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スポットライトリサーチ

CeO2担持Auナノ粒子触媒で未踏の脱水素芳香環形成を達成 ―m-二置換化合物の選択的one-step合成-

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第682回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士課程後期2年の木村平蔵 さんにお願いしました。

今回ご紹介するのは、担持Au触媒によるメタ二置換ベンゼンの合成に関する研究です。

メタ二置換ベンゼンの合成において、特に電子供与基をメタ位に2つ導入することは一般的な手法ではオルト・パラ配向性のために困難とされています。非芳香族性のシクロヘキサノン類を出発原料に置換芳香族化合物を合成する手法は、芳香族化合物を基質とした場合の課題を回避できる一方、副反応のために目的のメタ二置換ベンゼンの一段階合成は報告されていませんでした。

今回、セリウム担持金ナノ粒子触媒(Au/CeO2)によるシクロヘキサノン類を用いた脱水素芳香環形成を経由するメタフェニレンジアミン類の一段階合成を報告されました。

本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

Au-Catalyzed Aerobic Dehydrogenative Aromatization to m-Phenylenediamine Derivatives via Product Selectivity Control
Kimura, H.; Yatabe, T.; Yamaguchi, K., J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 27238–27250. DOI: 10.1021/jacs.4c12043

研究を指導された谷田部孝文 講師山口和也 教授から、木村さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

谷田部先生

木村君とは、山口研のメインの工学部3号館ではなく、私が教員になってから立ち上げた工学部5号館の研究スペースにてその立ち上げ初期から一緒に研究を行ってきました。木村君が学部4年生の時に最初に始めたテーマは全くうまくいかず、研究テーマを色々とさまよう期間も長かったのですが、卒業論文の頃から、山口研で行ってきた脱水素芳香環形成の中でもその特長が特に活かせるm-二置換ベンゼン合成に注力して研究をしてきました。修士課程に入ってもなかなか狙ったとおりの反応はうまく進行しない苦しい状況が続きましたが、偶然にもm-フェニレンジアミン誘導体がAuナノ粒子触媒だけで進行するという予想外の発見をしてくれました。この反応は山口研において10年以上前に取り組んでうまくいかなかった反応であり、一般的なPdを活性種とした反応系の検討では他の副生成物が優先して生成するため、これまでの検討ではたどり着くことができなかったと思われます。その後も、なぜAuで脱水素芳香環形成が進行するという初の触媒作用が発現したのか、なぜAuがこの反応を選択的に進行させるのか、など反応機構の詳細な解明に加え、膨大な基質適用性の検討と単離精製も非常に大変だったと思いますが、なんとかまとめ上げ論文を投稿したのが昨年の8月の終わりです。その後、3回にわたる大量のリビジョンに耐え、投稿から約1年間を経て、ついにJ. Am. Chem. Soc.へ出版されました!上記のように本当に長い道のりでしたが、木村君のある種の楽観的な性格に加え、高い忍耐力、柔軟な発想力で研究を楽しんで突き詰めたからこそ、達成できた研究成果だと思います。木村君は、現在、後輩の指導もしつつ、本研究の知見をもとに、さらに高難度な反応を、絶妙な触媒設計と膨大な反応条件探索で開発しつつあります。頼もしく成長してきた木村君の今後のさらなる活躍を期待しています!

