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スポットライトリサーチ

世界初!炭素で架橋した“真の”1,3-ビスゲルミレンの合成に成功

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第673回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(化学研究所・山田研究室)博士後期課程3年の内田 大地 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、新奇ゲルマニウム化合物に関する研究です。

ゲルマニウム等14族元素の通常よりも低い酸化数を持つ低原子価化合物は、炭素とは異なる立体構造や電子状態を示し、新たな触媒・電子材料への応用が期待されています。2価のゲルマニウムを含むカルベン(R2C:)の類似構造(R2Ge:)はゲルミレンと呼ばれ、そして2つのゲルミレンユニットを単原子架橋した化合物は1,3-ビスゲルミレンと呼ばれます。これまで報告された1,3-ビスゲルミレンはヘテロ原子(N, O, S)で架橋されており、ヘテロ原子によって安定化された化合物でした。今回、かさ高い配位子を利用することにより炭素(C)で架橋された1,3-ビスゲルミレンを合成し、その動的挙動や反応性を報告されました。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文に掲載、Hot Paperに選出されており、プレスリリースに公開されています。

Reactivity of a Methylene-Bridged 1,3-Bis(germylene) in Dynamic Equilibrium with Its Dimer
Uchida, D.; Yukimoto, M.; Tokitoh, N.; Yamauchi, M.; Yamada, H.; Mizuhata, Y., Angew. Chem. Int. Ed., 2025, 64, e202508927. DOI: 10.1002/anie.202508927

研究を指導された水畑吉行 准教授から、内田さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

内田さんは研究の本質や要点を見極める眼が鋭く、試行錯誤を恐れずに取り組みながらも、常に効率よく研究を前進させる姿勢が印象的です。ビスゲルミレンを基質とした今回の反応群では、二か所の高反応性部位ゆえに想定外の反応や特異な構造をもつ生成物が生じることも少なくありませんでしたが、内田さんはそれら一つひとつを丁寧に解析し、前向きに展開してくれました。その誠実で粘り強い姿勢が、新しい電子状態の発見につながったと思います。今後も、内田さんならではの視点から生まれるユニークな化合物を見せていただけることを楽しみにしています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、2つのゲルミレンユニットを1つのメチレン炭素で架橋した1,3-ビスゲルミレンを世界で初めて合成し、その反応性や性質を評価しました。

ゲルミレン(R2Ge:)と呼ばれる二価のゲルマニウム化学種は、炭素のカルベン(R2C:)に対応する構造を持ち、水素や二酸化炭素といった安定な小分子を、遷移金属を用いずに活性化できる可能性があることから、持続可能な元素戦略の鍵として注目を集めています。このような特徴をさらに発展させる構造として、2つのゲルミレンユニットを1つの原子で架橋した1,3-ビスゲルミレンが挙げられます。これまでに報告されている1,3-ビスゲルミレンは、酸素・窒素・硫黄などのヘテロ原子によってゲルミレン同士が架橋された構造のものでした。これらのヘテロ原子は、電子的にゲルミレン部位を強く安定化するため、合成や単離が比較的容易である一方で、1,3-ビスゲルミレン本来の性質を純粋に評価するには適していませんでした。炭素原子によって直接2つのゲルミレンを連結するメチレン架橋1,3-ビスゲルミレンは、ヘテロ原子による安定化効果がないため電子的に不安定になりやすく、これまで合成例が知られていませんでした。

本研究では、当研究室で独自に開発したかさ高い置換基であるTbb基を導入することで、メチレン架橋1,3-ビスゲルミレンの合成に世界で初めて成功し、その性質と反応性の詳細を明らかにしました。特に、本化合物が固体状態で環状二量体を形成し、シクロヘキサ-1,4-ジエンのゲルマニウム類縁体である1,2,4,5-テトラゲルマシクロヘキサ-1,4-ジエン(Ge4CHD)を与えることを明らかにした点は、本研究の大きな成果の一つです。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実は今回の成果は、別の化合物の合成を目指して進めていた研究の中で、寄り道としてふと試してみた反応から得られたものです。特別な工夫というよりも、「うまくいくかわからないけれど、ちょっと試してみよう」という好奇心を大切にしていたことが、この発見につながったと感じています。目的にとらわれすぎず、寄り道を楽しむような姿勢が良い成果を生むこともあると実感することができ、個人的にもとても思い入れのある研究です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究では、得られた化合物の構造が固体状態と溶液中で変化するため、その性質を適切に評価することが大きな課題となりました。当初は、反応性の違いを根拠に溶液中の構造を推定していましたが、それだけでは十分な説得力がないと指摘を受けました。そこで、自分にとって初めてとなるDOSY NMRや固体状態でのUV-Visスペクトル測定を行いました。ただ、この化合物は新規性の高い構造だったため、測定結果を比較できる適切な分子が存在せず、比較用の参照化合物も自分で設計・合成する必要がありました。少し大変ではありましたが、この甲斐あって、結果的には妥当な結論を導くことができたと思っています。

また、1,2,4,5-テトラゲルマシクロヘキサ-1,4-ジエン(Ge4CHD)の構造を理解するうえで、「スルーボンド相互作用」と呼ばれる特殊な軌道間相互作用について考察を深める必要がありました。その際には、Chem-Station様の記事も参考にさせていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は『有機化学美術館』という書籍をきっかけに有機化学の道に進んだこともあり、直感的に「美しい」と感じられる分子を自らの手で合成することに強い魅力を覚え、これまで研究を続けてきました。一方で、近年は基礎研究においても、その意義や将来性がこれまで以上に求められる傾向があると感じています。そのため、最近では、単に「美しい分子」を合成するだけでは不十分であり、応用へと繋がる展望や価値を示すことも重要だと考えるようになりました。こうした、時代とともに変化する基礎研究の在り方に向き合いながら、自分なりに有機化学の可能性を模索していきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

若輩の身でありますので、ここでは私自身の率直な感覚を述べるにとどめます。本研究に限らず、学生時代に挑戦的な研究テーマに取り組む機会を得られたことは、私にとって大きな糧となりました。こうした研究ほどPDCAサイクルを回す機会が多く、その過程で経験が蓄積され、技術や感性を養うことができたと強く感じています。良くも悪くもがむしゃらに研究に打ち込める若いうちに難易度の高い研究に挑むことは、再現性高く研究成果を上げるためにも重要だと考えています。

最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり、測定・解析、そして議論に多大なるご助力を賜りました共著者の先生方ならびに研究室の皆様に、心より御礼申し上げます。また、学会等の場において建設的かつ活発なご意見をお寄せくださった皆様にも、改めて深く感謝申し上げます。

研究者の略歴


名前:内田 大地 (うちだ だいち)
所属:京都大学化学研究所 物質創成化学研究系 有機元素化学領域 (山田研究室)
略歴:
2021年3月 大阪府立大学 生命環境科学域 応用生命科学類 卒業
2023年3月 京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 博士前期課程 修了
現在        京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 博士後期課程3年

関連リンク

  1. 西野 龍平さんの記事(スポットライトリサーチ
  2. 上野 創さんの記事(スポットライトリサーチ

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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