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スポットライトリサーチ

赤色発光する希土類錯体で植物成長促進の実証に成功

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第455回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、大学院工学研究院 庄司 淳 先生にお願いしました。
庄司先生が所属する研究グループは、紫外線を赤色光へ効率的に変換する塗布型の光波長変換透明フィルムを開発し、野菜や樹木の成長促進効果の実証実験に成功しました。
本研究内容は、Scientific Reports誌 原著論文、および、プレスリリースに公開されています。

Plant growth acceleration using a transparent Eu3+-painted UV-to-red conversion film
S. Shoji, H. Saito, Y. Jitsuyama, K. Tomita, Q. Haoyang, Y. Sakurai, Y. Okazaki, K. Aikawa, Y. Konishi, K. Sasaki, K. Fushimi, Y. Kitagawa, T. Suzuki, Y. Hasegawa, Sci. Rep. 2022, 12, 17155.  doi:10.1038/s41598-022-21427-6 

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?

本研究では、3価のユウロピウム(Eu3+)錯体を含む光波長変換材料を使って、太陽光の紫外線を赤色光に変換した光を野菜や樹木に当てることにより、その成長が促進されることを実験的に初めて実証しました。
北海道大学大学院工学研究院の先端材料化学研究室(主宰:長谷川靖哉教授)では、希土類錯体や配位高分子を基盤とした発光体の研究を行っています。希土類イオンの中でもEu3+は赤色に発光します。本研究では、Eu3+錯体を植物育成のための光波長変換材料として使いました。この錯体を使った理由は以下の3点です。

  • 固体状態でも強く発光する(希土類錯体は長谷川研で開発され、すでに一部は市販されている。)
  • 葉にダメージを与えうる紫外線を吸収して、光合成に有効な赤色光に変換する。
  • 植物の光合成に必要な可視光はほとんど吸収しないので、光ロスが少ない。

しかし、次の問題点がありました。

  • 錯体が結晶化しやすく、光波長変換フィルムが白濁してしまうので、錯体を高濃度に含む透明フィルムが作製できていない。
  • 多くのポリマー材料などに含まれる紫外線吸収剤は、Eu3+錯体の光吸収を抑制してしまう。

そこで、本研究では透明フィルム(アモルファス)になりやすいEu3+錯体を形成する配位子に着目しました(Y. Kitagawa, Y. Hasegawa et al., Commun. Chem. 3, 119 (2020))。これを添加剤としてEu3+錯体と混ぜて、農業フィルムに塗ることで発光機能を維持しながら、Eu3+錯体の濃度が高い透明フィルムを作ることができました。この光波長変換フィルムが太陽光の紫外線を吸収して、赤色光を強く発光することも確認しています。

北大の温室ビニールハウスの中にこの透明な光波長変換フィルムを設置して、スイスチャードとカラマツを育成しました。スイスチャードは栄養価の高い葉物野菜であり、サラダにして食べると美味しいです。カラマツは北海道の造林を支える重要な樹木です。光波長変換フィルムを設置したスイスチャードは冬季に成長が促進され、1.2倍の草高、1.4倍の重量があることがわかりました。カラマツの育成においても、光波長変換機能のない通常の農業フィルムよりも成長が促され、幹の直径や苗高が1.2倍、重量が1.4倍になっていることがわかりました。
最近はLEDを使った植物工場などがありますが、光波長変換材料を使った植物育成は太陽光の紫外線を可視光に変換しているので、電力を消費せずに植物の成長を助けることができます。紫外線を必要とする植物もあるので、全ての植物には適用できないかもしれませんが、今回の研究成果が食糧問題とエネルギー問題の解決やSDGsに貢献する一つの手段になると期待しています。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究は私が北海道大学の長谷川研究室に博士研究員として着任した時からすすめていたものです。着任前は光合成色素の研究を行っていたので、着任当初は希土類錯体について全く知識がありませんでした。(当然、農学の研究についても無知でした。)ほとんど何も知らないところからスタートしましたが、もともと光合成色素を研究していたこともあり、発光体で植物を育成する研究プロジェクトは楽しみながら進めることができました。植物を育てるのは時間と労力がかかるので、本当に効果が出るのか心配していましたが、北海道大学農学研究院の鈴木卓教授、実山豊講師、斎藤秀之講師から実際に育った様子を見せていただいたときは、その差に驚きました。今回の研究成果は私一人では絶対に達成できなかったもので、農学部の先生方と長谷川靖哉教授や北川裕一准教授をはじめ、本当にたくさんの方々に支えられ、感謝しています。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究プロジェクトは、北海道大学の工学部・農学部・ロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点・化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)が協力して行った融合的な研究になります。難しかったところは、私を含め、専門分野の異なる研究者がそれぞれ得たデータをお互いに理解して研究をすすめることでした。私は専門が化学なので、農学のデータを見ても最初は全くわかりませんでした。しかし、研究は北海道大学内で行ったものなので、研究者同士のコミュニケーションがとりやすい環境でした。実際に温室ビニールハウスで植物を育てている様子を見たり、現場で定期的に研究について話すこともできました。また、農学部の先生方が丁寧にデータの見方を教えてくださったので、だんだんと研究結果について理解することができるようなりました。本研究は多くの先生と学生さんとの協力によって成果に結びつきました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

スポットライトリサーチに取り上げていただいたのは2回目で、1回目(第235回スポットライトリサーチ)の時と気持ちはあまり変わっていないような気がします。そのときに書いた「学術的に重要な研究と社会に貢献できるような研究の両方をしっかりと行いたい」が今回の研究成果で少し近づいた気がします。今回は農学部の先生たちとの共同研究でしたが、化学をベースにこれからも新しいことにチャレンジして、頑張りたいと思います。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

発光性の希土類錯体・配位高分子について知りたい方は、北海道大学化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)のMANABIYAで教えてもらうことができます。MANABIYAでは実験以外にも計算科学や情報科学についても学ぶことができます。学部生以上の方はぜひ参加してみてください。また、ICReDDやロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点については、YouTubeに紹介動画もあります。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

 

関連リンク:

  1. 北海道大学大学院工学研究院・先端材料化学研究室(https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/amc/
  2. プレスリリース:(https://research-er.jp/articles/view/115786
  3. MANABIYA:(https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja/manabiya
  4. 北海道大学ロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点:(https://robust.eng.hokudai.ac.jp
  5. 北海道大学化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD):(https://www.icredd.hokudai.ac.jp/ja/
  6. 紹介動画(ロバスト):(https://www.youtube.com/channel/UCztsRDdCMHHj311ANVRt1MA/videos
  7. 紹介動画(ICReDD):(https://www.youtube.com/channel/UCoErxZsC2QwvXd9J7x1ScbQ

 

研究者の略歴

名前:庄司 淳 先生
所属:北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、北海道大学 大学院工学研究院 応用化学部門
専門:有機化学、超分子化学
略歴:
2014年9月 立命館大学大学院 生命科学研究科 生命科学専攻博士課程 修了 (民秋研究室)
2014年4月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2014年10月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2016年4月 立命館大学 総合科学技術研究機構 博士研究員 (民秋研究室)
2018年1~3月 ウルツブルク大学 客員研究員 (Frank Würthner研究室)
2019年4月 北海道大学 大学院工学研究院 応用化学部門 博士研究員 (長谷川研究室)
2021年1月 北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD) 特任助教 (長谷川研究室)
2021年4月 北海道大学 大学院工学研究院 応用化学部門 特任助教(兼任)

野口真司

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「国や地域を超えて格差なく化学を享受できる世界」の実現を目指す化学者。尊敬する化合物はTestosterone氏。将来の目標はJeff Seid選手になること。

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