[スポンサーリンク]

一般的な話題

Illustrated Guide to Home Chemistry Experiments

[スポンサーリンク]

 Illustrated Guide to Home Chemistry Experiments: All Lab, No Lecture (図解・家庭でできる化学実験)という書籍があります。

これは、コンピュータ系出版社として名高いオライリー社から2008年に出版された、化学実験手引書です

「なぜコンピュータ出版社が化学実験の本を?」と、疑問に思われる方、いらっしゃるかも知れません。

 

実はこれ、季刊誌“MAKE”から派生してきた書籍なのです。

2005年に創刊された”MAKE”は、「自分で手作りしつつ理解する楽しみを、DIY・電子工作・サイエンス・アート分野でも味わってもらおう」というコンセプトの雑誌です。日本でいうところの「大人の科学」シリーズみたいなものですね。

 

「Illustrated~」は”MAKE”の思想がベースにあるため、本格的な化学実験をDo It Yourself取り組んでみたい人 (学生はもちろん、化学実験を趣味的にやってみたい大人も含む)が対象読者とされています。つまり、研究者向けの実験手引書ではなく、一般人に化学をもっと知ってもらう目的で書かれた本のひとつです。

 

Slashdot.jpの記事にまとめられていた概要をご紹介します。

 この本の著者は、一般市場向けの化学実験用品が減り、科学教育の質も低下している現状に一石投じるべくこの本をまとめるに至ったとのことで、掲載されている実験は銅の精錬やアルコールの精製、レーヨンの合成から、潜在指紋の採り方や血液の検知法など多岐に渡ります。

WIREDのレビューによると、序盤は研究室ノートの作り方、安全、器材や材料の揃え方などにしっかりとページを割き、安全かつ正しく実験が行えるように計測・ろ過・分離などの実験技術について書かれた章が続き、その後やっと各実験に関する章に入るとのこと。また、この本を書くにあたって著者は自身及び実験者の安全や法的責任を守るため、爆発物や塩酸メタンフェタミン(覚醒剤)の精製など、違法にあたる内容が入らないよう細心の注意を払ったそうです。

著者のRobert  Bruce Thompsonは、12歳の頃から自宅地下室に実験室をもち、様々な化学実験を行う子供時代を過ごしてきました。また大学でも化学を専攻していました。しかし、そういう原体験を経てきた彼にとっては、

 

『現代の子供向け化学キットは”火・ガラス・化学薬品”を必要としないことを誇らしげにしており、”牙を抜かれた”ように魅力がなくなっている。”化学”はそれ自体魅力たっぷりなもので、子供達にとっては魔法そのものにしか見えないのだが、その魅力を伝える力を持つアイテムが、あまりに少ない』

―という失望を抱くに十分な現状だったらしく、これが「Illustrated~」を執筆するモチベーションとなったのだそうです。

 筆者もこの話に興味を持って本書を購入し、ざっと目を通してみました。
“Home Chemistry Experiments”と銘打ってはいますが、洗面器やコップなどではなく、ビーカー・フラスコ・メスシリンダーなどの、ちゃんとした実験器具の使用を前提しています。このため相当に本格的なつくりとなっています。しかし化学のレベルは中高生でも理解可能な範疇であり、また手に入りやすい薬品で実施可能な実験を厳選してもいます。理論的背景・実験手順・安全面での注意・考察事項なども含めてかなり詳しい記述があり、その分量はなんと400ページ以上にわたります。まさに圧巻の内容です。

 科学クラブや理科実験の教材としては、この上なく優れた書籍のひとつでしょう。他に類を見ない良書であるのは間違いありませんが、唯一の難点は英語で書かれていること。日本人にとってやはり敷居の高い書物と言わざるを得ません。広く普及させるには、和訳版の発行こそが必要不可欠となるでしょう。 しかし発行から一年以上がたつ現在においても、和訳版が発行される気配がありません。おそらくは日米の化学物質規制の違いのために、本書の思想を損なわず翻訳するのが難しい、という現実があるのかもしれません。その辺りをどうやって処理するか―これこそが訳者と編集者の腕の見せ所といえるでしょう。

 世界的に見ても”化学”のイメージは良くないようで、日本でも理科離れの進行が嘆かれている現状です。そのような中、本書のような書物が出版されてくるというのは一つの朗報ではないでしょうか。今後もこのような意欲的試みが現れて来ることを願ってやみません。

【2010.9.12 加筆修正】

関連書籍

 

関連リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 【第48回有機金属化学セミナー】講習会:ものづくりに使える触媒反…
  2. 私が思う化学史上最大の成果-1
  3. 第5回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ
  4. ヒドラジン
  5. 化学者のためのエレクトロニクス講座~フォトレジスト編
  6. フラーレンの中には核反応を早くする不思議空間がある
  7. 一度に沢山の医薬分子を放出できるプロドラッグ
  8. 美しきガラス器具製作の世界

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 東芝やキヤノンが優位、微細加工技術の「ナノインプリント」
  2. 三菱化学グループも石化製品を値上げ、原油高で価格転嫁
  3. 第94回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II
  4. 臭いの少ない1,3-プロパンジチオール等価体
  5. 「オプトジェネティクス」はいかにして開発されたか
  6. 味の素と元社員が和解 人工甘味料の特許訴訟
  7. 始めよう!3Dプリンターを使った実験器具DIY:準備・お手軽プリント編
  8. 大阪大学インタラクティブ合宿セミナーに参加しました
  9. 2012年10大化学ニュース【前編】
  10. 最新プリント配線板技術ロードマップセミナー開催発表!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

注目情報

最新記事

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年3月号がオンライン公開されました。早…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 1

さて、日本化学会春季年会の付設展示会ケムステキャンペーンを3回にわたり紹介しましたが、ほぼ同時期に行…

推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進の進め方 -組織で利活用するための実施例を紹介-

開催日:2023/03/22 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

Part 1・Part2に引き続き第三弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

第2回「Matlantis User Conference」

株式会社Preferred Computational Chemistryは、4月21日(金)に第2…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回のPart 1に引き続き第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける従来の実験計画法とベイズ最適化の比較

開催日:2023/03/29 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

待ちに待った対面での日本化学会春季年会。なんと4年ぶりなんですね。今年は…

グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体選択的な酸化的カップリング反応

第493回のスポットライトリサーチは、東京農工大学院 工学府生命工学専攻 生命有機化学講座(長澤・寺…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP