[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

[スポンサーリンク]

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非標準アミノ酸(Non-canonical amino acids: ncAAs)を立体選択的に合成可能である。

光駆動型生体触媒を用いるncAAsの合成

光駆動型生体触媒反応は、元来は酵素が触媒しない反応も実現可能なことから、近年精力的に研究される[1]。これらの反応はとりわけ、ラジカル反応による炭素–炭素結合形成に際して、高度な立体制御が可能な点で有用である[1-3]。これまでに、求電子剤同士のクロスカップリング反応[2]や酵素/可視光レドックス協働触媒反応[3]などが開発されており、そのどれもが高いエナンチオ選択性を示す(図1A)。一方で、これらの反応は例外なく、還元的もしくは“redox-neutral”な反応であり、求核剤同士の酸化的なsp3sp3クロスカップリング反応の報告は皆無だった。

光駆動型生体触媒として機能する酵素は数種類報告されているが[4]、なかでもピリドキサールリン酸(PLP)依存性酵素は、従来、二電子機構のncAAs合成に利用されてきた(図1B)[5]。ncAAsは、遺伝子に直接コードされてはいないものの、生理活性物質やペプチド医薬品に遍在するアミノ酸である[6]。最近、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のYangらは、独自に改変したPLP依存性酵素と可視光レドックス触媒を協働させることで、連続不斉中心をもつ新規ncAAsの合成を達成した(図1C)[7]。本反応では、アミノ酸b位の脱ヒドロキシル化に伴い、補酵素PLPがアミノ酸とアミノアクリレートを形成する。続いて、可視光照射によりトリフルオロボラート塩から生じた炭素ラジカルが、酵素の活性中心でアミノアクリレートに付加し、高ジアステレオ、エナンチオ選択的にβ位が置換されたncAAsを与える。

今回、同著者らはアミノ酸a位を修飾するPLP依存性酵素を選定し、可視光レドックス触媒共存下、適切な酸化剤を添加することで、a-アミノ酸とアルキルホウ素試薬との酸化的クロスカップリングが進行することを見いだした(図1D)。さらに、指向性進化法に基づく酵素改変により、収率および立体選択性の向上のみならず、連続不斉中心やa位に四級不斉中心を有する未開拓のncAAsの合成も達成した。

図1. (A) 光駆動型生体触媒によるC–C結合形成 (B) 非標準アミノ酸(ncAAs) (C) 可視光レドックス–PLPラジカル生体触媒を用いる-アミノ酸のクロスカップリング (D) -アミノ酸の酸化的クロスカップリング

 

“Stereoselective amino acid synthesis by photobiocatalytic oxidative coupling”
Wang, T-C.; Mai, B. K.; Zhang, Z.; Bo, Z.; Li, J.; Liu, P.; Yang, Y. Nature2024, 629, 98–104. DOI: 10.1038/s41586-024-07284-5

論文著者の紹介
研究者:Yang Yang
研究者の経歴:
2011                  B.S., Peking University of Technology, China (Prof. Jianbo Wang)
2016                  Ph.D., Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Stephen L. Buchwald)
2016-2018                  Postdoc, University of California, Barkley, USA (Prof. Jeffrey R. Long)
2018-2020                  Postdoc, California Institute of Technology, USA (Prof. Frances H. Arnold)
2020–           Assistant Professor, University of California, Santa Barbara, USA
研究内容:酵素改変およびそれらを利用したラジカル反応の開発

研究者:Peng Liu
研究者の経歴:
2003                B.Sc. in Chemistry, Peking University, China (Prof. Wenjian Liu)
2006         M.Sc. in Chemistry, University of Guelph, Canada (Prof. John D. Goddard)
2010         Ph.D. in Chemistry, University of California, Los Angeles, USA (Prof. Kendall N. Houk)
2010-2014 Postdoc, University of California, Los Angeles, USA (Prof. Kendall N. Houk)
2014-2019 Assistant Professor, University of Pittsburgh, USA
2019–          Associate Professor, University of Pittsburgh, USA
研究内容:量子化学計算を用いる反応機構解析および触媒開発

論文の概要

リン酸緩衝液中Thermotoga maritimaトレオニンアルドラーゼ(TmTA)を改変したTmPLPa1および(fac)-Ir(ppy)3存在下、酸化剤としてCo(NH3)6Cl3を添加し、可視光を照射することで、ボロン酸エステル1とグリシン2との酸化的クロスカップリングが進行する(図2A)。本反応は、様々なベンジルボロン酸エステル(1a-1c)に加え、アリルボロン酸エステル1dにも適用でき、対応するncAAs(3a3d)をエナンチオ選択的に与えた。加えて、光触媒を4CzIPNに変更することで、a位に四級不斉中心を有する3eが得られた。また、ホウ素試薬をトリフルオロボレート塩1fに変更し、TmTAの改変体TmPLPa2と4CzIPNを協働させることで、連続する不斉中心を有する3fの合成にも成功した。

著者らは反応機構を次のように想定している(図2B)。リシン残基から解離したPLPが、アミノ酸2と外部アルジミンIIを形成する。続いて、酸性度が向上したアミノ酸a位が脱プロトン化され、キノノイドIIIを与える。ここで、光触媒のカチオン種PC+による一電子酸化を受け、アルキルホウ素試薬1から生じた炭素ラジカル1’が、酵素の活性中心でIIIへ立体選択的に付加する。最後に、中間体IVPC+に酸化されることで、ncAA 3が得られる。なお、光触媒PCは可視光照射により励起された後、三価のコバルトに酸化されることで、カチオン種PC+を与える。

図2. (A) 最適条件と基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 

以上、PLP依存性酵素および可視光レドックス触媒を用いた協働触媒系による、a-アミノ酸とアルキルホウ素試薬との酸化的クロスカップリング反応が開発された。酵素にスポットライトを当てることで、自然界に存在しない反応性を獲得した格好の例と言えるだろう。

参考文献

  1. Emmanuel, M. A.; Bender, S. G.; Bilodeau, C.; Carceller, J. M.; DeHovitz, J. S.; Fu, H.; Liu, Y.; Nicholls, B. T.; Ouyang, Y.; Page, C. G.; Qiao, T.; Raps, F. C.; Sorigué, D. R.; Sun, S.-Z.; Turek-Herman, J.; Ye, Y.; Rivas-Souchet, A.; Cao, J.; Hyster, T. K. Photobiocatalytic Strategies for Organic Synthesis. Chem. Rev. 2023, 123, 5459–5520. DOI: 10.1021/acs.chemrev.2c00767
  2. Fu, H.; Cao, J.; Qiao, T.; Qi, Y.; Charnock, S. J.; Garfinkle, S.; Hyster, T. K. An Asymmetric sp3sp3 Cross-Electrophile Coupling Using ‘Ene’-Reductases. Nature 2022, 610, 302–307. DOI: 1038/s41586-022-05167-1
  3. Ye, Y.; Cao, J.; Oblinsky, D. G.; Verma, D.; Prier, C. K.; Scholes, G. D.; Hyster, T. K. Using Enzymes to Tame Nitrogen-Centred Radicals for Enantioselective Hydroamination. Nat. Chem. 2023, 15, 206–212. DOI: 10.1038/s41557-022-01083-z
  4. (a) Emmanuel, M. A.; Greenberg, N. R.; Oblinsky, D. G.; Hyster, T. K. Accessing Non-Natural Reactivity by Irradiating Nicotinamide-Dependent Enzymes with Light. Nature 2016, 540, 414–417. DOI: 1038/nature20569 (b) Huang, X.; Wang, B.; Wang, Y.; Jiang, G.; Feng, J.; Zhao, H. Photoenzymatic Enantioselective Intermolecular Radical Hydroalkylation. Nature 2020, 584, 69–74. DOI: 10.1038/s41586-020-2406-6
  5. (a) Fesko, K.; Strohmeier, G. A.; Breinbauer, R. Expanding the Threonine Aldolase Toolbox for the Asymmetric Synthesis of Tertiary a-Amino Acids. Appl. Microbiol. Biotechnol. 2015, 99, 9651–9661. DOI: 10.1007/s00253-015-6803-y (b) Phillips, R. S. Synthetic Applications of Tryptophan Synthase. Tetrahedron Asymm. 2004, 15, 2787–2792. DOI: 10.1016/j.tetasy.2004.06.054
  6. (a) Hickey, J. L.; Sindhikara, D.; Zultanski, S. L.; Schultz, D. M. Beyond 20 in the 21st Century: Prospects and Challenges of Non-Canonical Amino Acids in Peptide Drug Discovery. ACS Med. Chem. Lett. 2023, 14, 557–565. DOI: 1021/acsmedchemlett.3c00037 (b) Hedges, J. B.; Ryan, K. S. Biosynthetic Pathways to Nonproteinogenic a-Amino Acids. Chem. Rev. 2020, 120, 3161–3209. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00408
  7. Cheng, L.; Li, D.; Mai, B. K.; Bo, Z.; Cheng, L.; Liu, P.; Yang, Y. Stereoselective Amino Acid Synthesis by Synergistic Photoredox-Pyridoxal Radical Biocatalysis. Science 2023, 381, 444–451. DOI: 1126/science.adg2420
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ
  2. あなたの分子を特別なカタチに―「CrystalProtein.c…
  3. 化学者にお勧めのノートPC
  4. 未来のノーベル化学賞候補者
  5. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策
  6. IASO R7の試薬データベースを構造式検索できるようにしてみた…
  7. 【基礎からわかる/マイクロ波化学(株)ウェビナー】 マイクロ波の…
  8. がん代謝物との環化付加反応によるがん化学療法

注目情報

ピックアップ記事

  1. PACIFICHEM2010に参加してきました!③
  2. Noah Z. Burns ノア・バーンズ
  3. リアル『ドライ・ライト』? ナノチューブを用いた新しい蓄熱分子の設計-前編
  4. ご注文は海外大学院ですか?〜準備編〜
  5. 有機合成化学協会誌2023年10月号:典型元素・テトラシアノシクロペンタジエニド・二重官能基化・パラキノジメタン・キナゾリノン
  6. 第70回―「ペプチドの自己組織化現象を追究する」Aline Miller教授
  7. とある難病の薬 ~アザシチジンとその仲間~
  8. 実用的なリチウム空気電池の サイクル寿命を決定する主要因を特定
  9. 複雑なモノマー配列を持ったポリエステル系ブロックポリマーをワンステップで合成
  10. 第8回平田メモリアルレクチャー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP