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一般的な話題

怒涛の編集長 壁村耐三 ~論文と漫画の共通項~

Tshozoです。最近寝床に入った後、お世辞にも上品とは言い難い昔の漫画のシーンが頭の中を駆け巡るのが悩みです。その関係上先日書店に寄った際、昭和中頃に活躍されていた吾妻ひでお氏の「失踪日記1・2」を読んだのですがこれがまた非常に面白い! 齢をとられたとはいえ中身の面白さは全く変わっておらず何とも懐かしい気分になりました。

今回は、この漫画の中で登場したある方についての話。その方は秋田書店殿の「週刊少年チャンピオン」の2代目編集長で、1970年代前半に後発組・小規模であった同誌を一気にトップレベルまでに引き上げた功績を持つ方です。漫画「がきデカ」「ふたりと5人」「恐怖新聞」「魔太郎が来る!」というような名作論文漫画を立て続けに発掘・採用し、少年群から爆発的な人気を得ました。

ただ、上記の失踪日記にも描かれているようにかなり非人道的なこともやっていたほか、極*になるのを防ぐため親御さんによって同社に放り込まれたとか、*道のような風体をしていたとか、筆者のお世話になった上司のように怒ると灰皿をブン投げてくるとか、直弟子の編集者A氏共々「マカロニほうれん荘」の作者鴨川つばめ氏をはじめ数々の漫画家に対して使い捨て的な対応をしたなど、時代背景を鑑みても負の逸話にも事欠かず、数々の毀誉褒貶にまみれた方でもありました。尾鰭が付いたであろう部分を差し引いても極めて特異な人物像が浮かび上がります。

しかし事実なのは、当時発行部数を一気に10倍までブチ上げて世間の目を同誌に「向けさせた」その手腕。一体どういう中身だったのでしょうか。内容は軽めなので、サラッとお読み頂ければ有難いです。

人物と人となり詳細

御名前:壁村耐三氏(ご本人の写真はこちらのサイトを参照ください)。身長180cm体重70kg(最盛期)。前述のようにチャンピオン2代目編集長で、人となりは上記に挙げた吾妻ひでお氏の漫画やWikipedia(こちら)のほか、同氏の薫陶を受けた雑誌「ビーム」編集長 奥村勝彦氏のインタビュ―(前半)、その他同氏の逸話を扱ったサイトが数々あります(こちら こちら など)ので詳細はそちらをご覧いただくとして、要は「出版会社なのに編集長が**(未遂)」というのが正しい表現だったようです。しかしその実績は「週刊少年チャンピオン」の発行部数経緯を見てみると一目瞭然(データはWikipediaより引用)。

時代背景が違うとは言え、売上部数10倍とか現在では考えられないレベルの進撃です。しかも当時ジャンプ・サンデーなどの先駆者たちが市場を席巻していた中での快進撃ですから如何に難しいことか、容易に想像できます。

こうした中で壁村編集長がとった施策には、3つの特徴がありました(2009年4月30日から開始された読売新聞掲載「【マンガ50年】「王者」の伝説」、および奥村編集長インタビュー、Wikipedia等、過去の資料より筆者が抜粋して引用)。

① アンケート無視
② 読み切り型作品の多用
③ 漫画の面白さに対する直観重視

この3つについて面白いのが、いわゆる合理的な戦術らしいものが②しかないところ。これは初めて雑誌を手に取った人でもとっつきやすいように、という読者の意向に沿った手段でしょう。残りの2つはどっちかというと論理的でない、アタリマエでない考えです。たぶん今の時代にこの①と③を掲げたら速攻で潰され担当を外されますね間違いなく。しかしながらこの2つを方針に据えた結果、壁村編集長及びその部下編集者たちの熱意も重なって商業的な成功につながったと考えられます。

あとはあちこちに記述されていますが本人の迫力、キャラクターに依るところが多い気がします。なにせ極道の1歩手前のお方だったので理屈とか通らない。しかしスジは通している場合がある。何度も引用しますが上記に挙げた奥村編集長のコメントが秀逸というか脅迫。

「打ち合わせなんていらねえんだよ、襟首をつかんで「面白いマンガ描かなきゃ殺すぞ」ってやればいいんだと」

「でも何も考えてないかというとちゃんと考えてる。どうでもいい話をした帰りに『お前の漫画の主人公、最近いいやつ過ぎねえか』と。」

・・・前半のインパクトが強すぎてフォローになってない。あと、会社で普通に酒飲んでたとか手塚治虫氏相手に電話口で「今から刺しに行く」と言ったとか、もう中身が激烈すぎてどれが一体ホントのことなのやらわからん気がしてきました。家では普通の静かなおじさん、ということのようでしたが。

本件の本題

以上、色々と怪物編集長のお話を書きました。一方、日本が発行する論文誌の地位低下が以前より叫ばれております。ケムステでも過去何度かこの話題には触れており(特に直近のこちら とか、関連する案件としては こちら とか こちら など)、結果化学系で言うとNS、JACS、ACIEなどの海外の「皆が見る」冊子に載せることが研究者(≒漫画家)の成果の良否又はステータスになってしまっておりますが筆者のように実力不足、又はテーマのめぐりあわせ上、成果が短期間で出せなかった人間の出口先として存在する雑誌があるのは有難いのですが、そうした「救済措置」的な雑誌のみに留まってしまうのは本意でないでしょうきっと。また長いもんに巻かれろ的な発想は筆者は大好きですから別にこのままでもいいかと思いますがこのままでいいとはどうにも言い切れません。

関係諸氏の奮闘が続く、日本の主要化学誌2冊
なおBulletin~の方には下村脩教授が研究者としての一番最初の論文を出していました

今回壁村氏のことを書いたのは、現在の日本の化学誌・科学誌の状況が当時のチャンピオンの置かれている状況に似ている気がしたからです。時代背景が高度経済成長期の末でだったという状況ではありましたが、成熟市場でかつ後発側だったという点を鑑みるとまぁ時代背景はプラマイゼロくらいでしょう(適当)。もちろん極道のような強権的な人物を編集長を頭に据えるべきとか、がきデカとか漫画とか萌え系イラストを増やせとかいう鬼作を推奨するわけでもありません。だいいち娯楽作品と科学じゃ読者層が違うからまっとうなやり方以外には通用しない。とは言え歴史や日本の国力・経済力・文化を考えてもJACSやWiley, Nature等の巨群と真っ向殴り合いではまず勝ち目はないでしょう。ではどうすればいいのか。

筆者レベルがその解決策を出せると思えませんし飲み屋の愚痴に留まるでしょうけど、そうした中にも宝は埋まってるかもしれないので以下、関係諸氏の奮闘を考えつつも勝手なことを申し上げます。加えて、「あたるかどうか正直わからんが、自分なりの面白さ・仮説を以って自分の作品を検証する」という点と創造力・想像力と相当な労力を投入する必要がある点では共通していることから漫画家≒科学者、と仮定して下記考えます。漫画家は空想を描けばいいだけだから不公平じゃないか、と言われるかもしれませんが、漫画家の方々も論文同様に図割り、コマ割り、セリフの位置、構図・配置を考えどうやれば読者に喜んでもらえるかを必死で考えるのですからスジは一緒でなかろうかと。

ということでまずひとつのアイデアには、国内外問わず40代以前の若手のみがAuthorの論文を8割以上占める紙面とすること。壁村編集長がとったやり方の特徴として、若手の比率を8割くらいにするということがありました。漫画家でも基本的に若いエネルギーによらないと新しい分野は拓けない傾向があるから、というのが理由(注:もう一つは「若手の方が編集の言うことを聞くから」という意味もあったため)だったそうです。紙面の刷新を求められていた壁村氏はその広い権限と独特のコンセプトに根付き大幅に漫画家の年齢層を入れかえ、当時未だ30以前で社会派漫画家と言われていた山上たつひこ・どおくまん・永井豪らをはじめ数々の才能を抜擢。若手を集めて何と言うか「闇鍋」的な雑誌の根幹を創ったと言えます。なお当時「がきデカ」とか「ふたりと5人」とかは全国から批判が殺到し、果ては会社の上層部からもやめろと言われる始末だったそうで、それでも連載を続けさせる覚悟は壁村編集長以外には持ち合わせていなかったでしょう。そうした劇薬に耐えられるだけの胆力が備わっていた同氏の傑物ぶりが発揮されたエピソードです。

となると、同じように面白い研究を拓きそうな若手研究者の方々を集めて闇鍋的に「面白い論文を書け、書かなきゃ**ぞ」とやればいry・・・これに似た具体例を挙げると、本サイト「スポットライトリサーチ」はそれに相当する取組であるという印象を受けます。それこそ、若くて優秀な研究者が面白いコンセプトを持った紙面編集者と反応できるような場になるといいなぁという、なんというか孫を見るような思いで見ております。

第2に、こうした取り組みに継続性を持たせること。壁村編集長のケースではご本人が病気で倒れてしまったために改革が実質道半ばとなり、結局また部数を減らしてしまったということがあります。このようにワンマンベースの改革だと、英雄チトー大統領が率いたユーゴスラビアよろしく瓦解してしまう傾向があるため、「小規模な組織」においてその精神と業務を引き継げる継続的な取り組みが為される必要があります。こりゃ組織の作り方にも関連しますから正直あんまりここで話す点じゃないですが、たとえばACIEがたった20人で数千本の論文を回していることを考えると同様に意思の疎通と統一が可能な、優秀なエキスパート軍団による編集部隊が要求されていくのでしょう。

最後に、ゼニを回せるようにすること。学術専門誌と言えど、上記のようなエキスパートをまとめあげ継続していこうと思うと商売として継続的に回らなければならんのですがおそらくここが一番難しい。誰が言ったか忘れましたが「紙面を売るな、紙面という名前の商品を売れ」という言葉のとおりで、商売としても成り立たせるには商品なりサービスを継続的にアカデミア含めた方々にサービスを含めた紙面を買っていただかねばならない。しかし昨今の大学での事情を鑑みると学会員の人数は減っていく一方で大幅な増加はきっと見込めない。国内の産業界の研究費は特定の分野を除いて削減一方で、裾野の広い研究活動が実施出来るかどうかは非常に微妙な状況。

と考えると国外の産業界からも広くゼニを集め、かつ学術専門誌としての意義を保ちつつ新しい研究者を育てていけるような場を提供するなどにより活性化をはかっていく場の創出が必要なのでしょうが、これは壁村編集長の例をとってみても参考になるような事象はどこにもありませんね。この点であたりまえでしかも独特のアイデアを出せるかどうか。単純なオープンイノベーションではなくもうひとつ掘り下げた美味さを提供できるかどうかが勝負な気がしています。

なお、思いつきついでで言うと、論文の取り組むテーマの科学的な面白さと独特さ、というのを一つの目安にしていい気がしています。たとえばIFは所謂流行値であって、二十年前に漫画「One Piece」が流行ったら某紙とか某氏でアレとコレが始まったように、研究トレンドを示す値であっても科学的な面白さがあるかどうかは別問題でしょうし。そんな定量化された指標に対し化学的な面白さは万国共通と言えんでしょうか。化学的・科学的に、あるいはパズル的に面白いと感じること自体は万国共通な気がしていますし、こうした感覚は定量的でなくてもIFよりもずっと普遍的なことのような気がしています。ちなみに筆者なら迷うことなく大阪大学近藤滋先生のこの研究を載せたいところです。

おわりに

ということで色々好き勝手なことを書かせていただきました。しかしまず、本件の前半の文章を見直してみると、最近のアレな事情を差し引いたとしても、こんな人まず一般の会社や組織に入れませんなぁ。会社で酒を飲む、部下に物を投げつける、個人的トラブルで*指が無い、漫画家の家の扉を蹴り破る、ことあるごとに「刺す」「殺す」「死ね」とか言うなど、今じゃ脅迫罪でしょっぴかれますね。第一こういう”傑物”が上に行くと下のモンは心理的にも労働的にもむちゃくちゃに苦労しますし非常に大量の毀誉褒貶を生み出します。そもそも心穏やかな人生を送りたいと思っている方にはめーわくな話なのでしょう。

めーわくと言えば、たとえば筆者の知る伝説の豪傑エンジニアは会議中に激昂のあまり部下をぶん殴ったとか出入り業者の顔面を納入した商品に擦りつけ(自粛)というウワサがありました。加えて誰もが口をそろえて「あの人のプロジェクトは地獄だった」と言っていたことと数々の(自粛)を考えると壁村編集長の人物像も同じようなものだったのではないかと思います。また別の、筆者が知るもう1人の傑物エンジニアもはっきり言ってめーわくな方です。しかしその実力たるや、国内外のレベルで見てもトップクラスに居ることは疑う余地はない。とあるプロジェクトでの活躍は今でも語り草です。

とはいえこの方々に共通していたのは持って行きたい方向の意思がはっきりしており、それに基づき結果を出したということと、上層部の信頼関係と理解が(ある程度)ありかつ暴れる場所が与えられていたということ。でなきゃ、改革途中で切り飛ばされてオシマイですから・・・ということで、なんかおもしろそうだけど少々めーわくなことをしでかすような人がある程度広い権限を与えられたうえである程度長い期間トップに居た方が面白いモノが産まれるんじゃないかというオチにさせていただきたく。何を無責任な、と言われるかもしれませんが責任を責任をと言っている人ほどだいたい何もやらない評論家が多いので(経験上)、たまにゃ面白くいきましょうと言いたい次第で。

なお、上に挙げた豪傑エンジニアは後に金字塔となる商品を創り上げ、国内外から凄まじい賞賛を受けることになりました。その後、その会社は世界的に発展していくことになります。筆者の反省も込めて言うのですが、結局フツウにやってちゃ面白くて新しいものは産まれないのかもしれませんね。

それでは今回はこんなところで。

【漫画以外の参考文献】

1.「岐路に立つ国産英文電子ジャーナル」林和弘 著 2009年 リンクこちら

2.「インパクトファクター」 中西印刷株式会社殿資料 リンクこちら

3.「公的組織はインパクトファクターを利用するな」 ハーバード大学研究員 山形方人氏ブログ リンクこちら

4.「日本化学会の速報誌を知っていますか?」檜山爲次郎先生 リンクこちら

5.「タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界」 ”たゆたえども沈まず”ブログ リンクこちら

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。54歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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