第664回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(化学研究所・山田研究室)博士後期課程3年の上野創 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、水素結合を利用した有機半導体に関する研究です。
π共役分子の分子集合体から構成される有機半導体薄膜は、分子を溶液に溶解させる調製プロセスにより簡便に作製することが可能です。一方で、水素結合部位を持つ分子では、溶解性の低下や分子配向やパッキング構造の制御が課題とされてきました。今回、溶解性に優れる熱前駆体を用いた薄膜作製法により、複数の水素結合部位を持つ難溶性分子(水素結合性テトラベンゾポルフィリン)からなる半導体薄膜の作製を報告されました。調製した薄膜の優れたデバイス特性や熱耐久性の実証に加え、薄膜中の分子配向と2次元パッキング構造ついても解明されています。
本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Hydrogen-Bond-Directed Supramolecular Organic Semiconductor Thin Films Realized via Thermal Precursor Approach”
Ueno, S.; Yamauchi, M.; Shioya, N.; Matsuda, H.; Hasegawa, T.; Yamamoto, K.; Mizuhata, Y.; Yamada, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2025 ,e202425188. DOI: 10.1002/anie.202425188
研究を指導された山内光陽 助教から、上野さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
上野君は、高専では全国レベルのソフトテニスプレーヤーであり、現在でもフルマラソン大会に定期的に参加するなど、超インドアの私とは全く異なる世界線を走るスポーツマンです。なので、うまくやっていけるか不安でした。冗談です。はじめて会ったのは、私が奈良先端科学技術大学院大学(旧山田研)に着任した時で、当時上野君はM2でした。その際は、ヘテロ元素を含む新規パイ系分子の高難易度合成に力を注いでいましたが、京都大学化学研究所(現山田研)にD1として進学するタイミングで、有難いことに我がグループに加わってくれました。ラッキーでした。これは本当です。上野君の研究テーマは、有機合成から薄膜作製、デバイス評価まで行うタフなものであり、さらには水素結合を導入するためそもそもデバイスとして機能する保証がなかったので、どうなるかドキドキワクワクしておりましたが、上野君のスポコン魂により見事に素晴らしい研究成果を見出してくれました。残り1年弱の研究生活でどのような成果を見出してくれるかとても楽しみにしています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究では、熱前駆体法を用いることで水素結合ネットワークを持つ有機半導体薄膜の作製に成功し、電界効果トランジスタへの応用に成功しました。
有機半導体は、π共役分子の分子集合体から構成されており、溶液塗布法により低コストでデバイスが作製できます。さらに、軽量で薄膜化も容易であるため、次世代のフレキシブルデバイスへの応用が期待されています。デバイスの高性能化には、電荷輸送に適した積層構造の構築と分子配向の制御が重要です。これまで、π共役分子同士のファンデルワールス力を駆動力とした結晶性の半導体薄膜が開発され、高移動度を示す薄膜トランジスタが報告されています。分子間相互作用の中でも、水素結合はより指向性が強く、構造制御を可能としますが、π共役分子に水素結合部位を導入した場合、有機溶媒への溶解性が著しく低下し、有機半導体の作製メリットである溶液塗布法を用いた薄膜の作製が困難となります。
当研究室ではこれまで、溶解性の高い前駆体の溶液塗布によって薄膜を作製し、加熱することで目的の有機半導体薄膜を得る「熱前駆体法」を確立してきました。本研究では、この「熱前駆体法」を用いることで、アミド基とアルキル鎖を導入した難溶性の水素結合性テトラベンゾポルフィリン(BP)の薄膜作製に成功し、電界効果トランジスタとして機能することを実証しました。測定の結果から、アモルファスシリコンに匹敵する0.25 cm2 V−1 s−1のホール移動度が実現され、250 ℃での加熱後も安定したデバイス特性を示しました。さらに、X線構造解析と赤外領域の多角入射分解分光法(IR-pMAIRS)により、薄膜中の分子配向と2次元パッキング構造を解明しました。この積層構造は、水素結合ネットワークにより形成された特異構造であり、これが比較的高いホール移動度に繋がったと考えられます。

図1. a) 本研究で用いた分子構造と薄膜・デバイス作製手法. b) 薄膜構造.
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
薄膜トランジスタの作製に思い入れがあります。実験当初は、薄膜の作製方法、蒸着機の操作、測定機器の取り扱い方など、細かな手順が多く、苦労しました。また、薄膜の加熱温度や時間、溶液の濃度などのわずかな違いが、膜質に大きく影響することも実験を通じて学びました。山内光陽先生と議論を重ねながら薄膜作製の条件検討を行い、ドロップキャスト法をはじめ、スピンコート法やディップコート法なども用いて試行錯誤を繰り返した結果、再現性の高い作製条件とホール移動度を論文で示すことができました。水素結合を使用した分子配向制御による有機薄膜トランジスタを開発することができ、山田研究室が推し進めている「前駆体法」によって初めて実現できたことにとても嬉しく感じています。さらに、本研究では、共同研究者の塩谷暢貴先生(京大化研 長谷川健研究室)に薄膜X線測定やIR-pMAIRSを測定していただき、何度も議論を重ねる中で、多くの学びを得ることができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
分子の単結晶構造と薄膜結晶構造が一致していることを示すのが難しかったです。特に単結晶の妥当なXRDデータが得られず苦戦しました。この分子の単結晶を作製するにあたり、様々な溶媒を組み合わせて検討を行いましたが、水素結合によって溶液中で分子がすぐに沈殿し、単結晶を得ることは容易ではありませんでした。運よく、長らく(約半年間)放置していたTHF溶液から単結晶が出てくることが見つかり、単結晶X線構造解析まで測定できる大きさとなりました。しかし、結晶構造は見えたものの、ディスオーダーが多く良質なデータが得られませんでした。この点は、レフリーにも指摘されました。そのため、私は良質な単結晶を作ることに全力を注ぎ、何回も測定していただき、さらに、山内先生の熱い情熱と水畑吉行先生の卓越した解析技術のおかげで最終的にきれいなデータを示すことができました。単結晶X線構造解析の結果と薄膜のX線解析、IR-pMAIRSなどの結果から、単結晶と薄膜の構造が完全に一致しているという結論を出せた結果、論文全体の完成度がより高くなり、論文の受理に至りました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は、まだ誰にも作られていない機能性分子を合成したいと思い、山田研究室への進学を決意しました。今回の分子のおかげで、薄膜の構造解明やデバイス作製・評価を行うことができ、多くの先生方と議論をいただく機会に恵まれ、自身を成長させることができました。博士後期課程終了後、私は化学メーカーに就職する予定で、今後も化学に携わっていきたいと考えています。残りの限られた時間で、専門分野を深めながら丁寧に実験結果と向き合い、成果を出していきたいと思います。そして、将来は、今まで培ってきた専門性を活かしながら、他分野の知識やスキルも吸収して知見を広げ、新たなアイディアを創出し、世の中に貢献できるように頑張りたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私がこのようなメッセージを読者の皆様に送ることは僭越ですが、現在向き合っている課題に一生懸命に取り組み、それを継続していくことが大切だと強く感じています。本研究は博士後期課程進学を機に山内先生と一緒に取り組み、時には思うように進まず苦しい時期もありましたが、私なりに粘り強く継続して研究や議論を進めた結果、この分子のポテンシャルを見出すことができました。幸いにも今回は論文として報告することができましたが、研究は順風満帆に進まないことが多いと思います。時には辛くなることもあると思いますが、それでも、少しずつ研究を進めていくと何らかの結果が出て、たとえ望む結果ではなかったとしても、いずれは成功に繋がると私は信じています。この記事を読んで、皆様の研究活動に少しでもお役に立てていただければ幸いです。
最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導いただいた山内光陽先生に深く感謝申し上げます。また、山田容子先生、水畑吉行先生、山本恵太郎先生、松尾恭平先生、薄膜X線測定やIR-MAIRS測定でご協力いただいた長谷川研究室の皆様、そして私の研究を支えてくださった有機元素化学研究室の皆様にこの場をお借りして心から御礼申し上げます。また、研究紹介の機会をくださったChem-Stationスタッフの皆様にも感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:上野 創(うえの そう)
所属:京都大学化学研究所 物質創製化学研究系 有機元素化学研究領域(山田研究室)
略歴:
2019年3月 北九州工業高等専門学校 物質化学工学科 卒業
2021年3月 北九州工業高等専門学校 専攻科 生産デザイン工学専攻 修了
2023年3月 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 先端化学技術専攻 博士前期課程 修了
現在 京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 博士後期課程3年