第679回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(野崎京子研究室)博士後期課程2年の丸山 詠生 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、酸化チタンとコバルト錯体の二元光触媒に関する研究です。
酸化チタン(TiO2)は、無機化学および有機化学の両分野において不均一系光触媒として広く利用されています。しかし、その多様な利用法と比べると、不均一系光触媒反応によって発生するラジカル種の反応性を制御するために遷移金属錯体と組み合わせる報告は限られています。今回、TiO2とコバロキシムを組み合わせた二元触媒系を用いると、カルボン酸、アルデヒド、アルコールなどの種々の含酸素有機化合物から炭素数がひとつ短い対応するアルケンへと変換できることが報告されました。
本成果は7月に開かれた第11回 野依フォーラム若手育成塾にて企業研究者を中心とした参加者から高く評価され、発表者の丸山さんは優秀発表者賞を受賞されています。
“Photocatalytic Acceptorless Conversion of Carboxylic Acids, Aldehydes, and Alcohols to Alkenes by a TiO2 and Cobaloxime Dual Catalyst System”
Maruyama, E.; Jin, X.; Nozaki, K. J. Org. Chem. 2025, 90, 10416-10424. DOI: 10.1021/acs.joc.5c01153
研究を指導された金雄傑 准教授と野崎京子 教授から、丸山さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
金先生
私はこれまでに熱触媒の研究を進めてきましたが、学術変革領域「グリーン触媒科学」への参画をきっかけに光触媒の研究を始めました。光触媒の研究経験が全くない状態から本研究テーマをスタートさせましたが、丸山さんは持ち前の粘り強さと優れた研究遂行能力を発揮し、ゼロから着実に研究を進めてきました。丸山さんの存在がなければ、私たちは光触媒のテーマに挑戦することはできなかったと思います。また、論文を初めて執筆したとは思えないほど完成度の高い初稿を仕上げてくれたときには、大変驚かされました。研究面にとどまらず、丸山さんは明るく強いリーダーシップの持ち主であり、後輩からの信頼も厚いです。今後は分野を横断するハイブリッド型人材として、大いに活躍してくれると確信しています。
野崎先生
丸山さんはセパタクローで鍛えた体力と精神力をもって、あらゆる困難を笑い飛ばしてしまえる、真の強さをもった研究者です。研究室の構成員全員が彼を頼りにし、また彼の明るさのおかげでいつも勇気づけられています。丸山さんの不屈の努力の賜物である研究成果を、今回皆様にご紹介いただけてとてもうれしいです!
Q1. 今回野依フォーラム若手育成塾の優秀発表者賞受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
均一系の光レドックス触媒と遷移金属錯体の二元光触媒系は、不安定なラジカル種の反応を制御する手法として近年注目を集めています。一方で、代表的な不均一系光触媒である酸化チタンも、さまざまな有機化合物からアルキルラジカルを与えることが知られていますが、これを遷移金属錯体と組み合わせることによるラジカル反応の制御は容易ではありません。我々は、酸化チタンとコバルト錯体(コバロキシム錯体)の組み合わせにより、カルボン酸をはじめとする種々の含酸素化合物からアルケンへの変換反応を開発しました。

不安定な第一級アルキルラジカルを経由する場合であっても、アルカンへの副反応を抑えながら選択的にアルケンを得ることができています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
酸化チタンという高い酸化力を持つ光触媒上で生じる反応をいかに制御するかは、工夫したポイントの一つです。酸化チタンとコバロキシムの組み合わせ自体は、人工光合成等の分野で相性の良さが知られていたため、これをカルボン酸から生じるアルキルラジカルの制御に利用することにしました。他の3d金属触媒もいくつか試しましたが、最終的にはこの二つの触媒間のシナジーが、不安定な第一級ラジカルであっても選択的に反応を制御できた要因ではないかと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
アルデヒドを基質した場合の反応条件の検討には時間を費やしました。カルボン酸と比較して基質自体の反応性が高いこともあって、なかなか選択的に反応が進行せず苦労しました。結局最後まで収率/選択性を劇的に改善することは叶わず、乗り越えたと呼ぶのはあまり適切でないかもしれませんが(苦笑)、最終的にはアルデヒドで検討した触媒や反応条件をカルボン酸に逆輸入する形でより良い結果が得られたため、その点においては格闘した甲斐があったかなと思っています。
Q4. 今回野依フォーラム育成塾に参加した感想や、参加して得られたものは何ですか?
二日間という限られた期間ではありましたが、野依先生のご講演をはじめ、多くの企業の方々から研究やキャリアに関するお話を伺うことができ、非常に濃密な時間を過ごせました。何より、学年や立場は違っても「企業で活躍したい」という同じ思いを持つ学生がこれだけ集まり交流できたことで、普段の研究生活では得られない刺激を受けましたし、純粋にとても楽しい時間でした。そんな中で優秀発表者賞に選んでいただいたことは素直にとても嬉しいですし、また同時に身が引き締まる思いです。総じて、とても貴重な経験ができたと確信していますので、この記事を読んでくださっている博士学生の方には、ぜひ前向きに挑戦してみることをお勧めします!

Q5. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
野依フォーラム若手育成塾の趣旨にもあるように、将来は企業での研究に携わりたいと考えています。現在の研究に関連する有機化学・触媒化学を自身の核としつつも、あらゆる分野に挑戦しながら社会をよりよくするための研究に関わっていきたいです。お互い立場が上がった暁には、今回の若手育成塾で出会った仲間と一緒に仕事ができたりしたら嬉しいですね(笑)。
Q6. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究を始めた頃は周りの優秀さに気後れすることも多く、このような形で研究を取り上げていただける日が来るとは想像していませんでした。それでも博士課程に進み、こうして研究を続けてこられたのは、研究のディスカッションから日々の雑談に至るまで、あらゆる面で研究室の皆様に日々支えてもらったおかげだと思います。特に、本研究を進めるにあたり、野崎京子教授、金雄傑准教授には多大なるご指導とご助力をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
最後に、野依フォーラム若手育成塾を開催・運営してくださった組織委員会をはじめとする皆様、Chem-Stationスタッフの皆様に御礼申し上げます。
研究者の略歴

名前:丸山 詠生(まるやま えいき)
所属:東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 野崎研究室 博士2年 (主宰:野崎京子教授)
研究テーマ:C(sp3)ラジカルの反応性制御を指向した不均一系/均一系光触媒の開発
略歴:
2022年 東京大学工学部化学生命工学科卒業
2024年 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻修士課程修了
2024年 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻博士課程進学
2024年 化学人材育成プログラム奨学生
受賞:
2024年 8th UK-Japan Catalysis Meeting BCSJ award for poster presentation
2024年 第14回CSJ化学フェスタ2024優秀ポスター賞
2025年 第11回野依フォーラム若手育成塾優秀発表者賞
追記:記事中の写真の一部はエリートネットワークの提供によるものです。同社関連記事:“ Doctors, Be a Catalyst ! ”…若手博士に、 世界を大きく変容させる触媒になれと、 奮起を促す野依特別教授。