山口先生

木村君といえば研究はもちろん立派ですが、酒・カラオケ・麻雀の三本柱は語らずにはいれません(まだカラオケには一緒に行ったことはないですが)。非常に難しいテーマを実施し、研究がうまく進まないことも多々ありましたが、そんな時でも麻雀では見事な読みで大逆転。カラオケでは昭和から令和まで歌いこなすオールラウンダー(そのように聞いています)。そして酒の席では、酔ってもなお自分のテーマや触媒化学について語り出すという、もはや触媒とアルコールのハイブリッド人間です。そんな木村君ですが、谷田部さんからのコメントにもありますように、研究は最初から順風満帆ではありませんでした。いろんなことにチャレンジしましたが、まるで配牌で字牌多めで面子・対子無しみたいな絶望のスタート。それでも彼は持ち前の楽天家っぷりで「まぁツモればいいっしょ」と前向きに挑み続け、ついに大三元を引き当てたような感じです。山口研が10年以上あがれなかった役満を、彼がズバッとあがってくれたわけです。論文投稿後は、3回にわたる大規模リビジョンという延長戦のカラオケのような耐久戦に挑み、最後はJACS掲載という十八番で会場総立ち的フィナーレを飾りました。これもひとえに彼の粘り強さ、そして研究も人生も楽しんだもん勝ちという姿勢のたまものかと思います。さらに頼もしいのは、最近では後輩の指導や触媒学会の若手会でも大活躍していること。ラボの中だけでなくラボ外でも場を盛り上げつつ、学会でもしっかり役を張る。研究でも趣味でも(よい趣味をお持ちです)、どこにいても周囲を巻き込みながら成長していく姿は本当に頼もしい限りです。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

芳香族化合物は身の回りの様々な物質に遍在し、社会を支える重要な化合物群です。特に2つの置換基を有する二置換ベンゼンを合成する場合、一置換ベンゼンを基質とした反応が一般的ですが、目的の位置 (オルト・メタ・パラ位) に選択的に置換基を1つ導入するために、有害な試薬の使用や多段階の合成ステップが必要となり、環境負荷の高いプロセスとなる場合があります。特に、電子供与性基をメタ位に2つ導入することは一般的な合成手法ではオルト・パラ配向性のためきわめて困難であり、新たな合成手法の開発が望まれています。そこで、近年では、脂肪族化合物 (主にシクロヘキサノン類) を基質とした脱水素芳香環形成反応が置換ベンゼンを合成する環境にやさしい新手法として注目されています。特に、メタフェニレンジアミン類のような電子供与性基を2つ導入したメタ二置換ベンゼンは、シクロヘキセノン類と2つの求核剤を反応させた後、脱水芳香環形成を行うことで、理論的には選択的かつ一段階で合成可能です。しかし、従来の脱水素芳香環形成反応に用いられるパラジウム触媒や光レドックス触媒等では、基質や中間体からの脱水素型の副反応によりさまざまな副生成物が不可逆に生成してしまい、目的のメタ二置換ベンゼンへの脱水素はほとんど進行せず、そのようなメタ二置換ベンゼンの一段階合成は達成できていませんでした(図1)。また、アミン類を求核剤とする脱水素芳香環形成反応により、医薬品や機能性ポリマー等に含まれる重要な構造であるメタフェニレンジアミン類を合成する反応は、生成物選択性制御がさらに高難度であり、これまで報告されていませんでした。 本研究では、担持金ナノ粒子触媒特有の脱水素触媒作用を新たに発見し、脱水条件にて酸化セリウム担持金ナノ粒子触媒(Au/CeO2)を不均一系触媒として用いることで、シクロヘキセノン類と第二級アミン類を基質とした脱水素芳香環形成反応を経るメタフェニレンジアミン類の選択合成に成功しました(図1)。本反応は、中間体の単離精製が不要な一段階合成であり、空気中の酸素のみを酸化剤とする環境調和的な新合成手法です。CeO2担体が1,4-付加/1,2-付加を促進して効率よくエナミン中間体を合成し、酸素分子利用を促進することでAuナノ粒子触媒による脱水素能を向上させる協働触媒作用に加え、γ位配向基を有するエナミン中間体のAuナノ粒子触媒上への優先的な吸着を経る選択的脱水素によって、これまでの生成物選択性制御の課題を解決し、メタフェニレンジアミン類の選択合成を実現しました(図2)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

特に思い入れがあるのは、金ナノ粒子を用いることで選択性がスイッチをすることを初めて見出した時です。当研究室では、これまでPd–Au合金ナノ粒子触媒を用いた脱水素芳香環形成を報告してきたという経緯があり、脱水素芳香環形成における活性種はPdであるという固定観念がありました。はじめは私自身Pdのコンタミネーションをずっと疑っており、新品の実験器具類を用いて確認するまで信じられませんでした。また基質に関しても、初めにモデル基質としていたのが5員環構造を持つピロリジンだったことが幸いしました。ピロリジンの高い求核性のおかげで、比較的緩い脱水条件でもm-フェニレンジアミン誘導体が生成し、今回の発見につながりました。もし、初めにモデル基質を他のアミンにしていたらこのような知見は得られなかったと考えると、化学におけるセレンディピティの貴重さ・面白さを改めて大切に感じています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

やはり、金ナノ粒子を用いた場合に選択性がスイッチする原因を究明するのが最も大変でした。量子化学計算から、各中間体の自由エネルギーを計算したところ、m-フェニレンジアミン誘導体への脱水素中間体 (1,2/1,4-付加体) は他の中間体 (1,2-付加のみの中間体、1,4-付加のみの中間体) に比べ熱力学的に不安定にもかかわらず選択的に脱水素が進行することが示唆され、謎がさらに深まりました。そこで、当研究室における既報である金ナノ粒子触媒を用いたカルボニル化合物のα,β-脱水素反応を参考に様々な基質を用いたコントロール実験を行い、脱水素が進行する基質、進行しない基質のそれぞれの共通点を地道に整理し、谷田部先生はじめ研究室のスタッフの方々とディスカッションを繰り返すことで、γ位配向性による基質のAuナノ粒子触媒上への優先的な吸着という新しい反応機構の提案に至りました。またこれらの反応機構解析の過程で、本反応系がN-置換アニリン、エナミノンへの脱水素にも適用可能であることを見出し、同一の基質・触媒系から3種類の生成物への選択性スイッチという有用性の発見にもつながったと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在絶賛就職活動中ですが、どのような進路になったとしても自身の専門分野である触媒研究に関する仕事に就きたいと考えています。触媒研究は環境調和的な反応プロセス設計の根幹を成す分野であり、環境問題という大きな社会問題にダイレクトに解決策を提案できる非常にやりがいのある分野です。触媒研究を通じて、社会に何か大きな貢献ができれば本望だと考えているので (なんかエントリーシートみたいなこと書いてますが本気でそう思っています笑)、そのためにもこれからより一層研究者として成長するために、まずは博士課程の残り一年半、目の前にある新たなテーマにまた立ち向かっていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の私の研究は、B4の終わりに研究室から与えられたテーマがうまく進まず、試行錯誤を繰り返していた中で、たまたま見つけた副反応から発展したものです。
そこから学んだこと、そして後輩の皆さんに伝えたいことは「とにかく手を動かすことの大切さ」です。

大学での研究は、企業や研究所に比べると比較的自由度が高いと思います。触媒研究でいえば、調製した触媒を本来の目的以外の反応に応用してみるなど、自分の手で動かすことで新しい発見につながることがあります。最初のうちは実験操作に慣れず、仕込みにも時間がかかると思いますが、続けていくうちに体が自然と覚えて、効率的に進められるようになります。そうなれば、自分の思いついたアイデアをすぐに試すことができ、「セレンディピティ(偶然の発見)」に出会う可能性もさらに広がります。

そうして得られる、セレンディピティは研究における大きな魅力の一つです。その先には、脳が沸き立つような研究でしか得られない喜びが待っていると思います!

最後になりましたが、ご指導いただきました山口和也先生、谷田部孝文先生はじめ山口研究室のスタッフの方々、先輩後輩たちに感謝申し上げます。私自身まだまだ成長途中ですが、引き続きご指導のほどよろしくお願いいたします。また、そしてこのような貴重な機会を与えてくださった Chem-Station スタッフの方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。

研究者の略歴


名前:木村 平蔵 (きむら へいぞう)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 山口研究室
略歴:
1998年 神奈川県横浜市生まれ
2016年3月  私立灘高校 卒業
2016年4月  東京大学理科一類入学
2022年3月  東京大学工学部応用化学科 卒業
2024年3月  東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 修了
2024年4月~ 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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