[スポンサーリンク]

一般的な話題

保護基のお話

[スポンサーリンク]

 複数の官能基を持つ化合物を合成するとき、ある官能基のみを選択的に反応させたい、ということが良くある。

 例えば図1を見てほしい。3つあるヒドロキシル基のうち、1つだけを酸化してアルデヒドにしたい。しかしこのケースにおいては、そのままだと他の二つともども酸化されてしまう。どうすればよいだろうか?


図1:選択的に反応させたいなぁ・・・

 こういう場合には図2の青色で示したように、エーテルやエステルといった、酸化に不活性な官能基に一時的に変えておけば良い


図2:選択的に反応できたよ

 こういった目的に使われる、着脱可能な官能基を保護基(Protecting group)という。今回のトピックでは、この”保護基”について簡単に解説してみたい。

 

  保護基の性質

 保護基は上で述べたように、特定の化学反応から官能基を保護する(化学安定性を高める)ことが主たる使用目的である。目的に応じた安定性を得るべく、さまざまな種類の保護基が開発されている。

 その他にも、以下のような特性を期待して使うことも多い。

 ① 溶解性の向上・極性の低減: 糖質やアミノ酸は合成出発物質としてしばしば利用される。しかし化合物の極性が高く、多くの有機溶媒に溶けにくい。水相に移行したり、分離担体に吸着されてしまい収率の低下を招くこともある。極性官能基を保護してやることで、この点を改善させることができる。

 ② 結晶性の向上: 合成中間体を精製する場合、特に大スケールの場合にはカラムクロマトグラフィーの使用がはばかられることが多い。再結晶の積極的使用を考えたい場合、保護基を適切に選択し、結晶性の向上を期待することが多い。単結晶が得られれば、X線結晶構造解析によって3次元構造も決定できるため、分析的観点からも重要である。この目的には、ブロモ基やニトロ基、芳香環を含む保護基をチョイスすることが多い。

 ③ 生物活性の変化: 生理活性物質は、極性官能基を介して生体高分子と相互作用することが多い。保護基を導入すると、極性官能基が遮蔽される。このため、一般に生物活性は低減する。

 ④ 揮発性の変化: 保護基を導入すると分子量が大きくなり、沸点が上昇する。これにより、減圧下での溶媒留去や乾燥が容易になる。一方、アルコールをメチルエーテル、トリメチルシリルエーテル等にすると、分子量の増加度の割に極性低下が大きく、結果として揮発性が増すことが多い。これにより、質量分析やガスクロマトグラフィなどによる分析が容易になる。

 ⑤ 構造解析の易化: 本来UV吸収をもたない化合物に、強いUV吸収をもつ保護基(ベンゾイル基など)を導入するなどの手法が一般的である。これにより、HPLCなどでの高感度検出が可能となる。

 ⑥ 反応性の変化: 嵩高い保護基を用いて近傍の反応点を遮蔽したり、配位性保護基を用いて化学選択性の制御を行うことも可能。

代表的な保護基

 保護基には、保護しやすいだけでなく、脱保護しやすいという性質も重要である。最終化合物は保護されていないケースが多いので、最終的に取り外すことが出来なければ意味がない。

 目的に応じ多種多様な保護基が開発されているが、合成をうまく進めるには、それぞれの特徴を学び、場合に応じて使い分けなくてはいけない。

 表1に、アルコールの保護に用いられる、代表的な保護基の略称・脱保護の条件などを示しておく。他の保護基については、ODOOSに情報を登録してあるので参考にしてほしい。

構造 名称(略称) 脱保護条件
ベンジル (Bn) ・H2,Pd/C
・Na/NH3 など
p-メトキシフェニルベンジル (PMB or MPM) ・Bnと同様
・DDQを用いる酸化条件
メトキシメチル (MOM) ・HCl/MeOHなどの酸加溶媒分解
・MeBBr2 など
トリメチルシリル (TMS) ・AcOH/H2O/THFなどの酸加水分解
・TBAF、HF-Pyなどのフッ素アニオン源
・安定性は TMS<TES<TBS
トリエチルシリル (TES)
t-ブチルジメチルシリル(TBS)
アセチル (Ac) ・塩基性条件下加水分解
・DIBAL・LAH還元など
ベンゾイル (Bz)
トリチル (Tr) ・酸加水分解など

表1:アルコールの代表的な保護基

実際の活用例

それでは実際の論文より、保護基の使用例と脱保護例をいくつか取り上げてみよう。

 図3の例では、1)でMPM基を除去、b)でTBS基を導入している。


図3

 図4の例では、条件の違いでTBS保護のパターンが異なっている。

 


図4

 図5の例では、1)でアセチル基保護、2)でMEM(2-メトキシエトキシメチル)基を除去している。MEM基を脱保護したアルコールのみを光延反応によって反転させる予定となっている。アセチル保護は、そのために必要である。

図5

おわりに

 以上見てきたが、保護基は保護・脱保護のプロセスが必要なため、工程数の増加という本質的問題点を含んでいる。しかしながら、現代においてもなお、有機合成には欠かせないものといえる。近年では保護基に機能を持たせ、従来不可能であった変換を進行させるような研究例も報告されている。これを機会に勉強してみるとよいだろう。

(2001.2.5 byブレビコミン、2008.6.20 加筆修正 by cosine)
(※本記事は以前より公開されていた記事を「つぶやき」に移行し、加筆修正を施したものです)

関連書籍

[amazonjs asin=”1118057481″ locale=”JP” title=”Greene’s Protective Groups in Organic Synthesis”]

関連リンク

Protecting Group (Wikipedia)
・Protective Group (A.Myers’ Group;PDF)
保護基 (Wikipedia日本)
Protecting Groups (organic-chemistry.org)
Protecting Groups – Stability (organic-chemistry.org)
Protecting Groups

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. iPhone/iPodTouchで使える化学アプリケーション 【…
  2. カチオンキャッピングにより平面π系オリゴマーの電子物性調査を実現…
  3. ポルフィリン化学100年の謎を解明:calix[3]pyrrol…
  4. 「糖化学ノックイン」の世界をマンガ化して頂きました!
  5. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(5)
  6. 【速報】2010年ノーベル物理学賞に英の大学教授2人
  7. Reaction Plus:生成物と反応物から反応経路がわかる
  8. 向かい合わせになったフェノールが織りなす働き

注目情報

ピックアップ記事

  1. 3-メチル-1-フェニル-2-ホスホレン1-オキシド:3-Methyl-1-phenyl-2-phospholene 1-Oxide
  2. 第32回 BMSコンファレンス(BMS2005)
  3. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度【第二弾】
  4. 4,7-ジブロモ-2,1,3-ベンゾチアジアゾール:4,7-Dibromo-2,1,3-benzothiadiazole
  5. ベックマン転位 Beckmann Rearrangement
  6. 不正の告発??
  7. サラシノール/Salacinol
  8. N-ヨードサッカリン:N-Iodosaccharin
  9. マテリアルズ・インフォマティクスの導入・活用・推進におけるよくある失敗とその対策とは?
  10. 典型元素を超活用!不飽和化合物の水素化/脱水素化を駆使した水素精製

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2008年6月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP