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化学者のつぶやき

手術中にガン組織を見分ける標識試薬

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手術医「メス!汗!…ガン標識試薬!!」

スプレーするだけで、短時間のうちに、ガン組織だけを光らせ、正常な組織の区別をはっきりさせる標識試薬(chemical probe)が、日本を中心とした研究チームの手で開発中です。外科手術のおともになるか、ガン細胞を識別するための、周到なその分子設計を、紹介します。

ガン組織と、正常な組織の境界を、人間の目だけで判断する能力には、限界があります。そのため、手術に際して、小さなものも含め病巣をはっきりさせる方法があれば、より正確にガン組織を切り出せるようになることでしょう。

手術でどこを切るべきか瞬時に分かれば、かのブラッ●・ジャックほどの腕がなくても、洗練されたメス裁きが可能になるのです。もちろん、ブ●ック・ジャックほどの技術を持った執刀医ならば、鬼に金棒。開腹から縫合まで、より患者の負担が少なくスピーディーに、外科手術を執り行うことができるようになるでしょう。そして、依頼を受けた患者のためならば医学会に公認されていない方法まで使おうとするブラック・ジャックのことですから、たとえ臨床試験をパスしていなくても使ってしまいそうです。

 

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あの●ラック・ジャックも愛用しそう!?

 

何を目印にガン細胞だけを光らせるのか?

短時間でガン組織だけをはっきりと染色し分ける方法は、今までほとんど存在しませんでした。ひとつめの困難は、何を目印にガン細胞を識別するか、です。

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開発が進められている標識試薬(ケミカルプローブ)の化学構造を見てみると、グルタミン酸のガンマ位にあるカルボキシル基に、蛍光原子団のアミノ基がアミド結合しています。これは、老廃物などの有害物質を解毒する役割を持った生体物質であるグルタチオンと同じ化学構造です。実は、標識試薬がガン細胞だけを識別する鍵はここにあります。

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ガン細胞とは、端的に言えば、周りにある通常の細胞と協調できないジコチューな細胞のことです。たいていの場合、周囲のことはおかまいなしに、大量のエネルギーを消費して、ガン細胞は活発に代謝しています。このため、ガン細胞では、たくさんの老廃物も生じます。その解毒のため生合成されたグルタチオンは、ガン細胞ではさかんに使われ続けます。そして、多くの場合、ガン細胞ではグルタチオンの代謝に関わる酵素が、大量に発現しています。

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グルタチオンの代謝に関わる酵素(gamma-glutamyltranspeptidase)の立体構造

結晶構造解析データはProtein Data Bankより

 

ガンマ位のカルボキシル基はグルタチオンに特有な化学構造です。この反応に関わる酵素のひとつは、都合のよいことに、細胞膜の表層にあります。そして、グルタチオンの代わりに、標識試薬を基質に酵素が作用してしまえば、ガン細胞ばかりを蛍光物質で光らせることができるという寸法です。

 

光るか光らないかをどう素早く制御するのか?

生成物の一方は、20種類ある標準アミノ酸の1つ、グルタミン酸です。もう一方はと言うと、かつては鮮やかな蛍光色の入浴剤としてもおなじみローダミンに似た蛍光分子であり、励起光を当てることで特有の波長を持った蛍光の輝きが観察されます。どちらも生活の中でなじみの物質です。

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今まで、手術中にガン細胞を試薬で標識することが困難だったもうひとつの理由は、光るか光らないかを決める反応のスピードです。手術の場面を想定した場合、未反応の試薬を洗い流すという操作は絶望的で、ほとんど不可能です。そのため、化学反応の前後で、未反応の標識試薬は光らず、反応後の生成物だけが光るように、分子を設計しなければなりません。ここで、開腹したまま縫合せずに一晩を待てば白黒はっきりつくよ、といったような遅い化学反応は、標識試薬に適用できないという現実の壁が、さらに立ちはだかります。結果として、ものの数分で、正常な組織とガン組織とを識別できるような反応が、標識試薬の設計に要求されます。

基質として組織にスプレーする標識試薬の構造を見てみると、共役系が連続していません。そのため、未反応の場合は励起光を当てても輝かず、反応の生成物だけで強い蛍光が観察されます。そして、反応のスピードは、環と環をつなぐスピロ炭素原子が最終的な決め手になります。反応機構はおそらく次のような流れだと思われます。スピロ環の開裂によって、共役系が同一平面上に並び、蛍光を出すようになります。

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クリックで拡大

 

「あるがまま」から「なすがまま」に

このようにして設計した標識試薬(ケミカルプローブ)を用い、実験動物で試したところ、数十秒から数分間の短時間で、ガン組織を蛍光標識することができました。蛍光は十分に明るく、目ではっきりと判別することができます。

あるがままの生命現象を解析する立場から、化学の道具を活用してなすがままに生命現象を制御する立場へ。その中でもケミカルプローブが活躍できる場所は、他にもまだまだたくさんあることでしょう。

 

参考ウェブサイト

東京大学大学院薬学系研究科薬品代謝化学研究室(http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~tlong/index.html)

東京大学大学院医学系研究科生体情報学研究室(http://cbmi.m.u-tokyo.ac.jp/research.html)

科学技術振興機構プレスリリース「スプレーするだけでがん細胞が光り出す蛍光試薬を開発-外科・内視鏡手術における微小がん見落としの問題に大きく貢献-」

 

参考論文

[1] “Rapid Cancer Detection by Topically Spraying a γ-Glutamyltranspeptidase–Activated Fluorescent Probe” Yasuteru Urano et al. Sci. Transl. Med. 2011 DOI: 10.1126/scitranslmed.3002823

 

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静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

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