[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

−(マイナス)と協力して+(プラス)を強くする触媒

[スポンサーリンク]

水素結合によりアニオンを捕捉することで、対カチオンは活性化され高いルイス酸性をもつ。そのルイス酸によって不活性な求電子剤をも活性化させる手法が報告された。

キラルな水素結合供与性分子触媒

エナンチオ選択的な化合物の合成手法としてキラルなイオン対分子触媒(図1A)を用いる方法がある。

しかし、イオン対と基質との相互作用は弱く、実際の反応に適用するには障壁があった。それを克服した例の1つに優れたアニオン識別能をもつ(チオ)尿素を用いた”anion-binding”型のイオン対触媒がある[1]。”anion-binding”型のイオン対触媒は3つの形式に大別できる(図1B)。

本論文の著者であるハーバード大学のJacobsenらは 1998年に、チオ尿素の水素結合によってStrecker反応が高エナンチオ選択的に触媒されることを報告した[2]。これが最初の不斉”anion-binding”型イオン対触媒反応であり、”direct activation”の例でもある。

同じくJacobsenらは2004年, 2009年にPictet–Spengler反応において、それぞれ”anion abstraction”型[3]、”Brønsted acid co-catalysis”型[4]の反応を報告した。しかし、これらの方法では高い求電子性をもつ基質でないと反応に適用することができなかった。

そこで今回、Jacobsenらはスクアラミド誘導体を用いてケイ素トリフラートのアニオンを捕捉することで、ケイ素のルイス酸性を高める触媒戦略を開発したので紹介する(図1C)。

図1.(A) キラルなイオン対触媒の分類 (B) Anion-binding型イオン対触媒の分類 (C) 本論文の触媒設計コンセプト

 

“Lewis acid enhancement by hydrogen-bond donors for asymmetric catalysis”

Banik, S. M.; Levina, A.; Hyde, A. M.; Jacobsen, E. N. Science2017, 358, 761.

DOI: 10.1126/science.aao5894

論文著者の紹介

研究者:Eric N. Jacobsen

研究者の経歴:

1978-1982 B.S., New York University (Prof. Yorke E. Rhodes)
1982-1986 Ph.D., University of California, Berkeley (Prof. Robert G. Bergman)
1986-1988 Posdoc, Massachusetts Institute of Technology (Prof. K. Barry Sharpless)
1988-1991 Assistant Professor, University of Illinois at Urbana-Champaign
1991-1993 Associate Professor, University of Illinois at Urbana-Champaign
1993- Professor, Harvard University

研究内容: 新規不斉触媒反応の開発と応用

論文の概要

著者らは、ケイ素トリフラートにスクアラミド誘導体1を作用させることで高活性なルイス酸が得られると考えた。

その概念を検証するべく、既知の向山アルドール反応を用いて反応進行の確認・条件検討を行い最適の触媒1を見出した(本文Fig. 1B)。スクアラミドはチオ尿素よりも効果的にアニオンと水素結合を形成する[5]

さらに、シリルエノールエーテル2とフラン3との[4+3]付加環化反応(図2A)に対し触媒1を用いた。この反応において速度論的考察、赤外分光測定、DFT 計算を行うことで反応機構(図2B)を推定した。ケイ素トリフラート(R3SiOTf)はそれ単体では高いルイス酸性を示さないが、1の存在下では高いルイス酸性を示す。このR3SiOTfと1が協働することで、不活性な2をオキシアリルカチオン中間体に変換し、フランとの[4+3]付加環化反応を進行させる。

図2. (A) [4+3]付加環化反応 (B) 推定反応機構

以上、ケイ素トリフラートとスクアラミド誘導体を組み合わせることにより活性の高いルイス酸を生成し、反応に適用する新たなアプローチを取り上げた。不活性な求電子剤への適用・優れたエナンチオ選択性の発現といった利点によって様々な反応に適用されていくことを望む。

参考文献

  1. Brak, K.; Jacobsen, E. N.  Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 534. DOI: 10.1002/anie.201205449
  2. Sigman, M. S.; Jacobsen, E. N. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 4901. DOI: 10.1021/ja980139y
  3. Taylor, M. S.; Jacobsen, E. N. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 10558. DOI: 10.1021/ja046259p
  4. Klausen, R. S.; Jacobsen E. N. Org, Lett. 2009, 11, 887. DOI: 10.1021/ol802887h
  5. (a) Jakab, G.; Tancon, C.; Zhang, Z.; Lippert, K. M.; Schreiner, P. R. Org. Lett. 2012, 14, 1724. DOI: 10.1021/ol300307c (b) Ni, X.; Li, X.; Wang, Z.; Cheng, J.-P. Org. Lett. 2014, 16, 1786. DOI: 10.1021/ol5005017
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. ヒドロゲルの新たな力学強度・温度応答性制御法
  2. 科学ボランティアは縁の下の力持ち
  3. iPhone/iPod Touchで使える化学アプリ-ケーション…
  4. 複数工程が必要なパーキンソン病治療薬を連続フロー法で合成
  5. ACD/ChemSketch Freeware 12.0
  6. シャープな蛍光色変化を示すメカノフォアの開発
  7. 兄貴達と化学物質+α
  8. 第54回天然有機化合物討論会

注目情報

ピックアップ記事

  1. 中村 修二 Shuji Nakamura
  2. 化学者のためのエレクトロニクス入門④ ~プリント基板業界で活躍する化学メーカー編~
  3. サイコロを作ろう!
  4. 有機合成化学協会誌2025年6月号:カルボラン触媒・水中有機反応・芳香族カルボン酸の位置選択的変換・C(sp2)-H官能基化・カルビン錯体
  5. 甲種危険物取扱者・合格体験記~読者の皆さん編
  6. 甲種危険物取扱者・合格体験記~cosine編
  7. 分子情報・バイオ2研究センター 九大開設
  8. 第76回―「化学を広める雑誌編集者として」Neil Withers博士
  9. 力をかけると塩酸が放出される高分子材料
  10. 持続可能性社会を拓くバイオミメティクス

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP