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化学者のつぶやき

有機反応を俯瞰する ー芳香族求電子置換反応 その 1

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芳香族求電子置換反応は、芳香族化合物における代表的な反応です。多くの教科書でも体系化されている反応なので、わざわざ “俯瞰” しなくてもよい気もしますが、今回はそれらの反応をあえて線引きするべきだという視点で 2 回の記事に分けてまとめていきたいと思います。具体的には本記事で通常のベンゼンの反応性と芳香族求電子置換反応の一般的な反応機構を説明します。次回はフェノールにおける求電子置換反応の反応性と配向性を踏まえて 、その反応機構の書き方のポイントについてお話します。

ベンゼンとフェノールの臭素化の違い

早速ですが、ベンゼンとフェノールの臭素化反応のスキームをそれぞれ下に示します。

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構造式中にベンゼン環上の水素を明記していませんが、どちらの場合もベンゼン環上の水素が 1 つ以上臭素に置き換わっています。したがって、これらの反応は置換反応に分類できます。ただし、ベンゼンの場合は 1 箇所だけが臭素化されているのに対して、フェノールの場合は水酸基から見て二箇所の 位と p 位の計 3 箇所の水素が臭素に置換されるという違いがあります。このとき、フェノールだけが3 回反応していることに対して、3 当量の臭素を加えているから当然じゃないかと突っ込まれるかもしれませんが、もしフェノールと臭素を大雑把にエイッと混ぜると、フェノールは上の反応式のように直ちに臭素と3 回反応します。しかし、いくら過剰に臭素を加えても4 回目以降は反応しにくく、位の臭素化は起こらないのです。

次に、反応条件の違いにも注目します。ベンゼンの反応は Lewis 酸であるFeBr3 を加えています。この触媒がないと、ベンゼンは臭素と反応しません。一方、フェノールはそのような触媒なしでも 3 回臭素と反応します。

以上のことをまとめると、フェノールとベンゼンの反応性の違いとして次の 2 つ疑問が生じます。

  1. なぜベンゼンとフェノールで反応性が違うのか。(触媒の必要性)
  2. フェノールはなぜ o,p 位で反応するか 。逆になぜ 位だけ反応しないか。(配向性)

今回と次回の 2 回の記事を通して、この疑問に完全に答えることを目標とします。今回は、通常のベンゼンでの求電子置換反応の反応機構を説明します。

基本的な考え方 -芳香族は安定

さて、一般的なベンゼンへの芳香族求置換反応の反応機構は、次の3 段階で書かれます。

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各段階を簡単に説明すると次のようになります。

準備段階 : 強い求電子剤が発生する。

第一段階 : ベンゼン環上の π 電子が臭素を攻撃して、芳香族性が失われたカルボカチオン中間体が生成する。このとき臭素分子からは臭化物イオンが鉄錯体として脱離する。

第二段階 : カチオン中間体が C-H σ 結合電子をベンゼン環上に取り込んで、水素(プロトン)を放出することで芳香族性を取り戻す。

上の各段階について、もう少し説明を加えます。この機構に一貫していることは、

ベンゼン環が持つ π 電子系は、電子が環全体に分布して安定だ

ということです。その安定性は、下のようケクレ構造を用いて共鳴極限構造式で示すこともできます。またπ 電子系が電子が環全体に分布(つまり非局在化)している様子は、六角形の中に丸を描いて表現されることもあります。(芳香族性についての詳細はこちらも参照。)

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反応機構に話を戻すと、ベンゼンはこの安定性 (芳香族性) を保っておきたいのです。したがって、ベンゼン環の芳香族性を壊してまでも π 電子が反応するには、第 1 段階において非常に強力な求電子剤が必要になります。そのため、反応の準備として臭素分子がローンペアを使って鉄に配位する段階が不可欠なのです。この配位により、鉄が臭化物イオンを鉄錯体の一部に取り込もうとしており、臭素分子の結合電子対が鉄側に引っ張られています。その結果臭素は、安定なベンゼン環から π 電子を引き出すことができます。ベンゼンと臭素の反応において FeBr­3 のような Lewis 酸が必要だったのは、これが理由です。

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第 1 段階で生じた中間体のカルボカチオンは、下のような共鳴構造式を書くことができます。したがって正電荷が分散していると考えることができ、カルボカチオンとしては比較的安定です。とはいえ、元々持っていた非常に安定な芳香族性が失われてしまったことには変わりありません。そこで、芳香族性を回復するためにプロトンを放出し、その C-H σ 結合を π 電子系に取り込みます。

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π 電子を無理やり引き出す

今回の反応機構のスナップショットは、ベンゼンは本来反応不活性で、その反応には強力な求電子剤が必要であることを忘れないために、この場面にします。

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この図は「共鳴安定化された芳香族 π 電子を、強力な求電子剤が無理やり引き出している」と読みます。反応機構を書くにあたって、ベンゼン環から流れる電子だけでなく、鉄錯体側へ流れる巻矢印があることも重要です。強力な求電子剤との反応でなければ、基本的にベンゼンは反応不活性です。もちろん、次の段階でプロトンが外れることで、芳香族性を再獲得することも忘れてはいけません。

他の芳香族求電子置換反応として、ニトロ化スルホン化Friedel-Crafts アルキル化アシル化反応などがありますが、それらも酸によってカチオン性の反応剤が生じ、その求電子剤がベンゼンの π 電子を引き出します。というわけで、以下に代表的な芳香族求置換反応をまとめておきます。ただしフェノール誘導体や活性化された芳香族での反応は、次回。

 

反応名 鍵段階 備考
芳香環のハロゲン化 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-12-23-45-37
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-23-23-47-39
芳香族化合物のニトロ化 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-25-23-48-04

強酸により硝酸から水が脱離し、強力な求電子剤であるニトロニウムイオンが生じる。

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 芳香族化合物のスルホン化 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-21-45-43  可逆反応であり、希酸水溶液中で加熱することで、脱スルホン酸が可能。
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-23-23-48-04
 Friedel-Crafts アルキル化 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-12-23-46-12 カルボカチオンが活性種。
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Friedel-Crafts アシル化   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-21-52-50 アシリウムイオンが活性種。
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-23-23-48-26
 Gattermann-Koch 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-22-05-05  一酸化炭素のプロトン化により生じるホルミルカチオンが求電子剤。
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-22-02-36
Gattermann アルデヒド合成 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-23-20-58 Gatterman-Koch 反応の改良。シアン化亜鉛と塩酸の反応により、系中で発生したシアン化水素が置換反応を起こす。 その後イミノ基が加水分解されてアルデヒドが得られる
   %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-03-22-36-05
Pictet-Spengler 反応 %e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-23-32-34
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-10-29-23-36-03

 

 

関連動画

 

 

ベンゼンの臭素化。最初に触媒(鉄かアルミニウム)を加えていることに注目。次にベンゼンと臭素を加えて、還流条件で反応させています。

本連載の過去記事はこちら

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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