[スポンサーリンク]

一般的な話題

ポリ塩化ビニルがセンター試験に出題されたので

[スポンサーリンク]

 

今年度センター試験より

2013年のセンター試験の問題はもう確認しましたか。今年度も突飛な出題はなく、問題の難易度は例年なみというのが、大手予備校の評価のようです。

安全パイな定番の出題ばかりでネタに事欠き記事にしにくいんですけど。

 

とりあえず、ポリ塩化ビニルが出題されていたので、教科書には載っていない、身の回りに役立つまでの開発秘話でも、フォローしようかと思います。「可塑剤」ってなぁに?

 

今さらセンター試験の講評をしてもなんですし(作った先生に見つかってにらまれると怖いし)、それとは別にポリ塩化ビニルの話題をひもといていきたいと思います。わたしたちの身の回りでポリ塩化ビニルが役立つまで、その苦難の道のりとは、いったい?

キーワードはやわらかさを制御する「可塑剤」です。

 

反応は思い通りに進まなかったがやわらかくなっているぞ

ポリ塩化ビニルの合成が、初めて記録に登場するのは、19世紀のことです。1835年にフランスの化学者ヘンリ・ビクター・ルニョー氏が、ポリ塩化ビニルの生成を記載しています。塩化ビニルの入ったフラスコに日光が当たったとき、たまたま白い固体が壁面に出現することに気づいたとか。

20世紀に入るとドイツなどで、ポリ塩化ビニルの製造が研究されはじめました。しかし、ポリ塩化ビニル単独ではかたく柔軟さに欠けるため、上手く加工できず、あまり成功を収めることはありませんでした。今ではプラスチック(直訳すると可塑性材料)とまでも言われる合成樹脂のうち、草分けとも言える存在が、ポリ塩化ビニルですから、かたくてもろく加工できないという欠点はかなり致命的です。

ややあって、ブレークスルーは1926年に起こります。アメリカの化学者、ウォルドー・シーモン氏が、カルボン酸エステル(たとえば酢酸エチルフタル酸ジイソノニルなど)を「可塑剤」として添加することで、従来の課題を解決できることに気づいたのです。

 

Unknown

シーモン氏は アメリカ合衆国 南部 アラバマ州 デモポリス生まれ

この大発見、実はねらったものではなく、もとは偶然の産物なのです。そもそもシーモン氏は、金属とよくなじみ、くっつきやすいゴム素材の開発を目指して研究を進めていました。そんな中、ポリ塩化ビニルを脱塩素化し、ポリアセチレンにしたら何か面白い性質があるかもしれないと思い、いろいろと試していました。ところが、反応は期待どおりには進まず、ポリアセチレンもやはり得られませんでした。しかし、シーモン氏は溶媒を検討する中で、「カルボン酸エステルを加えるとポリ塩化ビニルをやわらかくする可塑性を持たせることができる」と気づきました。この発見がきっかけとなり、ポリ塩化ビニルが実用化され、はば広く利用されるようになったのです。

ポリアセチレンと言えば、合成された時期は、さらに22年くだった1958年のこと。チーグラー・ナッタ触媒で達成されました。シーモンの時代にポリアセチレンを合成できた人間はおらず、歴史の歯車は、成功のきっかけへと続くひとつの失敗を、シーモン氏にあらかじめ約束していたかのようです。

ちなみに、1967年に、チーグラー・ナッタ触媒を誤って1000倍濃度で使い導電性のポリアセチレン薄膜がたまたま作られ、白川英樹氏のノーベル化学賞につながる経緯はまた別の話になってしまいますが、運命とは奇妙なものですね。何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものに気づく、セレンディピティの能力が、そこかしらにも感じられます。

さてさて。話題を、ポリ塩化ビニルに戻しましょう。シーモン氏の発見に続き、グッドリッチ社が中心となって、可塑剤に使うカルボン酸エステルの量と種類を検討。柔軟さを思いのままに制御し、簡単に加工できるようになりました。これによって、広範囲にわたりポリ塩化ビニルが商用利用されるようになりました。消しゴム、電線の被覆、農業用のビニールハウス、水道の塩ビ管など、具体例は枚挙にいとまがありません。「可塑剤の概念を起点にした世界を変える化学ここにあり」、です。

200px-Goodrich_logo.svg

やれ可塑剤がにじみだし環境ホルモンだ、アレルギーだと騒がれたりもしますが、こういう発見の経緯があると、なんて可塑剤はありがたい存在なんだと感謝する気持ちにもなりますね。プラスチック製実験器具の可塑剤のせいで実験が上手くいかなかった経験をしたばかりなので、わたしはちょっと複雑な気分ですが(反省)。高校の教科書で割愛されていたとしても可塑剤って大事なんですよ!

 

便利な生活を支える高分子化学

高分子材料って、現行課程では一部が化学Ⅰの範囲なのですね。わたしがゆとり世代であったり、高校時代のカリキュラムが変則的だったりしたものですから、記憶があいまいなのですが、それはさておくことにしましょう。

高分子化学は、とくにきわだって、生活の役に立っている分野ですから、確かに高校生で勉強したい内容ではあります。しかし、いかんせん作題が難しく、ともすると言葉遊びに終始しがちです。う~ん。「『入りの化学式をすらすら(嫌悪感なく)読める」というのが、この単元のひとつの目標だと思うのですが、そういう意味で解いていて楽しい、あるいは知的好奇心をくすぐられるような出題が工夫されるといいなと思います。センター試験に出題されたこの問題に関して言えば、反応式や構造式をしっかり頭に描いてから解答することが大切でしょうね。

 

試験も青春だ!

では、国立大学二次試験は2月今月末25日あたりからが多いかと思いますが、受験生・保護者・高校教諭・予備校関係者等々、最善を尽くすためおからだにぜひともお気をつけください。エールを込めて、高校時代のわたしの恩師が、高校最後の定期テストの日に板書された言葉を送ります。

試験も青春だ!

 

追記

誤植があったため訂正しました(2013年2月20日)。ツイッターのツイート機能にて指摘くださった方、ありがとうございました。

 

参考書籍

[amazonjs asin=”4325200614″ locale=”JP” title=”センター試験過去問研究 化学 (2016年版センター赤本シリーズ)”]

 

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. PACIFICHEM2010に参加してきました!②
  2. 【経験者に聞く】マテリアルズ・インフォマティクスの事業開発キャリ…
  3. 化学者の卵、就職活動に乗りだす
  4. ヒドロゲルの新たな力学強度・温度応答性制御法
  5. レビュー多すぎじゃね??
  6. 中国へ講演旅行へいってきました①
  7. マイクロ波による事業創出やケミカルリサイクルについて/マイクロ波…
  8. 第7回HOPEミーティング 参加者募集!!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 死刑囚によるVXガスに関する論文が掲載される
  2. 溶液中での安定性と反応性を両立した金ナノ粒子触媒の開発
  3. 文献管理のキラーアプリとなるか? 「ReadCube」
  4. アレーン三兄弟をキラルな軸でつなぐ
  5. ゲームプレイヤーがNatureの論文をゲット!?
  6. マンニッヒ反応 Mannich Reaction
  7. 市販の化合物からナノグラフェンライブラリを構築 〜新反応によりナノグラフェンの多様性指向型合成が可能に〜
  8. EDTA:分子か,双性イオンか
  9. 新たな製品から未承認成分検出 大津の会社製造
  10. ロッセン転位 Lossen Rearrangement

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年2月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP