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スポットライトリサーチ

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

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第693回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(佃研究室)の髙野慎二郎 助教にお願いしました。

今回ご紹介するのは、金クラスターの成長に関する研究です。

金クラスターは、バルク(塊状)の金とは異なる原子配列を持ち、金原子が数個から数百個集まってできた特異な構造をもつ超微粒子です。今回、開発された条件下で様々な大きさの金クラスターを合成することにより、金クラスターが逐次的に形成される過程を単結晶X線構造解析によって報告されました。そして、その形成過程において、表面原子数の割合を少なくするような球状ではなく、”針状”に成長することを明らかにされました。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

X-ray Crystallographic Visualization of a Nucleation and Anisotropic Growth in Thiolate-Protected Gold Clusters: Toward Targeted Synthesis of Gold Quantum Needles
Takano, S.; Hamasaki, Y.; Tsukuda, T., J. Am. Chem. Soc., 2025, 147, 33953–33962. DOI: 10.1021/jacs.5c11089

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究ではチオラート(RS)によって保護された金クラスターの形成・成長過程の構造変遷を明らかにしました。さらにその研究の中で“金量子ニードル”と命名した一次元的な構造異方性を持つクラスターが再現性良く合成できることを発見しました。こういった異方的なクラスターは近赤外領域に顕著な光吸収・発光特性を有するため、近赤外光の利活用に有望なナノ構造体であるといえます。

金属原子が数個から百個程度集まってできた金属クラスターと呼ばれる粒子は原子数に依存した多彩な原子配列を有します。原子配列の違いは電子構造の変化に密接に関係しているため、クラスターは一つの元素からできたものであっても構成原子数を変えることで様々な物性を発現できる興味深い物質群であるといえます。これだけを読むと特殊な物質のように感じますが、原子の配列が生み出す性質の変化というものは例えば炭素原子が集合してできた有機化合物でも一般的であることを考えてもらうと、普遍的なものであることを理解しやすいと思われます。一方で、金属クラスターが一般的な有機分子や金属錯体と大きく異なる点としては原子同士の結合による価電子の非局在化が起きやすい点にあります。その典型的な例が本研究でも題材としている金クラスターです。

金は1つの6s電子を価電子として持ち、アルカリ金属と同様に金属の自由電子モデルを考える上で典型的な元素です。s軌道は等方的な分布を持つため、隣り合った原子のs軌道と容易に相互作用して原子同士に広がった軌道を形成します。多数の原子を有する金クラスターではこの相互作用がクラスター全体に広がっていき、新たな価電子軌道が生まれます(図1)。小さなクラスターでは各価電子軌道(原子軌道と区別するために大文字のS、P、D軌道が一般的に使われます)のエネルギー差は大きく、一般的な分子と同様にこの価電子軌道間の電子遷移に基づく特徴的な光吸収が紫外から近赤外域に現れます。表面が被覆されていない“裸”のクラスターは気相のような希薄な系でなければ容易に凝集しますが、表面を有機配位子によって保護すると一般的な有機物や錯体のように安定となり、その構造をX線回折等で決定することができます(図1)。これらの構造と理論研究の結果、配位子で保護された中心の金コアの価電子構造は気相における裸のクラスターと同様であることがわかり、クラスターという物質の構造と性質の関係を理解する研究が飛躍的に進歩してきました(リンク1)。

図1.金原子が集合して金クラスターが形成する時の電子構造の変化の模式図と典型的なチオラート保護金クラスターであるAu25(SC2H4Ph)18の結晶構造図. Au25クラスターの中心にある金コアは正二十面体Au13クラスターであり、その電子構造は“裸”の金クラスターと類似している.

例えばクラスターのサイズが大きくなると価電子軌道間のエネルギー差が縮まっていくため、自由電子的な描像に近づいていき、粒径2 nm程度(原子数で200〜300個)で金属的な性質に基づく局在表面プラズモン共鳴(LSPR)の特徴的な赤紫色が現れるようになります(図2)。

図2. (左)チオラート保護金クラスターの光吸収スペクトルのサイズ依存性と(右)実験的に求められた光吸収端(光学遷移の起きる最低エネルギー)のサイズ依存性.

このようなサイズ(原子数)に依存した非金属から金属への転移は物理化学的に面白い題材であるため多くの興味が持たれ、その閾値サイズを調べる研究(リンク2, 3)が行われており、例えば200個を超える金原子を含む金クラスターの組成を一原子精度で制御した合成が行われ、その構造が単結晶X線回折法により決定されています。これは一般的な有機分子等の構成原子数から考えても驚異的なことではありますが、その一方で小さなサイズの金クラスターに目を向けてみると、それらが錯体からどのように集合して大きなクラスターに成長していくのかといった問いに関しては未解明の部分が多く残っていました。本研究では、このクラスターの形成・成長初期過程における安定クラスターの構造を明らかにすることで、特異な構造と性質を有するクラスターの自在合成に向けた端緒を得ることを目的としました。

