問題です!徳島文理大学の西沢教授らによって報告されたシクロアワオドリンはどれ?
さっそく正解と解説に移っても良いのですが、問題のすぐ下に答えを乗せてしまうと間違って答えを見てしまう恐れがあるので、少し間を挟みます。なお、ジグザクした 化学構造式の見方について説明します。ジグザグ表記の中では折れ曲がった部分や先端の部分が炭素原子 C が存在し、炭素に結合した水素原子は描かれていません。

ヒント
化合物の名前には、初めて合成された新しい化合物であっても、名前を聞いただけでその構造を伝えられるようするために、系統的な規則に則った名前(通称 IUPAC 名) が命名されます。しかし、あまりにも複雑な構造の化合物の場合、そのIUPAC 名は長くなりすぎたり、そもそも規則に従って名前を正しく記述することが難しくなり、律儀に IUPAC 名を使うとかえって不便になる場合があります。そういった場合には、新しい化合物を合成した化学者が、「慣用名」としてニックネームをつける場合があります5。
今回のシクロアワオドリンは、化合物が合成された地名も取りつつ、構造が阿波踊りの様子に似ていることから「シクロアワオドリン」と名づけられましたと言われています1–3。では選択肢の中で、構造が阿波踊りっぽいものはどれでしょうか?

ヒント: 阿波踊りの様子. Wikipedia の阿波踊りのページから引用 (リンク)
正解発表
正解は…

A でした
解説
シクロアワオドリンの名前の「シクロ」は環状の化合物であることを表します。この情報から答えの選択肢を絞り込むと、シクロアワオドリンは環状の構造をしているAかBであろうと予測できます。
そのあとは、化合物を実際に合成した研究者の気持ちになって、「シクロアワオドリン」と名付けたくなる方を選べば、正解にたどり着きます。A の分子の右下部分に注目したとき、OH 基が足、そして六角形の右上と左から生えた線が腕と解釈すると、輪になって阿波踊りを踊っている様子に見えてきませんか? (注釈3も参照)
一方、選択肢 B は、輪になってはいますが、人間の足や腕に対応しそうな部分が見つかりません。というわけでAがシクロアワオドリンであると推測できたあなたは立派な化学者です。

シクロアワオドリンの構造と阿波踊りの対応. 構造上で「腕」と示した部分が, 阿波踊りの女踊りで腕を上げている様子に見えます。またOHの部分が足に対応します. 女踊りの写真は Wikipedia の阿波踊りのページから引用 (リンク).
ちなみに、選択肢 B はカリックス[4]アレーンと呼ばれています。これと似たような化合物は、分子が杯(さかずき)のような形をしていることから、ギリシャ語で杯を意味する calix を取り、さらに芳香族化合物を意味する areneを組み合わせてカリックスアレーンとして知られています。その構成単位の数 n に応じて、カリックス[n]アレーンと呼ばれています。選択肢 C はナノプシャンと呼ばれる人間のような形をした分子群のひとつです4。選択肢Cの分子は、ナノバレーダンサーと名付けられています。
シクロアワオドリンの学術的な意義
今回のクイズの主題であるシクロアワオドリンは、L-ラムノースという糖が6つ輪になってつながった分子です。糖の分子が環状に繋がって出来る分子は、その中央にある空洞部分にいろいろな分子を囲みこむように取り込むことができます。ある構成要素が複数個連なってできる化合物を「オリゴマー」と言い、特に糖分子が複数連なってできたものは「オリゴ糖」と呼ばれるため、シクロアワオドリンは「環状オリゴ糖」に分類されます。
そのような特徴から、環状オリゴ糖は不安定な医薬品をその空洞内部で安定化したり、水に溶けない医薬品の溶解性を向上したり、揮発性の物質を固体に閉じ込めたりすることができます。ありがとう、オリゴ糖。環状オリゴ糖のなかでも、D-グルコースという糖が環状構造を作ることで形成されるシクロデキストリンが有名です。

代表的な環状オリゴ糖であるシクロデキストリンの構造.
環状オリゴ糖はいくつかの種類が開発されてきましたが、シクロアワオドリンの報告以前は、そのすべてが D 体の糖を構成要素とするものでした。西沢先生らは、L 体の糖を構成要素とする環状オリゴ糖を開発することで、従来型のD体のものとはことなる性質を持った空洞ができると考えました。そして、天然で L 体として存在する糖である L-ラムノースを利用して、その環状オリゴ糖を合成し、シクロアワオドリンと名付けたのでした。


化学者の中にはシクロアワオドリンの名前だけは聞いたことがある人は多いと思います。この分子は単に名前が面白い分子ではなく、L体の糖を構成要素とする初めての環状オリゴ糖である、という学術的意味まで含めて雑学を披露できると、化学トリビアとして一層深みが増しますね。
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参考文献/注釈
- Nishizawa, M.; Imagawa, H.; Kan, Y.; Yamada, H. Total Synthesis of Cyclo-l-Rhamnohexaose by a Stereoselective Thermal Glycosylation. Tetrahedron Letters 1991, 32 (40), 5551–5554. https://doi.org/10.1016/0040-4039(91)80081-G
- Nishizawa, M. Synthesis of Cyclooligosaccharides and Creation of .ALPHA.-Cycloawaodorin. J. Syn. Org. Chem., Jpn. 1993, 51 (7), 631–640. https://doi.org/10.5059/yukigoseikyokaishi.51.631
- シクロアワオドリンを報告した元の論文である文献 [1] や その後日本語で書かれた有機合成化学協会の寄稿[2]のような学術論文では、「We propose the common name “α-cycloawaodorm” to 1, the first cyclooligosacchalide of L-series, in connection with the area where the compound has been prepared」1 や「この化合物が生まれた地名を取り,語呂のよさを考慮して α-シクロアワオドリンと命名することにした」2 としか書かれておらず、構造式が阿波踊りの様子に似ていることは正式な論文では明記されていません。しかし Wikipedia のシクロアワオドリンの記載では、朝日新聞の有料記事 (https://www.asahi.com/articles/DA3S13085010.html) を引用し、「構造式が阿波踊りに似ている」ことを西沢教授が指摘したことが記述されています。この記事では、朝日新聞の有料記事まで遡って確認はできませんでした。ところが、ケムステスタッフのポンコツ博士こと NANA-Mer さんとある経路により、シクロアワオドリンを合成した当時の大学院生であり、現在徳島文理大学薬学部の教授/学部長である今川洋先生に確認を取っていただいたところ、今回の記事で示した解釈の図をいただきました。今回の記事に掲載しているのは、今川先生の解説の図を基に、阿波踊りの写真を著作権フリーのものに入れ替えて作成したものです。ご多忙のところ、質問に回答してくださった今川先生に感謝いたします。
- Chanteau, S. H.; Tour, J. M. Synthesis of Anthropomorphic Molecules: The NanoPutians. J. Org. Chem. 2003, 68 (23), 8750–8766. https://doi.org/10.1021/jo0349227
- 記事の中では、「IUPAC名が複雑になる場合に慣用名が使われる」としましたが、他の場合でも慣用名が使われる場合があります。例えば IUPACによる命名法が決まる前にすでに名付けられた化合物で、その名称が既に広く知られているような場合です。































