[スポンサーリンク]

天然物

サリチル酸 (salicylic acid)

GREEN2013sa00.png

サリチル酸(salicylic acid)は、オルト位にヒドロキシ基とカルボキシル基を持つベンゼン置換体。ヤナギから配糖体であるサリチルアルコールグリコシドが発見されサリシンと呼ばれていたことが命名の由来です。サリシンが分解され、体内で代謝されるとサリチル酸になります。アセチルサリチル酸など副作用を抑えたサリチル酸の誘導体は、医薬品として長く使われてきました。近年では、サリチル酸に植物ホルモンとしての役割も、詳しく解明されつつあります。

?

  • サリチル酸の化学合成

GREEN2013sa02.png

サリチル酸の化学合成は、フェノールに高温高圧で二酸化炭素と水酸化ナトリウムを作用させたのち酸で中和するコルベ・シュミット反応が、よく知られています。この化学反応はサリチル酸の工業製法として、高等学校化学教科書の多くで取り扱われています。

?

  • 医薬品としてのサリチル酸誘導体

GREEN2013sa003.png

ヤナギ(Salix?sp.)の抽出物は古くから消炎や鎮痛に使われてきました。有効成分はヤナギに含まれる化合物が体内で分解されて生じたサリチル酸の機能だと考えられています。現在は副作用を抑えるためサリチル酸を誘導体のかたちにして使っています。サリチル酸メチルは湿布など貼り薬として、アセチルサリチル酸は鎮痛などの飲み薬として使われています。古典的には、プロスタグランジンの生合成を仲立ちするシクロオキシゲナーゼCOX2の酵素活性を阻害するという説明がよくなされますが、この仕組みはアセチルサリチル酸に限定され、他のサリチル酸誘導体には適用されません。はっきりしませんが、サリチル酸誘導体一般では、シクロオキシゲナーゼCOX2の遺伝子発現を転写レベルで抑える別の作用が存在するようです[1]。

※参考

ケムステ記事・身のまわりの分子「アスピリン」(http://www.chem-station.com/molecule/archives/2007/07/aspirin/)

?

  • 植物ホルモンとしてのサリチル酸

サリチル酸が植物のシグナル分子だと示されるまで

植物にも免疫の能力があり、からだの一部が病害菌に感染すると、その情報が植物のからだ全体に伝わり、抗菌物質を蓄積するなど応答が見られます。この現象は全身獲得抵抗とも呼ばれます。

1990年[5]にタバコ培養細胞で、同1990年[6]にキュウリ株で、病原菌を感染させるとサリチル酸濃度が急上昇すると判明しました。そこで、サリチル酸の投与で植物が病害菌に対する免疫の能力を高めるとあらかじめ知られていたことから、サリチル酸が植物体内ではたらく内生のシグナル分子であると提案されました。

1993年[7]にタバコ株で、1994年[8]にシロイヌナズナ株で、サリチル酸を蓄積できない植物が作られました。サリチル酸に関係した植物の遺伝子はまだほとんど知られていなかったため、サリチル酸分解酵素をコードする細菌の遺伝子を、植物に遺伝子導入しました。この遺伝子組換植物に植物病害菌を接種したところ、全身獲得抵抗が誘導されなくなりました。この実験から、全身獲得抵抗につながる植物免疫にはサリチル酸が不可欠であると確かめられました。

?

サリチル酸の生合成

植物病原菌に感染してもサリチル酸を蓄積しないシロイヌナズナ変異体の原因遺伝子を調べたところ、2001年[10]には、サリチル酸の生合成に必要となる、コリスミ酸(chorismic acid)をイソコリスミ酸(isochorismic acid)に変換する酵素(isochorismic acid synthase; ICS)が同定されました。この変異体を使った実験で、サリチル酸の機能がさらにはっきりと証明されました。このコリスミ酸をイソコリスミ酸に変換する酵素は葉緑体に分布します。イソコリスミ酸からサリチル酸までの経路は2013年現在はっきりしません。植物の種類によっては迂回する経路がある可能性もあります。

ヤナギに限らず植物は、サリチル酸を植物ホルモンとして不活性なサリチル酸グリコシドのかたちで貯めこんでいます。サリチル酸をサリチル酸グリコシドに変換する酵素はすでに発見されており、シロイヌナズナでは変異体も得られ、また2012年[11]には植物の免疫を高める物質として配糖体化の阻害剤の開発も報告されています。

GREEN2013sa04.png

?

サリチル酸の輸送

葉緑体で合成されたサリチル酸を細胞質ゾルに運ぶ輸送体は、2013年にEDS5タンパク質が該当すると判明[15]しています。他方、細胞膜の内外を隔ててサリチル酸を運ぶ輸送体は今のところ分かっていません。感染場所付近だけでなく、情報が伝えられて、植物体の全身でサリチル酸が蓄積する仕組みも、ほとんど不明です。

?

サリチル酸の認識

植物がサリチル酸をシグナル分子として認識する仕組みは2013年に分かりました。ネイチャー本誌に報告された論文[12]と関連論文[13]によれば、受容体はNPR3タンパク質とNPR4タンパク質です。遅れてセル姉妹誌に報告された論文[14]によれば、NPR1タンパク質も受容体かもしれません。はっきりさせるためには、さらに詳細な生化学実験に加えて、サリチル酸と受容体タンパク質の共結晶を得て結晶構造解析により認識の構造基盤を明らかにする必要があるでしょう。

?

サリチル酸の生理活性

サリチル酸は植物の免疫応答を高めるとともに、ストレスがかかった状態だと解釈するので、多くの場合で植物は成長スピードが変化します。例えば、サリチル酸を投与すると、バナナ(Musa acuminate )の熟成を遅らせることができます[9]。また、ウキクサにサリチル酸を投与すると、長日種(Lemna gibba )では開花が早まり、短日種(Lemna paucicostata, Lemna aoukikusa )では開花が遅くなる現象が観察されています[2]。この他、開花にともない温度上昇が観察されるサトイモ科発熱植物のブードゥーユリ(Sauromatum guttatum, Typhonium venosum )では、花の発熱現象がサリチル酸の濃度上昇[4]をともなうものであり、またサリチル酸を外から投与すると発熱を誘導できること[3]が判明しています。

?

  • 参考文献
[1]”Suppression of inducible cyclooxygenase 2 gene transcription by aspirin and sodium salicylate.” Xu XM et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1999 DOI: 10.1073/pnas.96.9.5292

[2] “Effect of Day length on the Ability of Salicylic Acid to Induce Flowering in the Long-day Plant Lemna gibba G3 and the Short day Plant Lemna paucicostata 6746” Cleland CF et al. Plant Physiol 1979 DOI: ?10.?1104/?pp.?64.?3.?421

[3] “Salicylic acid: A natural inducer of heat production in Arum lilies.” Raskin I et al. Science 1987 DOI: 10.1126/science.237.4822.1601

[4] “Regulation of heat production in the inflorescences of an Arum lily by endogenous salicylic acid.” Raskin I et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1989

[5] “Salicylic Acid: A Likely Endogenous Signal in the Resistance Response of Tobacco to Viral Infection.” Malamy J et al. Science 1990 DOI: 10.1126/science.250.4983.1002

[6] “Increase in salicylic acid at the onset of systemic acquired resistance in Cucumber.” Metraux JP et al. Science 1990 DOI: 10.1126/science.250.4983.1004

[7] “Requirement of Salicylic Acid for the Induction of Systemic Acquired Resistance.” Science 1993 DOI: 10.1126/science.261.5122.754

[8] “A central role of salicylic acid in plant disease resistance.” Delaney et al. Science 1994 DOI: 10.1126/science.266.5188.1247

[9] “Delayed ripening of banana fruit by salicylic acid.” Srivastava MK et al. Plant Sci. 2000 DOI: 10.1016/S0168-9452(00)00304-6

[10] “Isochorismate synthase is required to synthesize salicylic acid for plant defence.” Wildermuth MC et al. Nature 2002 DOI: 10.1038/35107108

[11] “Novel plant immune-priming compounds identified via high-throughput chemical screening target salicylic acid glucosyltransferases in Arabidopsis.” Yoshiteru noutoshi et al. Plant Cell 2012 DOI: ?10.?1105/?tpc.?112.?098343

[12] “NPR3 and NPR4 are receptors for the immune signal salicylic acid in plants.” Fu ZQ et al. Nature 2012 DOI: 10.1038/nature11162

[13] “The salicylic acid receptor NPR3 is a negative regulator of the transcriptional defense response during early flower development in Arabidopsis.” Shi Z et al. Mol. Plant 2013 DOI: 10.1093/mp/sss091

[14] “The Arabidopsis NPR1 protein is a receptor for the plant defense hormone salicylic acid.” Wu Y et al. Cell Rep. 2012 DOI: 10.1016/j.celrep.2012.05.008

[15] “Export of salicylic acid from the chloroplast requires the multidrug and toxin extrusion-like transporter EDS5.” Serrano M et al. Plant Physiol. 2013 DOI: 10.?1104/?pp.?113.?218156

The following two tabs change content below.
Green

Green

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。
Green

最新記事 by Green (全て見る)

関連記事

  1. アスパルテーム /aspartame
  2. ゲラニオール
  3. モルヒネ morphine
  4. ダイヤモンドライクカーボン
  5. ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン / Hexanitrohe…
  6. ボツリヌストキシン (botulinum toxin)
  7. ペニシリン ぺにしりん penicillin
  8. プロパンチアールオキシド (propanethial S-oxi…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. トリス(2,4-ペンタンジオナト)鉄(III) : Tris(2,4-pentanedionato)iron(III)
  2. MSI.TOKYO「MULTUM-FAB」:TLC感覚でFAB-MS測定を!(2)
  3. 第94回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part I
  4. バージェス試薬 Burgess Reagent
  5. ノーベル賞・田中さん愛大で講義
  6. 論文がリジェクトされる10の理由
  7. 年に一度の「事故」のおさらい
  8. 触媒のチカラで拓く位置選択的シクロプロパン合成
  9. 水素化ホウ素ナトリウム Sodium Borohydride
  10. ダンハイザー シクロペンテン合成 Danheiser Cyclopentene Synthesis

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

イミニウム励起触媒系による炭素ラジカルの不斉1,4-付加

2017年、カタルーニャ化学研究所・Paolo Melchiorreらは、イミニウム有機触媒系を可視…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2018年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある化学者」をリストアップしていま…

巨大複雑天然物ポリセオナミドBの細胞死誘導メカニズムの解明

第161回目のスポットライトリサーチは、早田敦 (はやた あつし)さんにお願いしました。早田…

イグノーベル化学賞2018「汚れ洗浄剤としてヒトの唾液はどれほど有効か?」

Tshozoです。今年もIg Nobel賞、発表されましたね。色々と興味深い発表が続く中、NHKで放…

最近のwebから〜固体の水素水?・化合物名の商標登録〜

皆様夏休みはいかがお過ごしでしたでしょうか。大学はそろそろ後学期が始まってきたところです。小…

化学の力で複雑なタンパク質メチル化反応を制御する

第160回目のスポットライトリサーチは、連名での登場です。理化学研究所の五月女 宜裕 さん・島津 忠…

PAGE TOP