第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研究室)博士後期課程2年の鈴木慎二郎さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、ベンゼン環が7つ直線状に連なった「ヘプタセン」の光物性に関する研究です。山田研究室では、有機化学を基盤とした新規有機材料の合成と機能開拓に取り組んでいます。特に、前駆体法を利用したπ共役拡張芳香族化合物の開発、機能性材料の集積プロセスと有機エレクトロニクス特性の開拓、基板表面支援合成によるナノカーボン材料の開発、典型元素化学に基づく新規物質の創製を柱に、幅広い研究を展開しています。今回は、光照射によって目的分子を生成する「光前駆体法」を用いてヘプタセン誘導体を合成し、その薄膜中における「一重項分裂(シングレットフィッション)」の観測に成功しました。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌の原著論文および京都大学のプレスリリースに公開されています。
“Observation of Photophysical Processes of a Heptacene Derivative: Monomeric Behavior in Homogeneous Solution and Singlet Fission in Thin Film”
Suzuki, S.; Sakai, H.; Yamauchi, M.; Hayashi, H.; Mizuhata, Y.; Kato, T.; Hirose, T.; Hasobe, T.; Yamada, H. J. Am. Chem. Soc., 2026, 148, 6000–6011. DOI: 10.1021/jacs.5c14689
研究を指導されている山田容子 教授から、鈴木さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
山田先生
鈴木君は修士1年で私たちの研究室に進学し、ヘプタセン一筋で研究を積み重ねてきました。前駆体の合成自体のステップ数が長い上に、途中で異性体の分離も必要ですし、合成だけでも大変です。しかも本人も記載している通り、ヘプタセンは容易に酸化や2量化が起こるので、厳密にアルゴン置換し、最適化した濃度の溶液中で、測定の直前に光反応でヘプタセンに変換し、すぐに測定する必要があります。まとめて測定試料を準備して、ゆっくり測定するということはできず、段取り良く、迅速かつ厳密な条件で繰り返し実験する必要があるのですが、鈴木君は、静かに闘志を燃やしつつ常に研究を俯瞰し、迷うことなく根気よく実験を続け、その結果、ヘプタセンの化学に新しい知見を加えることができました。
これは、多くの共同研究者のご協力をいただくと同時に、鈴木君だからこそできた研究だと思っています。益々研鑽を積んで、研究者として活躍してほしいと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
アセンはベンゼン環が同一直線上に連なった分子の総称です。特にベンゼン環を五つ持つペンタセンは、有機半導体材料として高いポテンシャルを秘めており、盛んに研究が行われています。しかしながら、アセンは長さが伸びるにつれて安定性や溶解性が下がるという欠点があります。ベンゼン環を七つ持つアセンであるヘプタセンは、容易に酸素による酸化やヘプタセン同士による二量化反応を起こすためそもそもの合成が困難であり、その物性の多くは未解明のまま残されています。
アセンによく見られる一重項分裂現象もヘプタセンで明らかになっていないことの一つでした。一重項分裂とは、二分子の相互作用によって一つの励起一重項から二つの励起三重項が発生する物理現象で、これの利用によって太陽光電池の光電効率における理論限界を突破できる可能性などが示唆されています。
本研究では、置換基を導入して安定性と溶解性を向上させたヘプタセン誘導体を設計しました。加えて光前駆体法を用いて、測定の直前に目的物をその場で光照射によって合成し、二量化などで失われる前に測定を完了することで、様々な物性の解明に成功しました。特に過渡吸収分光測定を行うことで、溶液状態・薄膜状態の両方での励起ダイナミクスの詳細を得ることに成功し、ヘプタセンの一重項分裂の進行を裏付ける速度論的な実験的知見を初めて得ることに成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
合成で工夫した箇所としては、経路の途中でアントラセン骨格にDiels-Alder反応を行う必要があるのですが、当初オートクレーブを用いて反応をさせたところ、反応時間が三日ほどかかるうえに収率も5%以下と非常に悪かったので、当研究室で誰も使っていなかったマイクロ波反応装置に切り替えたところ、収率は10%ほどでしたが反応時間は3時間ほどでよくなりました。これならいけそうだと思い、温度・時間・等量・濃度と様々な反応条件を検討し、最終的に45%~55%くらいまで安定して収率を出せる条件を見つけました。
化合物の測定では、光変換条件がサンプルの濃度や容器の形状によってかなり変わり、かつ測定の直前に光変換を行う必要があるため、過渡吸収測定を慶応大学の羽曾部先生の研究室で行う度に、サンプルを送付するのではなく新幹線でサンプルを京都から横浜まで持参し、羽曾部研で光変換を行うという方法をとりました。光変換条件を統一できて、かつ現地で測定を行う羽曾部研の酒井先生とその場でディスカッションも出来たため出張の甲斐がありました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
測定において、薄膜の過渡吸収測定が非常に大変でした。今回の化合物は光変換で測定直前に合成できるとは言え、薄膜状態であれば2~3時間もすれば吸光度が半分ほどになってしまうほどの安定性なので、同じ薄膜での測定は2~3回が限度でした。その上、一重項分裂は分子間相互作用によるものであるものの、分子間が近すぎると二量化反応が進んでしまうため、観測は「分子同士がそれなりに近接していながら、二量化反応が起こらない程度に離れている」場所で行う必要がありました。当然肉眼ではそういった箇所が分からないので、とにかく測定母数を増やしました。また、少しでも結晶性が高くなるように、光変換で分子構造が変化する時に熱を加えることで分子の運動性を上げ、ヘプタセンがπ-スタックしやすくなるようにする等の工夫も行いました。
過渡吸収測定の光源の都合上なるべく同じ日に多くの測定を行いたかったため、始発近くの新幹線で横浜に向かい23時近くまで測定を行うといったスケジュールで、条件検討や再現性確認のために何度も出張に行きましたが、かなり大変でした。測定を行ってもらい、さらに大量のデータを解析して頂いた酒井先生には本当に頭が上がりません。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学という分野に対して、特にこれまで世の中に存在しなかった物質を自分で創り出せるという所にとても強く惹かれています。なので、チャレンジ精神を大事にしつつ、これからも新しい分子を開発していって、ユニークな物性や面白い現象などを発見していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ヘプタセンは合成が難しいために物性があまり明らかになっていないというのは上の方で記したとおりですが、そのため実験すればするほど新たに分からないことが増えていき、実験の予定がさらに増えるという過程を繰り返した結果、化合物を合成してから論文が公開されるまで二年弱もの時間がかかってしまいました。しかし同時にその分結果が積み重なったということでもあり、それだけしっかりとした論文に出来たと感じています。
実験を行うほど分からないことが増えるとき、それを泥沼のように感じるかもしれませんが、それらを実験結果から議論し、仮説を立てて、それを検証するための実験や計算を行うというプロセスは科学そのものだと思うので、一歩ずつ積み重ねて未知を開拓していく喜びを大事にしてほしいと感じます。
最後になりますが、ご指導を賜りました山田 容子教授ならびに山田研究室の皆様、過渡吸収測定をして下さった慶應義塾大学の酒井 隼人先生、羽曾部 卓教授、理論計算をして下さった東京大学の廣瀬 崇至准教授に心より感謝申し上げます。また、このような機会をいただきましたChem-Stationスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
研究者の略歴

名前 : 鈴木 慎二郎 (すずき しんじろう)
所属 : 京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室 (山田研究室) 博士後期課程二年
略歴 :
2023年 3月 京都大学理学部 卒業
2025年 3月 京都大学理学研究科 化学専攻 博士前期課程 修了
2025年 4月~現在 京都大学理学研究科 化学専攻 博士後期課程 在学中






























