[スポンサーリンク]

ディスカッション

化学を広く伝えるためにー多分野融合の可能性ー

[スポンサーリンク]

みなさんは、化学を専門としない聴衆を前に、化学について語ったことはありますか?

筆者はまだ卒論すら書いていない学部生であり、学会にも参加したことはないため、研究室の外では化学の専門家の前で話をする機会に出会ったことがありません。

そんななか先日、あるイベントで発表する機会がありました。その名も

TeX ユーザの集い 2014

です。2014年11月8日(土)に青山学院大学の青山キャンパスで開かれました。

化学系の参加者はごく少数であるこのイベントの場で、「化学は美しい:LaTeX との融合」という題目で発表してきました。そのときの発表資料は私の個人ブログに PDF 形式でアップしてありますので、まずはそちらをご覧ください。今回はその参加レポートを書くとともに、化学を専門としている、あるいは化学に興味を持っているケムステ読者の方々と一緒に、「より広く化学を伝えるためにはどうすればよいか」、というテーマで考えていきたいと思います。

 

TeX ってなに?

2014-11-09_08-57-23

化学系の方にはなじみが薄いと思われるソフトなので、簡単に TeX について紹介しておきます。

TeX は「テック」または「テフ」と読み、世界中でいまや標準となっている組版ソフトウェアの総称です。つまり、出版・印刷を目的として活字を組むという作業をコンピュータ上で行うためのシステムです。

高価な Adobe InDesign などの市販ソフトウェアとは異なり、無料で提供されていて、さまざまな OS で使えるようになっています。特に TeX は数式の処理が得意なので、数学や物理の分野で特に好まれていますが、直感的な操作ではなくすべてコマンド(命令)を入力して操作する必要があるので、敷居が高いと思われることも多々あるようです。TeX について初歩的な説明を、このページの末尾につけておきますので、興味のある方は参考にしてみてください。

 

イベントについて

avatar_2092e6479a0f_128

TeX ユーザの集いは、例年秋に国内の TeX ユーザが集まり、情報交換や交流の場を設けたものです。招待講演のほか、希望者によるライトニングトーク(LT)が行われます。今回、アセトアミノフェンが発表させていただいたのは、このライトニングトークです。5分という限られた時間の中で、質疑応答なしに気楽に話せるのが、LT の特徴です。

 

化学と異分野の融合可能性の模索

この化学者のつぶやきの記事をお読みの方の多くは、TeX を日常的に使っているわけではないと推測しています。それどころか、TeX という単語を見るのが初めてという方もいらっしゃるかもしれません。もしそうだったとしても当然のことだと思います。というのも、TeX がコマンド操作を基本としていることからわかるように、構造式のような複雑な図を描くにはある程度の熟練が必要だからです。この大きな理由により、とりわけ化学系では TeX の利用は敷居の高いものとなっているようで、私自身、周囲に TeX を使っている人を見かけたことはほとんどありません。そのことから推測する限りでは、化学界で TeX を使っている研究者は実のところ多くないのでしょう。

そのような状況であえて TeX ユーザの集いに参加したのには、理由があります。それは

 

「異分野の方に、もっと化学を知って楽しんでもらいたい」

 

からです。私の発表資料では、PDF ファイルにアニメーションやムービー、3Dモデルを埋め込み、ビジュアルに訴えかけるような工夫を凝らしました。この PDF ファイルは全体的な構成という重要な部分をすべて TeX から出力して作成しました。数あるフリーソフトの中でも、このようにマルチメディアを PDF に埋め込む機能を有しているものは TeX しかありません

今回の TeX ユーザの集いでは、これまで日本国内ではほとんど使われてこなかった「マルチメディアのキャリアとしての PDF の活用」と、それを可能にする TeX についての技術発表を行いました。これを機に、化学という分野に対する一定の認知を得ることができたのではないかと期待しています。

 

今度は化学からのアプローチ

しかし、逆に今度は化学を専門とするケムステ読者の方々、あるいはこの記事を訪れた全ての方々に、「化学を発信する方法」と「多分野のかかわり」のありかたを考えていただきたいと思っています。

まず、世間一般に向けて化学を発信する際に、どのような手段を選ぶか。この選択肢の一つとして、ケムステのような Web サイト形式のほかにも PDF という配布形態が考えられうることを知っていただければ幸いです。レイアウトを維持できる PDF は、環境によってレイアウトが変わる PowerPoint より汎用性があることからも、一定の有用性があるはずです。今回の発表で、私は PDF ファイルをそのままプレゼンテーションに用いました。例えば、こちらの記事でもプレゼンテーションに PDF 形式を推奨しています。PDF の作成手段として TeX は確実な方法の一つですので、もし余裕がある方は試してみていただきたいと思います。

