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スポットライトリサーチ

励起状態での配位結合解離を利用して二重CPLを示す分子を開発!

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第701回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構(IRCCS, 山口茂弘研究室)にて特任助教をされていた森達哉 先生と大学院理学研究科博士後期課程1年の佐野嘉治 さんにお願いしました。現在、森先生は北海道大学 化学反応創成研究拠点(相澤直矢研究室)にて 特任講師をされています。

今回ご紹介するのは、二重の円偏向発光(CPL)を示す分子に関する研究です。CPLとは、右や左回りのらせん状に進む性質を持つ発光を指します。今回、光により可逆的に4配位と3配位が入れ替わる、キラルホウ素π共役分子を報告されました。報告された分子は4配位と3配位でキラリティの種類が異なり、光励起により切り替わることによって1つの分子から変化し、二重のCPLを示すことを明らかにされました。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開され、Outside Front Coverにも選出されています。

Dual Circularly Polarized Luminescence from Chiral Boron-Embedded Polycyclic Aromatic Hydrocarbons
Mori, T.; Sano, Y.; Ikai, T.; Kawasaki, Y.; Tomooka, K.; Sasamori, T.; Yamaguchi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 202665, e22746. DOI: 10.1002/anie.202522746

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では,光励起による結合解離に伴ってキラリティの種類が切り替わることを活用し,二重円偏光発光を示す分子を開発しました。ポイントは,ホウ素を含む非対称な多環芳香族骨格に,ホスフィンオキシド(P=O)基を分子内配位ユニットとして組み込んだ分子設計にあります。基底状態では,P=Oがホウ素に分子内配位して四配位ホウ素をつくり,ホウ素中心に中心性不斉をもちます(図1左)。一方で,光を吸収して励起状態になるとこのP=O···B配位結合が外れて(光解離1,2),ホウ素は三配位状態へと変換されます。その結果,炭素-ホウ素結合まわりの回転が立体的に妨げられ,新たに軸不斉が発現します(図1右)。つまり本研究では,中心性不斉と軸不斉という二種類のキラリティを,光励起に伴う結合の解離によって切り替えられる分子系を構築しました。

図1.分子内配位結合の光解離に伴い、中心不斉を有する四配位ホウ素が軸不斉を有する三配位ホウ素に切り替わるメカニズム。

合成した分子は11B NMRと単結晶X線構造解析によって,溶液・固体いずれの状態でも基底状態ではP=O基とホウ素原子が結合した四配位構造を形成していることがわかりました。一方で,発光スペクトルをみると,三配位ホウ素由来の発光が顕著に現れたことから、励起状態では分子内B–O結合が解離することが分かりました。特に、アントラセン骨格を含む誘導体(図2a)では、この光解離の程度は溶媒によって大きく変化し、トルエン中では460 nmに極大をもつ青色発光、メタノール中では590 nmに極大を有する橙色発光が、そしてジクロロメタンやクロロホルム中ではその両方の発光が観測されました(図2b)。このように、溶媒の種類に応答して四配位状態と三配位状態の励起状態における存在比率が変わり明瞭な二重発光を示すこと、そして水素結合を形成しやすい溶媒の時に光解離が促進し、三配位状態からの発光が主に観測されることが分かりました。

図2.溶媒に依存した二重発光を示すホウ素分子の(a)構造、(b)種々の有機溶媒中における吸収(点線)および蛍光スペクトル(実線)。

続いて,キラルHPLCによる光学分割を行ったところ,すべての誘導体でエナンチオマーの分離に成功しました。さらに,光照射下,100 ℃以上の加熱条件,ならびにメタノール等のプロトン性溶媒中においてもラセミ化はほとんど進行せず,高い立体化学的安定性を示しました。得られたエナンチオマーについて円二色性(CD)およびCPLスペクトルを測定したところ,いずれも明瞭なCDシグナルを示し,分子キラリティが光学応答として反映されることが確認されました。特筆すべきは,アントラセン誘導体では,トルエン中では四配位ホウ素由来の青色CPL(図3a),メタノール中では三配位ホウ素由来の橙色CPL(図3c)が,ジクロロメタン中ではその両方の発光帯を含む二重CPLを示したことです(図3b)。さらに,三配位ホウ素π共役系がもつ優れた発光特性を反映して,ドナー性置換基を導入した化合物は,赤色〜近赤外領域に及ぶ長波長CPLも示しました。

図3.アントラセン誘導体の(a)トルエン(b)ジクロロメタン(c)メタノール中における円二色性(CD)および円偏光発光(CPL)スペクトル

このように本研究は,光で結合を解離させることでキラリティを切り替えるというメカニズムにより,二重CPLという従来の有機キラル分子では難しかった特性を達成しました。高い発光効率と立体化学的安定性も兼ね備えることから,環境応答型のキラル発光材料(発光センサー,円偏光OLED材料など)への展開が期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

森:配位結合の形成・解離という現象を,単なる発光色や波長の切り替えに留めず,「キラリティの切り替え」へつなげる分子設計に繋げたところです。解離性のホウ素配位結合を利用した分子はこれまでにも報告されていますが,多くの場合は吸収や発光波長が変わるに留まっていました。そこで今回は,結合解離を分子の立体構造そのものの変換に直結させ,「光でキラリティが切り替わる」仕組みを狙いました。

また,文献調査しているときに気づいたのが,「炭素-ホウ素結合に軸不斉をもつトリアリールボラン」がほとんど知られていない点です。炭素-ホウ素結合は比較的長く,結合回転が起こりやすいため,軸不斉を安定に固定するのが難しいのだと思われます。そこで当研究室で報告されてきた,基底状態では安定な配位結合が励起状態でのみ開裂する“光解離”現象をうまく使えないかと考えました。基底状態では配位によって安定な中心性不斉をもつ四配位ホウ素として存在させておき,光励起したときにだけ結合が解離して軸不斉が生成させる,つまり軸不斉を“常に安定に保つ”のではなく,あえて「励起状態でのみ軸不斉を生成させる」というコンセプトです。実際に,光照射下でも,100 ℃を超える加熱条件でも,さらにはメタノールのようなプロトン性溶媒中でもラセミ化がほとんど進行せず,高い立体化学的安定性を示しました。

佐野:電子供与性基の導入についても、今回の分子設計には明確な狙いがあります。一般に、この種の誘導体では、吸収・発光波長の長波長化を目指して、π共役の拡張に寄与する位置に置換基を導入することが多くあります。本研究では、そうした単純な長波長化だけでなく、円偏光発光の重要な指標である異方性因子glumの向上も重視しました。そのため、電子供与性基はπ共役の拡張を直接もたらす位置ではなく、glumの向上に有利な位置へ導入しています。実際、電子供与性基の導入によってglumは変化する一方で、吸収波長にはほとんど変化が見られませんでした。しかし発光では異なる挙動が見られ、配位結合が解離するとホウ素と窒素の間にドナー–アクセプター構造が生じるため、極性溶媒中では発光波長が顕著に長波長化します。つまり、置換基導入によってglumの向上を達成しつつ、励起状態における配位結合の解離によって長波長発光も実現されています。このように、単純な長波長化だけを目指すのではなく、発光特性と円偏光特性の両立を見据えて置換位置を最適化できた点は、本研究の重要なポイントの一つです。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

森:キラルHPLCによる光学分割です。今回の分子は溶解性があまり良くなく,さらにピーク分離も十分でない条件が多く,高純度で単離するまでにかなり試行錯誤が必要でした。この課題は,九州大学の友岡先生3・河崎先生4にご助言をいただきながら乗り越えました。特に友岡研究室には非常に多種類のキラルカラムが揃っており,それらを使って移動相,添加剤,温度,流速などの条件を幅広く検討し,分離条件を詰めていきました。現場で条件を十分に試せたことが,最終的に全誘導体で分割に成功できた最大の要因だったと思います。

佐野:分子の安定性です。とくにアントラセン誘導体は、はじめはメシチル基を持たないものを合成していました。しかし、その場合には安定性に乏しく、合成・精製・保管のいずれにおいても非常に手間がかかりました。そこで、慎重に精製を行い、分解後に何が生成しているのかまで丁寧に検証することで改善の方向性を探り、最終的にメシチル基の導入に至りました。その結果、合成収率と安定性はいずれも大幅に改善されました。発光やキラリティの挙動を維持したまま、実験的に扱えるレベルまで安定性を高める必要があった点は、分子設計の面で苦労したところです。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

森:複数の典型元素を上手く使った分子を作っていきたいです。典型元素を骨格に組み込むと物性をチューニングできることはよく知られていますが,複数元素を入れたとき現れる相乗効果の活用には様々な可能性があると感じています。とくに,固体中でのパッキング構造や励起ダイナミクスを,典型元素の力で狙って制御し,そこでしか出ない発光や動的挙動などの新しい物性につなげたいです。

佐野:分子を合成すること自体がゴールとなる化学よりも、本研究のように、得られた分子が可逆性や平衡に基づいて複数の状態を取り、その振る舞いの仕組みを明らかにしながら機能へとつなげていく化学に関わりたいと考えています。分子そのものの複雑さを追うのではなく、状態変化や平衡、さらには共鳴構造の制御を通して機能が立ち上がるような、動的でしなやかな分子系を創出したいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

森:本研究は,私が所属する学際統合物質科学研究機構(IRCCS)5のクロスアポイントメント制度を活用しながら進めた研究です。私は1年のうち10%の期間,実際に九州大学の友岡研究室に滞在して実験を進めました。普段の研究から物理的に離れてキラル化学に触れたことで,分子の立体構造や動的挙動などを改めて深く考えるようになりました。今回の「結合解離をキラリティのスイッチングにつなげる」というコンセプトにも,その積み重ねがあってたどり着けたのだと思います。この経験を通して,異分野の研究に触れることで視野が広がり,分子の捉え方そのものが変わることを実感しました。自分の専門にとどまらず,さまざまな分野に目を向け,人との交流を大切にすることが,新しい発想や研究の広がりにつながるのだと思いました。

佐野:本研究は,自分にとって初めての本格的な研究であり,右も左もわからない状態からのスタートでしたが,この約2年間で大きく成長できたと感じています。その過程で,複数の研究室にまたがって研究を進めるという,なかなか得難い経験をさせていただきました。異分野の研究や他の人の研究には,論文を読むだけではわからない面白さや苦労があり,それらは実際にその分野に踏み込み,自分で取り組んではじめて理解できるものだと感じました。分野を横断することは楽しいことばかりではありませんが,その過程で得られる経験と成長には大きな価値があり,決して無駄にはならないと思います。

最後になりましたが,本研究を進めるにあたり,ご指導を頂いた山口茂弘教授に心より感謝申し上げます。また,共同研究でご協力頂きました井改知幸先生,笹森貴裕先生にこの場を借りてお礼申し上げます。また、このような機会をいただきましたChem-Stationスタッフの方々にも厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

研究者の略歴

左:森達哉,右:佐野嘉治

名前:森 達哉もり たつや
所属:名古屋大学 学際統合物質科学研究機構(IRCCS)(山口茂弘研究室)
(現所属:北海道大学 化学反応創成研究拠点 特任講師(相澤直矢研究室))
略歴:
2021年3月   九州大学大学院工学府 博士後期課程修了 (指導教官:安田琢麿教授)
2023年1月   名古屋大学学際統合物質科学研究機構 (IRCCS) 特任助教
九州大学先導物質化学研究所 クロスアポイントメント助教(友岡克彦研究室)
2026年4月   北海道大学 化学反応創成研究拠点 (ICReDD) 特任講師(相澤直矢研究室)

名前:佐野 嘉治さの よしはる
所属: 名古屋大学 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 機能有機化学研究室
略歴:
2024年3月 名古屋大学 理学部 化学科 卒業
2024年4月 名古屋大学 理学研究科 博士前期課程 入学
2026年3月 名古屋大学 理学研究科 博士前期課程 修了
2026年4月~現在 名古屋大学 理学研究科 博士後期課程 在学中

関連リンク

  1. K. Matsuo, S. Saito, S. Yamaguchi, J. Am. Chem. Soc. 2014136, 12580–12583. DOI: 10.1021/ja506980p
  2. M. Kawashiro, T. Mori, M. Ito, N. Ando, S. Yamaguchi, Angew. Chem. Int. Ed. 202362, e202303725. DOI: 10.1002/anie.202303725
  3. 友岡克彦 先生(ケムステ化学者データベース
  4. 河崎悠也 先生(ケムステ化学者データベース
  5. 学際統合物質科学研究機構 (リンク

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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