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スポットライトリサーチ

金ナノクラスター表面の自己組織化単分子膜を利用したテトラセンの高効率一重項分裂とエネルギー変換機能

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第232回のスポットライトリサーチは、慶應義塾大学 羽曾部研究室 で専任講師を務められている酒井 隼人(さかい はやと)先生にお願いしました。

羽曾部研究室では、超分子集合体やカーボン材料を利用した新しいオプトエレクトロニクス材料の開発を精力的に推進されています。

今回紹介いただける内容は、一重項励起子分裂(Singlet Fission)に関する成果です。一重項励起子分裂は光励起で生じた一つの一重項励起子が二つの三重項励起子に分裂する現象(S1→T1+T1)で、有機デバイスの劇的な効率化等の応用で注目を集めています。しかし、ダイナミクスには分子間の相互作用が絡むため、色素の相対配置をいかにして分子レベルで制御するかが課題です。本成果では、ナノ粒子上の単分子膜に光機能性分子ユニットを組み込むことで、一重項励起子分裂のダイナミクスを精密制御することに成功されています。最終的に160%の三重項生成量子収率を達成され、この成果はJ. Am. Chem. Soc.誌に公開されています。慶應義塾大学からプレスリリースもされています。

“Controlled Orientations of Neighboring Tetracene Units by Mixed Self-Assembled Monolayers on Gold Nanoclusters for High-Yield and Long-Lived Triplet Excited States through Singlet Fission”
Toshiyuki Saegusa, Hayato Sakai, Hiroki Nagashima, Yasuhiro Kobori, Nikolai V. Tkachenko & Taku Hasobe,
J. Am. Chem. Soc., 2019. 141, 14720-14727. DOI: 10.1021/jacs.9b06567

羽曾部卓 准教授からは、酒井先生と本研究テーマについて以下のようなコメントをいただきました。

この研究テーマは、三枝 稔幸 君 (2018年度 慶應義塾大学大学院理工学研究科 修士課程修了) と酒井 隼人さん (当研究室 専任講師) の2人が実験現場で中心となって進めた研究成果です。三枝 君は修了して現在企業に就職しておりますので、今回、酒井さんに執筆してもらうことになりました。酒井さんの学生時代の研究のバックグランドは“有機合成化学・有機金属化学”で、当研究室に加入した当時、光化学について全くの門外漢のようでしたが、地道な研究活動と鍛錬の結果、有機合成から時間分解分光までを広く精通した新進気鋭の研究者にまで成長されました。今回の結果は、三枝君と酒井さんお二人の人並み外れた熱意と努力が今回の成果を生んだと思います。

それでは、酒井先生からの情熱あふれるメッセージをご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?

テトラセンアルカンチオール修飾金ナノクラスターにおいて、一光子の吸収過程から二つの三重項励起子を生成する一重項分裂 (singlet fission : SF) を高効率で発現し、160%の一重項酸素の発生効率を達成したという研究です。

光機能性有機材料の開発は、エネルギー変換やエレクトロニクス等の材料科学分野のみならず、生命・医療分野まで幅広い分野を網羅します。太陽電池等に利用される有機薄膜はその代表例ですが、一般に、有機分子の集合状態では、近隣に存在する分子間で相互作用し、光照射によって得られるエネルギーは単量体と比較して大幅かつ迅速に失うことが知られています。また、触媒系への展開を考慮すると金属表面に修飾した有機分子も極めて魅力的です。しかしながら、有機分子への光の照射によって得られたエネルギーは金属の表面に迅速かつ大幅に失われます。このように、「有機分子の集合化」や「有機分子と金属材料の複合化」において光照射によって得られたエネルギーの大幅な損失は避けられない現象として考えられてきました。

そこで、近接して配置した二分子間で、一方の分子への光子の吸収後に、もう一方の分子と相互作用することで二つの三重項励起子を生成するSFという光反応に着目しました(下の式(1)を参照)。そして、上述の2つの問題点を一度に解決することを目的として、テトラセンを自己組織化単分子膜法 (self-assembled monolayers: SAMs) により金ナノクラスターに修飾することを検討しました。

Fig0_Sakai

同じアルキル鎖nを有する2つのテトラセンアルカンチールから構成されるテトラセンホモジスルフィド体を用いて金ナノクラスターの表面に化学修飾させると、同じアルキル鎖nのテトラセンが近接的に配置してしまう確率がどうしても高くなると予想されます (つまり、近接したテトラセンの相互作用が強いため、一旦SFが進行しても逆反応の三重項-三重項消滅 (TTA) が進行する)。そこで、アルキル鎖の長さnの一方をn = 11に固定して、もう一方が異なる長さ (n = 5, 7, 9) を有するテトラセンヘテロジスルフィド (Tc-C11-S-S-Cn-Tc) を合成することにしました (図1)。このテトラセンヘテロジスルフィド体およびテトラセンホモジスルフィド体を用いて、金ナノクラスター (金144原子体) の表面に60個のテトラセンアルカンチオールを化学修飾しました。時間分解分光測定によりSFの量子収率 (ΦSF: 最大値100%) と三重項励起子の量子収率 (ΦT: 最大値200%) を比較したところ、テトラセンヘテロジスルフィドTc-C11-S-S-C7-Tcによって合成したテトラセン修飾金ナノクラスター[Tc-C(11,7)-Ht-MPC]で最適化できました。具体的に、ヘテロジスルフィド体のアルキル鎖nの組み合わせを(11, 11)から(11, 9)、そして (11, 7)へ変化させることで、テトラセン間の配向を制御し、SFの逆反応のTTAを大幅に抑えることができました。最終的に、ΦSF = ~90%および飽和溶存酸素溶液の条件で一重項酸素発生の量子収率ΦT = ~160%を得ることができました。また、図1に示すように、(Tc-C11-S)2および(Tc-C7-S)2の2つのホモジスルフィド体で作製した混合SAMs [図1のTc-C(11,7)-Hm-MPC] と比較しても、Tc-C11-S-S-C7-Tcのヘテロジスルフィド体を用いたTc-C(11,7)-Ht-MPCの量子収率はΦSFおよびΦTともに劇的に改善されていることが分かりました。

Fig1_Sakai

図1. テトラセンヘテロジスルフィド体(左)およびテトラセンホモジスルフィド体(右)を用いて分子集積化したテトラセンアルカンチオール修飾金ナノクラスターの合成概略と各テトラセンアルカンチオール修飾金ナノクラスターのSFの量子収率 (ΦSF: 最大値100% ) と三重項励起子の量子収率 (ΦT: 最大値200%)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

当研究室では、アルキル鎖n = 11のアルカンチオールを用いたペンタセン修飾金ナノクラスターにおいて、高効率SFによる三重項励起子生成 (ΦT = 172%) を既に報告しておりました (Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5230-5234)。本テーマはこの結果を踏まえて、まず、アルキル鎖n = 11のテトラセンアルカンチールのみを修飾した金ナノクラスター (単一分子によるSAMs)から検討を始めました。ペンタセンをテトラセンに変更しただけでは、量子収率はΦSFおよび ΦT ともに20%程度となってしまい(図1表参照)、まさかこのような低い値になるとは思ってもいませんでした。過渡吸収測定の結果を詳細に解析したところ、主な原因がSFの逆反応のTTAにあることが明らかとなり、逆反応の速度論的な減少に繋がる配向制御を目指すことにしました。そこで、金表面上の近接したテトラセン二分子間の距離や配向を変化させて相互作用を制御するために、ヘテロジスルフィド体による混合自己組織化単分子膜 (混合SAMs) を用いる方針を立てました。この我々の方針が実際に実験結果として実証された際の感動は思い出深いです。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ヘテロジスルフィドの合成には苦労しました。当初、既存の手法であるチオエステルからジスルフィドを合成する手法で合成していました。2種類の分子を混合してカップリングさせるので、ヘテロカップリング体と二つのホモカップリング体との組み合わせが合成されるのは覚悟しておりましたが、カップリング体が得られずチオールのみが得られるといったことや、生成収率が安定化しない、反応系が複雑化するなど反応条件の最適化ができませんでした。各条件を変更する、出発物質をチオエステルからチオールに変更するなど様々な条件検討と議論を繰り返した結果、合成手法を確立することができました。

過渡吸収測定では、金ナノクラスターの吸収領域が幅広い上、相対的に吸光度も大きいことが問題となりました。また、強いレーザー強度の励起条件では、金ナノクラスター上のテトラセンが壊れてしまいました。そこで、励起波長やレーザー強度、さらに溶媒の種類を慎重に検討し、測定条件の最適化に成功しました。

このように合成から分光評価まで、至る所で壁が存在し、苦労の連続でしたが、得られた結果を慎重に考え、議論を幾度となく重ねて改善していく、この作業を根気強くやっていくことで最終的に系としての最適化にまで導くことができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

合成から分光等による評価までを一挙に自分たちで行うことができる。この強みを活かし、新規性や優れた特性を単に追求するだけでなく、‘おもしろい’と感じてもらえる有機化合物を合成していきたいと思っています。自身の成果を通じて、「化学はやっぱりおもしろい、こんな研究が自分もしたい!」と他の人に思ってもらえる研究、つまり、自己満足だけではなく人の心を大きく動かす研究を行っていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究には、乗り越えなければいけない壁が確実にあります。私も学生から研究員になる際、大きく分野を変更しました。その際、全く何もわからなくどうしたらいいか、乗り越えられるのかと思う位の大きな壁に出会いました。しかし、そこで立ち止まらず、乗り越えるその壁の向こうには、成功だけではなく、自分の成長と自信さらには新たな発見などワクワクすることが数多くあります。壁を拒絶せず、受け入れ、活かしてください。その向こうには必ず光り輝く宝物が待っています。これを手に入れた時、研究者として大きく飛躍すると思います。

最後に、本研究の遂行にあたりご指導・ご助言を頂きました 羽曾部 卓 准教授、時間分解ESRスペクトルの評価と解析にご協力頂きました神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの小堀 康博 教授および長嶋 宏樹 博士(現 埼玉大学理工学研究科 助教)、またフィンランド タンペレ大のNikolai V. Tkachenko教授にはフェムト秒過渡吸収の測定と解析にご協力頂きました。各先生方のお力添えなくしては、本研究をここまで素晴らしい成果として発表することはできませんでした。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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研究者の略歴

HayatoSakai.png酒井 隼人(さかい はやと)

所属:慶應義塾大学理工学部化学科

専門:有機合成化学、光化学

略歴:
2009年3月 奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科物質創成科学専攻博士課程 修了
2009年4月 北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科 研究員
2010年4月 慶應義塾大学大学院理工学研究科 研究員
2012年4月 日本学術振興会 特別研究員 (PD)
2013年4月 慶應義塾大学理工学部化学科 助教
2017年4月 慶應義塾大学理工学部化学科 専任講師
現在に至る

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JK。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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