そして、専門でない方々にどのようにして化学のおもしろみを伝えるかマルチメディアの活用は、適切な箇所で用いれば非常にインパクトのあるものになります。今回の TeX ユーザの集いでも、技術発表というよりはむしろ化学の話にほとんどの発表時間を割き、一定の関心を得ることができたのではないかと感じています。場に応じた効果的なプレゼンテーション方法を模索してみるのも、化学を伝えるうえで大切です。

ただ、TeX というツールを化学専門の方全てに使ってほしいとは私は思っていません。しかし、TeX のユーザは世界中にいて、分野を問わず多方面で利用されています。異なる分野で研究活動をしている方や出版への応用を考えている方にとって興味の対象である TeX の存在を知っておくことは、その分野を理解する助けになるかもしれません。

化学を発信すると同時に、異分野に対する理解を深めていくことが、めぐりめぐって化学界に対する世間からの理解につながる可能性を、私は信じています。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

付録:TeX の簡単な説明

多くの人は LaTeX というマクロ集を一緒にインストールして使っていますので、この記事では LaTeX のことを単に TeX とよぶことにします。

TeX ではすべての命令をコマンド操作で行います。例えば

\documentclass{jsarticle}
\begin{document}
こんにちは、\LaTeX を使ってみましょう。
\end{document}

 

のようなテキストファイルを「test.tex」という名前で保存し、コマンドライン(コマンドプロンプトまたはターミナル)から

platex test.tex
dvipdfmx test.dvi

 

と順に入力すると、test.pdf という PDF ファイルができます。ロゴが \LaTeX という命令で出力されています。

ChemStation-latex-test

TeX は数式の処理が得意なので、数学や物理の分野で特に好まれています。例えば「test.tex」を以下のように書き換えた場合は

\documentclass{jsarticle}
\begin{document}
\[
\left( \int _0 ^\infty \frac{\sin x}{\sqrt{x}} dx \right) ^2
= \sum _{k=0} ^\infty \frac{(2k)!}{2^{2k} (k!)^2} \frac{1}{2k+1}
= \prod _{k=1} ^\infty \frac{4 k^2}{4 k^2 - 1}
= \frac{\pi}{2}
\]
\end{document}

ChemStation-latex-math

このように綺麗な数式が出力されます。TeX に慣れてくると、フォントやスタイルなどのデザインを自分なりにカスタマイズしたり、最終的には出版品質に劣らない文書やスライドを作成できるようになります。より詳しくは TeX Wiki または関連書籍をみてください。

 

関連記事

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4839928401″ locale=”JP” title=”ノンデザイナーズ・デザインブック フルカラー新装増補版”] [amazonjs asin=”4774166138″ locale=”JP” title=”伝わるデザインの基本 よい資料を作るためのレイアウトのルール”] [amazonjs asin=”4774160458″ locale=”JP” title=”改訂第6版 LaTeX2ε美文書作成入門”]
Avatar photo

アセトアミノフェン

投稿者の記事一覧

工学(修士);専門は応用化学・生物物理学。会社員です。

関連記事

  1. ケムステタイムトラベル2011~忘れてはならない事~
  2. 分子構造を 3D で観察しよう (3):新しい見せ方
  3. 模型でわかる【金属錯体型超分子】
  4. MI-6 / エスマット共催ウェビナー:デジタルで製造業の生産性…
  5. 研究室での英語【Part 2】
  6. 化学CMアップデート
  7. 機械的刺激による結晶間相転移に基づく発光性メカノクロミズム
  8. ニトリル手袋は有機溶媒に弱い?

注目情報

ピックアップ記事

  1. NPG asia materialsが10周年:ハイライト研究収録のコレクションを公開
  2. 肥満防止の「ワクチン」を開発 米研究チーム
  3. 光速の文献管理ソフト「Paperpile」
  4. ダイセル化学、有機合成全製品を値上げ
  5. 銀イオンクロマトグラフィー
  6. フィッツィンガー キノリン合成 Pfitzinger Quinoline Synthesis
  7. ファラデーのつくった世界!:−ロウソクの科学が歴史を変えた
  8. ボロントリフルオリド – エチルエーテル コンプレックス : Boron Trifluoride – Ethyl Ether Complex
  9. 第90回―「金属錯体の超分子化学と機能開拓」Paul Kruger教授
  10. 革新的医薬品の科学 薬理・薬物動態・代謝・安全性から合成まで

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年11月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP