[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ケイ素置換gem-二クロムメタン錯体の反応性と触媒作用

[スポンサーリンク]

第125回のスポットライトリサーチは、岡山大学大学院自然科学研究科応用化学専攻(高井和彦教授)博士前期課程1年の谷口 竜治(たにぐち りゅうじ)さんです。

谷口さんの所属する高井研究室では、様々な金属元素を用いた新規有機金属触媒反応の開発が行われています。

谷口さんは、「ケイ素置換gem-二クロムメタン錯体の反応性と触媒作用」というタイトルで発表した第64回有機金属化学討論会において優秀ポスター発表賞を受賞されました。また受賞対象となった研究内容は最近、JACS誌に掲載されました。

Murai, M.; Taniguchi, R.; Hosokawa, N.; Nishida, Y.; Mimachi, H.; Oshiki, T.; Takai, K.

”Structural Characterization and Unique Catalytic Performance of Silyl Group-Substituted Geminal Dichromiomethane Complexes Stabilized with a Diamine Ligand”

J. Am. Chem. Soc. 2017, 139 (37), 13184-13192. DOI: 10.1021/jacs.7b07487

また、谷口さんのことを高井先生は以下のように評しておられます。

同じ研究でも、合成反応の開発と有機金属錯体(とくに前周期遷移金属)の単離・構造解析では、進め方に文化が異なるといえる違いがあり、なかなか同じ人が同時におこなえる研究ではありません。谷口君はその両方ができる稀有な学生さんです。とくにクロムの錯体の研究は、NMRが取れないためにX線構造解析ができる単結晶を得ることが最初の段階ですが、そのハードルが高く、出口の見えない手探りの状況が長く続くため、根気が必要です。私にとって30年来の悲願を、谷口君が達成してくれました。

高井 和彦

未だ博士前期課程1年にも関わらず大変ご活躍されていますね。研究者としての谷口さんの今後がとても楽しみです!それではインタビューをどうぞ。

Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?

当研究室では、塩化クロム存在下、ジハロアルカン(下の例はヨードホルム)をアルデヒドに作用せるとアルキリデン化反応が、またジアミンを添加してオレフィンに作用させるとシクロプロパン化反応が起こることを報告しています(式1, 2)。(ケムステ参考記事:高井・内本オレフィン合成)

これらの反応では、同一炭素原子上に二つのクロム-炭素結合を有するgem-二クロムメタンが活性種であると想定されていましたが、最初の発見から30年以上経ってもそれを直接にサポートする実験事実はありませんでした。私たちはその活性種の詳細を明らかにしたい、また反応の実用性をさらに高めるため活性種を保存可能な安定な形で単離したいと考えました。検討の結果、ジアミンであるMe2N(CH2)2NMe2(TMEDA)配位子だけでなく、立体的に嵩高いトリメチルシリル基でクロムが結合している炭素を覆うことで、gem-二クロム種を単離することができ、単結晶X線構造解析を行うことができました(式3)。この錯体A(固体)は無酸素雰囲気下では安定で、期待通りジアニオン等価体として利用でき、添加剤を適切に選ぶことでシクロプロパン化とアルキリデン化反応を触媒的に進行させることができました(式4)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるところは、単離した錯体を触媒反応に利用するところです。単離した錯体はそのままでシクロプロパン化反応の触媒としては機能しましたが、アルデヒドに作用させると別の反応が先に起こってしまうため、目的のアルケニルシランは得られませんでした。いろいろ反応条件を検討し、塩化亜鉛を加えると高収率で目的物が得られることを見つけました。うまくいったときはとても嬉しかったです。この反応ではTMEDA配位子を解離させて裸の錯体を発生させることが必要ですが、裸の錯体は不安定であり観測が困難なため、新たな配位子を加え、配位子が交換した錯体を単離することで間接的にZnCl2の添加効果を証明しました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

当研究室では最近、嵩高い配位子で活性の高い炭素中心を覆うことで、gem-二亜鉛種Bを単離し、その構造を解析しました(J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 114)。今回の研究でも同様のコンセプトにより、比較的早い段階でgem-二クロム種が単離できました。しかし単離したクロム錯体は常磁性であるため、NMRでは情報が得られず、メカニズムを含め、実際の反応での検証には苦戦しました。配位子や置換基が異なる錯体を70種類以上合成して単結晶X線構造解析を試みたり、反応速度を延々とプロットしたりしました。そのほとんどは論文の紙面には登場しませんでしたが、実際には目に見えない反応に、観測した事実に基づく光を少しはあてられたのではないかと思っています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学を通して様々な分野の懸け橋となり、新たな価値を見いだす仕事に就けたらと思っています。この研究テーマを通して、目に見えない現象をどうすれば理解できるかを一生懸命考えたことで、問題を論理的な思考に基づき解決する力が身についたと思います。また、今回の有機金属化学討論会でのポスター発表を経験し、話す相手が何を求めているのか一早く把握することや、自分の研究の立ち位置を様々な角度から捉えて話すことを意識するようになりました。将来は異分野の人々ともうまくコミュニケーションをとり、化学で問題を解決することで新たな価値を見いだせるようになりたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございます。当研究室では最近、6-7族の金属錯体の合成や、それらを用いる反応開発を行っています。ユニークな反応性を利用する研究も多いだけに、それらにも興味を持ってもらえると嬉しいです。

今回取りあげてもらった研究は、私が研究室に配属されたときの最初のテーマです。運もあったと思いますが、当初に想定していた方向とは大きく違う形でまとめることができました。研究テーマは進めるうえでの目標ですが、研究の本当の面白さは、自分でそのテーマを、場合によっては思いがけない方向に、発展させていく楽しさだと思います。ぜひ多くの人に同じ喜びを感じてもらいたいと思っています。

研究者の略歴

名前:谷口竜治

所属:岡山大学大学院自然科学研究科応用化学専攻 有機金属化学研究室
研究テーマ:gem-二クロムシリルメタン錯体の構造解析と触媒反応への利用

関連リンク

Avatar photo

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 研究倫理を問う入試問題?
  2. 機械学習は、論文の流行をとらえているだけかもしれない:鈴木ー宮浦…
  3. 【書籍】りょうしりきがく for babies
  4. パーソナル有機合成装置 EasyMax 402 をデモしてみた
  5. varietyの使い方
  6. 2019年ケムステ人気記事ランキング
  7. 化学Webギャラリー@Flickr 【Part1】
  8. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度【第二弾】

注目情報

ピックアップ記事

  1. 椎名マクロラクトン化 Shiina Macrolactonization
  2. 新たな青色発光素子 京大化学研教授ら発見
  3. 黒田 一幸 Kazuyuki Kuroda
  4. シェンヴィ イソニトリル合成 Shenvi Isonitrile Synthesis
  5. フィッシャー・スペイア エステル合成 Fischer-Speier Esterification
  6. ジイミド還元 Diimide Reduction
  7. iPadで計算化学にチャレンジ:iSpartan
  8. 2023年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!
  9. 一般人と化学者で意味が通じなくなる言葉
  10. GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年11月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP