第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修士1年の岡田和佳 さんにお願いしました。
安川先生は第69回スポットライトリサーチにもご登場いただいており、今回が2回目のご登場となります。
今回ご紹介するのは、アミンホウ素錯体の合成と反応への応用に関する研究です。
有機ホウ素化合物は合成中間体として広く使われ、有機ホウ素化合物を用いた反応として鈴木・宮浦カップリングが知られています。しかし、ポリフルオロアリールホウ素化合物は、その合成において強固なC-F結合のホウ素化には過酷な反応条件を要し、また鈴木・宮浦カップリングへの応用においては塩基性反応条件下のために分解されるという課題がありました。今回、ポリフルオロアレーンのC-Fホウ素化反応によるアミンホウ素錯体の合成を報告されました。合成されたアミンホウ素錯体の安定性と反応性を生かし、ポリフルオロアリールホウ素化合物の鈴木・宮浦カップリングを実証されました。
本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Amine-Ligated Boryl Radicals Enables Direct C─F Borylation and Cross-Couplings of Polyfluoroarenes”
Yasukawa, N.; Okada, W.; Fimm, M.; Kawamura, R.; Nomura, R.; Takehara, T.; Suzuki, T.; Leonori, D.; Nakamura, S., Angew. Chem. Int. Ed., 2025, e202514741. DOI: 10.1002/anie.202514741
研究室を主宰されている中村修一 教授から、安川先生と岡田さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
安川直樹先生は、2020年に岐阜薬科大学の佐治木弘尚教授のもとで博士号を取得され、直後に、日本学術振興会特別研究員(PD)として当研究室で3年間研究活動を行い、その間にフロリダ大学のDaniel Seidel教授、アーヘン工科大学のDaniele Leonori教授のもとで研鑽を積みました。2023年から助教として着任して以来、研究室を力強く引っ張る存在です。高校時代は高校球児であったように体力抜群で、実験でも議論でも常に先頭に立ち、周囲を鼓舞してくれています。大学内のソフトボール大会では、ホームランを量産してくれますが、本研究でも、海外留学で培ったラジカル化学の知見を基盤に、光触媒的C–Fホウ素化反応を独自の発想で展開し、会心の一打をかっ飛ばしてくれました。
一方、岡田和佳さんは、学部4年生から研究に主体的に取り組み、チーム統率力を発揮してくれました。バレー部出身の体育会系らしい粘り強さで、チームの雰囲気を常に前向きにしてくれました。明るい性格は、彼女がどこにいてもすぐ分かるほどです。岡田さんは、鈴木・宮浦カップリング反応における基質一般性の検討という、本研究の鍵となるパートを任され、困難な精製や長時間反応にも根気強く取り組みました。まさに彼女の努力とリーダーシップが研究を完成へと導いたといえます。
また、研究初期の段階では川村稜於修士も基礎検討に大きく貢献しており、彼らの協働によって本成果が形になりました。それぞれの個性とチームワークが融合した成果です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、ポリフルオロアレーンのラジカルホウ素化を通じてアミンホウ素錯体を合成し、これを鈴木・宮浦カップリングに利用する合成戦略を実証しました。ポリフルオロアレーンは医薬品や新規機能性材料の設計に向けた重要な母核であり、入手容易なポリフルオロアレーン類のC–Fホウ素化反応は、さらなる化学修飾を見据えた研究課題として注目されます。しかし、C–F結合は強固なため、遷移金属触媒を用いる従来法では、高活性触媒や過酷な反応条件が必要でした。近年、光触媒を駆動力としたラジカル戦略によるC–F官能基化法がこれらの問題を回避できる手法として注目されており、特にN-ヘテロ環状カルベン(NHC)ホウ素ラジカルを用いたラジカルホウ素化反応が開発されています。しかし、合成されるNHCホウ素錯体は安定であるため、鈴木・宮浦カップリングに直接利用された例はほとんどありません。
こうした背景から、我々はNHC–ホウ素ラジカルとは異なる反応性を示すアミンホウ素ラジカルに注目しました。本研究では、可視光を駆動力とする光触媒反応により、アミンホウ素ラジカルを用いたポリフルオロアレーンのラジカルホウ素化を開発しました。さらに、合成したアミンホウ素錯体は、ボロン酸やボロン酸エステルなどの一般的な有機ホウ素化合物と比べても、高い安定性と反応性を示すことが分かりました。
この結果により、従来必要であった過酷な条件を避けられるため、プロセス化学的に有用なグリーンでサステナブルな方法としての価値があるだけでなく、鈴木・宮浦カップリングと組み合わせることで、天然物や機能性材料の合成ルートへの適用も期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
岡田:私は、学部4年生のころから与えていただいたテーマと並行して、本テーマの鈴木・宮浦カップリング反応部分を主に担当しました。このような経緯から、一番思い入れがあるのは、鈴木・宮浦カップリング反応の基質一般性検討です。このパートで、広範な基質適用範囲を示せないと本研究の有用性を語ることはできないので、自分が一番重要な部分を任せられたと緊張して取り組みました。このパートは想像以上に時間がかかってしまったので、全ての検討を終えたときには達成感が大きかったです。
安川:この研究は、助教になって最初に「シアノを外す研究」と共に開始した研究です。(とはいえ、もともとはアーヘン工科大学のDaniele Leonori研で取り組んでいた「アミンホウ素ラジカル」の化学を発展させたものですが…)。テーマの発端はさておき、この研究は、鈴木・宮浦カップリングへの適用ありきのプロジェクトであったため、最後の最後まで良い形になるか怯えておりました。私にとってのハイライトは、「アミンホウ素錯体のX線結晶構造」や「他の有機ホウ素種との比較検討の結果」の報告を受けた時です。まさに「形になった」と実感した印象深い場面でした。後、論文アクセプト後に”Introducing…”を執筆したことも。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
岡田:私が一番苦戦したのは、鈴木・宮浦クロスカップリング反応で得られた生成物の精製です。Crude NMRだと明らかに目的化合物は得られているはずなのに、極性や沸点が低い影響で、「綺麗な生成物を持ってくる」という当たり前で必要不可欠な工程に苦労しました。さらに、カップリング反応は3日間を要するため、スケジュール的にも不安になりながら毎日研究室に通っていました。幸運なことに、Pd/Cを用いた未反応の臭化アリールの還元により、生成物の単離精製が容易になり、研究ペースが加速しました。研究は、反応の本質以外のところも重要であると身に染みて感じました。
安川:まだ課題を乗り越えられておらず道半ばですが、ゴールは位置選択性を完璧に制御することでした。置換ポリフルオロアレーンを用いると置換基に対して、オルト・パラ位で反応が競合して、単一生成物として分離できない混合物が得られます。様々なチューニングによって若干選択性改善の可能性を見つけましたが、今度は反応性が…。現在も根本的な解決に向けて取り組んでいます。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
岡田:中学3年生の時にある企業を訪問したことがきっかけで、私は化学の道を歩み始めました。当時は化学の「カ」の字も知らない身でありながらも、化学の力が人類の生活を支え、未来を拓く力を持つことを知り、その可能性にワクワクが止まりませんでした。将来はこのワクワクを抱きながら、社会に新たな価値を付与するような研究に携わっていきたいです。卒業までは、これまでの研究室生活で培ったど根性を大切に、真摯に自分のテーマと向き合っていきたいです。研究室で得た経験が、いつか誰かの人生を豊かにするために使えたらと願っています。
安川:私ごときがどこまでできるか分かりませんが、まずは体力と気力が続く限り、化学に没頭し続けたいと思っています。社会や環境問題への貢献が強く求められる時代ですが、私はまず自分の興味に正直に、「ただ面白そうな化学」に取り組み、将来的には何かしらの形で社会に還元できればと考えています。そして、そのような姿を見せながら、「次世代の研究者の育成」に携わることも目標としています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
岡田:最後までお読みいただきありがとうございます。私は「とりあえず何事にも全力でやってみる」ことを大事にしています。幼いころからの母の教えです。既に着手し始めていた別テーマと、偶然の巡り合わせで携わることになった本テーマとを両立できたのは、この意識があったからです。忙しくなることは目に見えていましたし、実際限界が近いと感じたこともありましたが、今となっては私の成功体験の1つとなっています。前向きな努力は必ず実を結ぶと信じて研究を進めていくことが大事だと思います。今後も日々精進し、研究に励んでまいります。
安川:現在の自分があるのは、ご縁に恵まれたからだと思っております。学部4年次に有機化学の研究室を選んだのも、博士課程に進学したのも、そしてアカデミックの道に足を踏み入れたのも全て。その中で、選んだ道が正解だった思えるように日々精進してきたつもりです。そんな私から読者の皆さんに言えることは、どんな道に進もうと、遊び心と好奇心を持ちながら、たくさん勉強・実験すれば、いつかまた新たなご縁に恵まれます。(と私は自身に普段から言い聞かせております。)
■謝辞
最後になりますが、私に貴重なアドバイスと自由に研究できる環境を与えてくださった中村先生には、心より感謝申し上げます。学生さんには、時には厳しい意見・お願いすることもありましたが、前向きに実験を進めてもらい、学生さんがいるからこんなに早い段階で研究成果をまとめられたと思っております。(普段なかなか口にできませんので、この場で伝えます。)今回共同研究としてご尽力いただいた、大阪大学の鈴木 准教授、嵩原 技術補佐員、アーヘン工科大学Leonori教授、Fimmさん、そして、我々の研究を広く紹介する機会をくださったケムステスタッフの皆様にも、厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴

左より、安川先生、岡田さん、中村先生
名前 : 安川 直樹(やすかわ なおき)
所属:名古屋工業大学大学院工学研究科
略歴:
2017年–2020年 岐阜薬科大学 薬学研究科 薬科学専攻 博士後期課程
2018年–2020年 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2020年–2023年 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2023年–現在 名古屋工業大学大学院工学研究科 助教
名前 : 岡田 和佳(おかだ わか)
所属:名古屋工業大学大学院工学研究科 中村研究室
略歴:
2025年3月 名古屋工業大学 工学部 生命・応用化学科 卒業
2025年4月 名古屋工業大学大学院 工学研究科 入学
現在 名古屋工業大学大学院 修士1年





