本研究ではチオラートを保護配位子として、新たに開発した成長制御合成法を利用することで、金原子数が15から34程度までの小さなサイズ領域のクラスターを混合物として得ました。混合物を分取薄層クロマトグラフィー(PTLC)により精製することで、6つの色調の異なる明瞭なバンドを分離しました(図3上)。各バンドに含まれるクラスターの組成は質量分析により決定し、混合物からなるバンド3を除く5つのバンドはAu15(SR)13 (バンド1)、Au22(SR)18 (バンド2)、Au23(SR)17 (バンド4)、Au34(SR)26 (バンド5)、Au33(SR)25クラスター (バンド6)を単一種として含むことがわかりました。各バンドから得られたクラスターを結晶化し、その構造を単結晶X線回折法によって決定することで各安定種の金属コアの構造変遷を明らかにすることに成功しました(図3中央)。すなわち最も小さなAu15クラスターは四面体Au4ユニットを金属コアとして有し、サイズが大きくなるにつれてAu4ユニットの二量体であるAu8コア(Au22クラスター)、Au4ユニットと三角形Au3ユニットの組み合わさったAu11コア(Au23クラスター)が安定構造として現れることがわかりました(図3下)。金クラスターが成長していく過程ではAu4やAu3ユニットが最小の構成単位となることは理論計算からは提唱されていましたが、本研究はこれを一連の安定種で実験的に明らかにした初めての例となります。

図3. 本研究で単離したクラスターの構造変遷.(上)PTLC写真. (中央)単結晶X線回折により決定した分子構造. 黄色が金、赤色が硫黄、灰色が炭素、ベージュがケイ素原子を表す. 水素は簡略化のため除外した. (下)得られたクラスターの金コアの構造.

さらに成長したAu33とAu34クラスターの構造を決定したところ、予想外の結果として棒状のクラスターであることがわかりました。それらのクラスターの共通のコアはAu3ユニットが4つ反転積層し、一つのAu4ユニットが終端した針状の構造を持つAu16であり、これらもAu4とAu3ユニットが組み合わさって異方的に成長したものであると言えます(図3下)。一般的に表面原子の割合が大きなクラスターサイズの粒子は表面原子の割合を最小化する球形の構造を取りやすいことから、このような異方的な成長生成物が安定種として得られたことは驚くべき結果です。一次元的な異方性を有する金クラスターでは長軸方向に広がった価電子軌道の形成に伴うHOMO-LUMOギャップの低下が起き、顕著な光吸収バンドが波長の長い可視-近赤外領域に現れます。実際にAu33やAu34クラスターは750 nm付近に極大吸収波長を有する吸収バンドを持ち、そのモル吸光係数は典型的な有機色素と同様のオーダーであることがわかりました(図4)。量子化学計算の結果から、この吸収帯は離散化したHOMO-LUMO間の遷移に対応することが示唆されたため、その一次元箱型ポテンシャルの中の粒子に似た電子構造と細長い幾何構造からの類推として、これらのクラスターを“金量子ニードル”と命名しました。量子ニードルの電子構造と幾何構造の関係とπ共役系を有する有機色素分子のそれを比較して考えてみると、ニードルの長さが伸びれば伸びるほど吸収波長は長波長シフトすることが予想できます。実際に本研究に引き続きプレスリリースした研究(リンク4,5)ではさらに長い一連のニードルの合成と、長さに伴って吸収バンドが長波長シフトすることを報告し、さらにニードルには3つの伸長系列があることを明らかにしました。金量子ニードルは顕著な近赤外吸収特性のみならず、量子化された電子構造に基づく近赤外発光特性も有するため(図4)、特異なナノ構造に基づく近赤外光の利活用への応用が期待されます。

図4. 金量子ニードルAu33(SR)25とAu34(SR)26の紫外可視近赤外吸収スペクトルと近赤外発光スペクトル(室温ジクロロメタン溶液). 紫はAu33(SR)25の吸収、緑はAu34(SR)26の吸収に対応. 発光スペクトル(青)の二つのピークは蛍光(短波長側)と燐光(長波長側)に対応.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマではマニアックな部分も含めて工夫した点はたくさんありますが、最も重要な点は2つあります。一つは新しく開発したクラスターの合成法における条件設定であり、もう一つは配位子であるチオールの選定です。前者に関して特に工夫した点は金とチオールの当量を1当量以下に設定した部分です。一般的に金イオンを還元すると容易に凝集して大きな粒子になることから、クラスターのような小さなサイズの粒子を得るためには金に対して3〜5当量という過剰のチオールを加えて成長を止めるのが合成上の常識です。一方で最終生成物であるクラスターの組成を考えてみると必要なチオールの量は1当量よりも少なく、さらに過剰なチオールがクラスターを化学的にエッチングする効果を有するため、成長過程における準安定的なクラスターの分解の恐れもあります。そこで、本研究では穏和な還元剤で還元速度を制御しながら金イオンを還元し、チオール量が少ない条件でも無作為な凝集が起きないようにクラスターの成長を制御し、これまで見過ごされてきた量子ニードルのような面白い構造を持つクラスターを再現良く合成することに成功しました。

