まないpH 7の緩衝水溶液中でも効率よく反応が進行するようになりました。
その後は、同志社大学の小寺政人先生・北岸宏亮先生の研究室と学生さんたちにご協力いただき、がん細胞に対する光毒性の評価などを進めていきました。論文のリバイズの際には、レビュアーから様々な指摘を受けて大変でしたが、特に、観察された細胞毒性が、1O2によるものなのか、それとも放出されたゲムシタビンに由来するものなのかを明確に示すように要求された点が難所でした。これを最終的に、フローサイトメトリーを用いた細胞周期解析によって、ゲムシタビン由来の遅延的な毒性であることをしっかりと示せたのは、本当に良かったと思いました。
このように、今回の研究は、本当に色々な分野の方々を巻き込み、助けていただきながら形になったものです。素晴らしい研究環境を提供し、自由に実験させてくださった山本康友先生をはじめ、多くの助力をいただいた同志社女子大学薬学部の先生方には深く感謝しております。また、金ナノクラスターや光反応の基盤技術を築く際にお世話になった理研時代の上司である 細谷 孝充 先生、丹羽 節 先生、そして生体応用の要となる細胞実験に多大なご協力をいただいた小寺先生、北岸先生と学生の皆様にも心から感謝申し上げます。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
髙田:私は現在、6 年制薬学部の 5 年次生で、今月 (2026 年 5 月) から薬局や病院へ実務実習に行く予定を控えています。研究を通して培った化学的な視点を臨床の場でも生かしていきたいと思います。薬の構造は、ほんの少しの変化によって効果や副作用に大きく影響してきます。だからこそ、化学的な視点から薬のメカニズムを深く理解し、患者様に対して確かな根拠を持った服薬指導ができる薬剤師になりたいです。
渡邊:高田さんは、実験の合間に勉強の時間を捻出するなど、授業や実習で非常に忙しい中、本当に熱心に今回の研究に取り組んでくれました。その努力といくつかの幸運も重なり、今回の JACS 採択という成果に結びついたのだと思います。ここで培った最後までやり遂げる力は、彼女がこの先どのような進路に進んだとしても、間違いなく大きな財産になるものだと思います。
私自身としては、これからも世の中の役に立つものや、人々を楽しませるような新しい反応や分子を創り出していきたいと思います。そして、それを私一人の力ではなく、学生の皆さんや様々な分野の研究者の方々と共に生み出していけたらと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
髙田:初めは有機化合物と向き合う実験だと感じていましたが、実際に薬としての応用を考える中で、自分の研究が人の未来に役に立つ可能性を実感することができて嬉しかったです。また、研究は一人で完結するものではなく、多くの人の知見や協力によって新たな発見が生まれていることを学びました。
渡邊:私たちが開発した新しい光応答システムは、生体の深部まで届く長波長の光を使って狙った場所とタイミングで薬を局所的に放出できる技術であり、将来的に副作用の少ないがん治療などへの応用が期待されます。今回の研究を通じて、有機合成化学の力をベースに、金ナノクラスターなどのナノ材料や細胞評価といった異分野の知識や技術を結集することの重要性と面白さを実感しました。化学の力は、工夫次第で医療や生物学の難しい課題を解決する大きな武器になります。読者の皆さんも、ぜひご自身の専門性に軸足を置きつつも様々な分野に興味を持ち、分野の垣根を越えた新しい挑戦を楽しんでください。
【研究者の略歴】
名前:髙田 生琉(たかだ いくる)
所属:同志社女子大学薬学部医療薬学科 5年次生 (山本康友研究室)
名前:渡邊 賢司(わたなべ けんじ)
所属:同志社女子大学薬学部医療薬学科 特任助教 (山本康友研究室)
略歴:
2012年3月 同志社大学大学院工学研究科 博士後期課程修了 (加納航治 研究室)
2012年4月 同志社大学高等研究教育機構 助手 (加納航治 研究室)
2013年3月 九州大学大学院薬学研究院 特任助教 (大嶋孝志 研究室)
2018年4月 理化学研究所生命機能科学研究センター 研究員 (細谷孝充 研究室)
2024年4月より現職。
髙田さん、渡邊先生、山本先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!



































