第675回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科(岩渕研究室)博士後期課程3年の二宮大悟 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、クロバン型テルペノイドの網羅的全合成に関する研究です。
クロバン型テルペノイドと呼ばれる化合物群は、骨格上のC2およびC9位の2か所のみが官能基された化合物が従来知られていました。一方、近年では骨格上のC2やC9位以外の炭素が「高度に官能基化」された新たなクロバン型テルペノイドが報告されています。しかし、高度官能基化クロバン型テルペノイドの汎用的な合成手法は確立されていませんでした。今回、新たな汎用性中間体を用いた戦略により、高度に官能基化されたクロバン型テルペノイドのルンフェルクローバンE及びサリンファセタミドA・Bの全合成を報告されました。
本成果は、Chem. Sci. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“A unified approach to highly functionalized clovane-type terpenoids: enantiocontrolled total synthesis of rumphellclovane E and sarinfacetamides A and B”
Ninomiya, D.; Nagasawa, S.; Iwabuchi, Y. Chem. Sci. 2025, 16, 15707-15713. DOI: 10.1039/D5SC04197J
研究を指導された長澤翔太 助教と岩渕好治 教授から、二宮さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
長澤先生
二宮くんは私が現職に着任した年の10月に研究室に配属され、岩渕教授のお計らいをいただいて始めた新規テーマを託したいわば初期メンのうちの1人です。私のポスドク先(https://sarponggroup.com)での経験に触発されて、「1つのテルペノイドファミリーを統合的に合成できるプラットホームを作りたい」という思いのもと、全合成研究に従事することを熱望していた二宮くんに検討をお願いすることにしました。本人も書いているように、研究室に何のノウハウもない状態で着任1年目の助教が始めた本テーマは、合成戦略・ルートの紆余曲折(=迷走)を繰り返し、他人に認められる結果が出るまで随分長い時間がかかってしまいました。この間、私はもとより、実際に検討を行ってくれた彼の苦悩と焦りは相当なものだったと思います。
しかし、困難は人を成長させるとはよく言ったもので(?)、そびえ立つ課題を1つずつ解決していく中で、彼は着実に有機合成化学者として成長していきました。事実、この全合成には二宮くんのアイディアが随所に盛り込まれており、一見なんて事のない変換にも様々な工夫が隠れています。下記の彼のインタビューや文献をご笑覧いただき、それらを味わっていただければ幸いです。Sarinfacetamide類の全合成を達成したと言う報告を受けた時は、何を隠そう(?)本人を差し置いて私自身が一番安心していたとともに、彼の成長に感心していました。
月日の経つのは早いもので、出会った頃は学部3年生だった彼も今や博士3年となり、一緒に研究できる時間も残り半年ほどになってしまいました。現在研究室の良い兄貴分として慕われる彼は、本研究を発展させたコンセプトのもと、新たな天然物の全合成に挑戦してくれています。このプロジェクトにおいて私がしていることといえば、「全合成して」と「何とかして」と言うことだけですが(悪い上司の見本)、彼の高いモチベーションを持ってして修了までに全合成を達成してくれるとともに、これらの経験を足場に今後様々な経験を経ることで、次世代を担う科学者になってくれることを期待しています。
岩渕先生
二宮大悟君は「有機化学マニアック」という言葉を体現したような存在です。山積したネガデータと難解な分子構造を前にしても顔をしかめるどころか、むしろ楽しそうに挑み続ける姿に天賦の才を感じています。6年の歳月をかけて、複雑なテルペノイドの全合成をやり遂げたのは、二宮君の粘り強さと探究心の証です。
さらに、新任(当時)だった長澤助教とタッグを組み、信頼関係を築きながら研究を進めたことで、プロジェクトは研究室全体を巻き込む大きな成功となりました。向学心に燃える楽天的な好青年として、これからも研究の世界で新しい「難問パズル」に果敢に挑んでいってくれると確信しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
クロバン型テルペノイドは、トリシクロ[6.3.1.0¹,⁵]ドデカン骨格を特徴とし、しばしば有用な生物活性を有することが知られています。従来知られていた化合物のほとんどは、骨格上のC2およびC9位の二箇所のみに置換基を持つことが知られており、これらのクロバン型テルペノイドの合成はこれまでに盛んに行われてきました。
一方、近年サンゴから単離されたランフルクロバンE (3)やサリンファセタミドA (4)・B (5)といった天然物は、従来のクロバン型テルペノイドとは異なり、C2、C9以外の炭素にも官能基を備えています。我々は2022年、こうした「高度官能基化」クロバン型テルペノイド群に体系的にアクセスするため、汎用性中間体7を新規合成プラットフォームとして提案し、ランフルクロバンE (3)の形式全合成により7の有用性を実証しました(D. Ninomiya, S. Nagasawa, Y. Iwabuchi Org. Lett, 2022, 24, 7572.)。

今回の報告はその続報であり、より確固たる合成プラットフォームとしての汎用性中間体の位置付けを確立するため、高度官能基化クロバン型テルペノイド群の網羅的全合成を目指しました。まず、汎用性中間体の合成経路を根本的に刷新しました。従来11工程を要した合成を、「アクロレイン等価体」(11)を用いたdomino Michael–aldol反応を鍵とすることで、わずか5工程にて第二世代汎用性中間体7’の合成を達成しました。本汎用性中間体は、容易に入手可能なキラルビルディングブロックであるジヒドロカルボン (9/ent-9)を原料としているため、両対掌体へのアクセスが可能です。本第二世代合成法の確立によって、汎用性中間体の量的供給は飛躍的に容易となり、多様な高度官能基化クロバン型テルペノイドへの展開が現実的なものとなりました。
本汎用性中間体を結節点として,
- ケトンカルボニル基の立体選択的還元を鍵としたランフルクロバンE (3)の全合成
- エノン構造への官能基化側鎖導入を鍵とした、サリンファセタミドA (4)・B (5)の全合成およびフラン環を備えた人工誘導体14の合成
を達成しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ランフルクロバンEの全合成におけるジケトン15–C2位ケトンカルボニル基の低原子価チタン反応剤による位置・立体選択的還元には思い入れがあります。
本変換はヒドリド還元条件(NaBH4など)を用いると立体的要因により専ら望まないジアステレオマーが得られることから多少「捻った」条件が必要となります。そこで、C12位ケトンカルボニル基を配向基とすることで立体選択性の制御を試みました。詳細は論文をご参照いただきたいのですが、一電子的金属還元剤のイオン半径に着目し、岡本先生らが報告した低原子価チタンを用いる条件を参考に立体選択性を制御し、所望のアルコール16を選択的に得ることに成功しました。この条件には修士二年の秋ごろに到達したのですが、些細な変換ながら「自分自身で考えたことが考えた通りにうまくいった」という稀有な体験の一つであり印象に残っています。
余談ですが本検討を行なっていた際、私は交通事故で右手(利き腕)を骨折しており、左腕一本で実験を行なったこともいい思い出です。怪我をしているとなかなかアクティブに実験できませんので、理詰めで効率的に実験を行うことの重要性を再認識しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
序盤のアクロレイン(12)を用いるdomino Michael-aldol反応を、実際に全合成に使用できるレベルまで磨き上げるため、2年弱を要しました。実は本反応は学部4年次の研究開始当初に設定していた鍵反応の一つだったのですが、aldol反応段階での立体選択性制御に予想以上に苦戦したことに加え、アクロレインが日本国内では入手困難となったことから、修士課程への進学を期に一旦撤退しています。アクロレインの入手性については日本だけでなく世界中で問題となっているようで、私の留学時にも何度か話題に上りました。その後、「アクロレイン等価体」(11)の開発を契機に検討を再開し、現在の条件を見出したのが修士2年の春頃でした。
アクロレイン等価体の話が 最初に出たのは修士1年の冬でした。直接ご指導いただいていた長澤さんとのディスカッションの最中に提案を受け、軽い気持ちで実験してみたところ予想以上にきれいに反応が進行することがわかりました。驚くとともに、自分一人で思いつけなかったことに悔しさを感じたことを今でも覚えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
修了後は海外にて博士研究員として研究に従事し、さらなる研鑽を積む予定です。その後の進路はまだ定まっていませんが、化学を「楽しい」と感じられる限り、研究活動に関わり続けたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございます。本プロジェクトは私が学部3年生の折に初プロジェクトとして頂いたものです。様々な要因が重なり世に出すのは遅くなってしまいましたが、(実験については)独力で完遂することができ嬉しく思っています。
走り始めのプロジェクトあるあるですが、序盤はほぼいい結果が出ず、特に学部の間に出したデータは全てお蔵入りとなってしまいました。今となってはいい体験だったと思いますが、当時は結果がでないことに加えて、追い打ちをかけるようにコロナ禍が重なり、「実験したいのにできない」という状況の中で強い焦りを感じていたことを覚えています。月並みですが、本研究を通して、「焦る中でも(正しい方向を向いて)手を動かし続ければいつかは成果に辿り着ける」ことを実感しました。
最後に、本プロジェクトの遂行にあたり、終始温かく見守り、ご指導くださいました岩渕先生、そして、私の自由な(ナイーブな)発想を常に尊重し、困難に直面した際には的確なご助言を賜りました助教の長澤さんに、心より感謝申し上げます。
また、飲み会やディスカッション、さらには日々の愚痴にまでお付き合いくださいました、東北大学大学院薬学研究科・合成制御化学分野の皆様に御礼申し上げます。残された時間は僅かではありますが、東北の地で皆様から頂きましたご恩に、研究に全力を尽くすことで報いたいと思っています。
さらに、このような貴重な機会をお与えくださいましたChem-Stationスタッフの皆様にも、心より感謝申し上げます。
研究者の略歴

名前:二宮 大悟(にのみや だいご)
所属:東北大学・大学院薬学研究科・合成制御化学分野 (主宰:岩渕好治教授)
略歴:
2021年3月 東北大学薬学部卒業 (指導教員:岩渕好治教授)
2023年3月 東北大学大学院薬学研究科薬科学専攻 修士課程修了 (指導教員:岩渕好治教授)
2024年4月–2024年10月 Rice university visiting scholar (Prof. Hans Renata)
2023年4月–現在 東北大学統合化学国際共同大学院プログラム (GP-Chem)
2024年4月–現在 日本学術振興会特別研究員 (DC2)