また後者のチオールの選定に関しては、以前の研究における知見に基づき結晶性の高い生成物を与えるトリメチルシリルメタンチオールというあまりクラスター合成で利用されていないチオールを選択しました。金クラスターは有機分子や金属錯体に比べると分子サイズが大きく、配位子を含む構造の自由度も多いため結晶化はあまり簡単ではありません。本研究ではチオールを上手に選定することで、これまで組成のみが知られその構造が実験的に決められていなかった各種のクラスターの構造をX線回折によって決定した点も特筆すべき点になります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究テーマに関しては反応条件を適切に設定するところが山であり、その後はスムーズに研究が進み論文の骨子ができるまでは時間がかかりませんでした。実のところ、本研究テーマは本研究の後にプレスリリースを発表した後続の論文(リンク4)を完成させるために始めたものでした。つまり研究テーマの順番としては後に出した論文の方がずっと先に始まっています。後に出した論文の方はある特定のクラスターを非常に高濃度(20 wt%程度)の溶液にして加熱すると融合反応が進行し、量子ニードルが得られるというものです。この研究では色々な検討の結果、量子ニードルのコア構造の断片を持つクラスターが反応に関与していることを推察したのですが、そのクラスターは非常に合成しにくく、報告されている方法では収率や再現性は極めて悪いことが判明しました。この状況を克服するため、別の合成法を開発する必要があり、本研究テーマの着想に至りました。実際本研究テーマで開発した成長制御合成法により、安定的に目的クラスターを大量合成することに成功し、後続の論文を飛躍的に発展させることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

チオラートで保護された金クラスターの研究は30年近い歴史があり、これまで数多くのクラスターの合成が行われてきた結果、実際のところ全く新しい構造を有するクラスターは見つかりにくいようにも感じられる状況にありました。そういった状況の中、量子ニードルのような予想だにしない構造を持つクラスターが新たに見つかったことは純粋な驚きであり、未だにナノスケールの物質の理解が進んでいない事実を突きつけられたものと考えています。これはファインマン博士の“There’s Plenty of Room at the Bottom”という非常に有名な講演タイトル(1959年、リンク6)そのものを体現していると感じており、長年膨大な研究成果が蓄積してきたナノサイエンスにはまだまだ新鮮な発見の余地がたくさん残されていることを期待させてくれます。そういった期待を胸に、今後もナノスケール特異的な物質の新規合成とその評価を通して、ナノサイエンスの発展に少しでも貢献できればと思っています。特に量子ニードルのような近赤外域に特徴的な光応答性を持つ分子は面白い応用も期待できるので、他の専門領域の若手研究者と研究領域を立ち上げて飛躍的な発展を目指しています(リンク7)。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

化学は物質を対象にした実験研究と理論研究が互いに密接に組み合わさった学問領域かと思います。実験系の研究では実験数が最終的な研究の質に与える影響は大きいのは間違いないですが、闇雲に実験だけしても後で結果を解釈するのが大変になります。個人的には仮説を立ててそれを実験により実証する取り組みが最も重要であると考えており、アイデア出しと実験双方をバランス良くやることが研究を楽しむコツかと思います。小さなものでも自分で考えたアイデアが上手くいけば嬉しいですし、アイデアがちゃんとあれば上手くいかない結果をアイデアに基づいて考察することで元のアイデアをより洗練した形にすることにつながります。こういった取り組みの中でごくたまに全く予期していなかった面白い結果を引っ掛けてくることがあり、それが研究の醍醐味かと思います。日々の実験が面白くないと感じている方は実験に少しでも自分のアイデアを足すと全く違った気持ちで取り組めるかもしれませんよ。

最後に本研究を遂行するにあたって自由にテーマ設定を任せてくださっている佃達哉教授と研究室メンバー、共著者の皆さまに感謝申し上げます。本研究はJST CREST (JPMJCR20B2)、科研費 基盤研究B (JP23K26610)、および学術変革領域研究(B) (JP25H01394)、住友財団 基礎科学研究助成の補助により遂行しました。

研究者の略歴


名前:髙野 慎二郎 (たかの しんじろう)
所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 化学反応学研究室 助教
略歴:東京大学理学部化学科卒業(2011年)、東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了(2016年 博士(理学)取得)、東京大学大学院理学系研究科化学専攻特任研究員、特任助教を経て2018年より現職。専門はクラスター科学、物理化学、無機化学。

関連リンク

  1. Takano, S.; Tsukuda, T. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1683–1698. DOI: 10.1021/jacs.0c11465
  2. Negishi, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 1206–1212. DOI: 10.1021/ja5109968
  3. Zhou, M. et al. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 19754–19764. DOI: 10.1021/jacs.9b09066
  4. Hamasaki, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 44680–44685. DOI: 10.1021/jacs.5c14201
  5. 東京大学プレスリリース“末端構造の異なる3系列の金量子ニードルを発見”
  6. Feynman, R. P. Caltech Engineering and Science, 1960, 23(5), 22-36. (PDF)
  7. 文部科学省 学術変革領域研究(B) “スマートナノ粒子の光科学” 領域HP

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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