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化学者のつぶやき

アジリジンが拓く短工程有機合成

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 先日、Andrei K. Yudin氏 (トロント大学教授)の講演を聴く機会がありました。

彼はUCLAのOlah研でPh.D.取得後、スクリプス研究所のBarry Sharplessのもとでポスドクを行っています。その後トロント大学でポストを得、2007年にFull Professorに昇任したばかりの新進気鋭の研究者です。まだ37才という若さで、ラボもそれほど大きく無いのですが、JACSをはじめとしたトップジャーナルに何本も論文を通しています。

講演はアジリジン化学を基盤とした、複雑化合物の短工程合成法についての話でした。以前どこかで名前を見た記憶はあったのですが、どんな研究をされている方なのか、不勉強にて講演を聴くまで全く知りませんでした。なので、正直あまり期待しないで聴きにいったのですが、予期せず刺激的な講演に出会い、かなり目が覚めた気分になりました。

今回はその内容について簡単に紹介してみます。

前半部はアジリジンを求核剤として用いる辻-Trost反応から始まるストーリー。

この反応は、中間体であるπーアリルパラジウムに空いている方から求核剤が近づき、直鎖型の置換化合物を与えると言われてきました。しかし、アジリジンを使うとなぜか分枝型(混み合った方から反応)しかできないことが分かってきました。

よくよく調べた結果、「どんな種類のアミンでも、最初にできているのは分枝型(速度論支配)ではないか?」という仮説に彼らはたどり着きました。実際に得られる直鎖型のものは、「分枝型のものが逆反応を起こし、再び反応する。この可逆プロセスを経由した熱力学支配の生成物なのではないか」ということです。[1]

 

yudin2.gif

この独自に提唱した反応機構仮説をベースに彼らは、分枝型を選択的に得ることのできる条件を開発しています(下図)。[2]

yudin3.gif

単なる基質拡張・異常結果の報告にとどまらず、そこから新たな見方を提唱し、仕事の学術的価値を高めようとする姿勢に見習うべき点は多いと思えました。

 

後半部は独自に合成したアジリジンアルデヒドを使った新規有機合成法について。

アジリジンアルデヒドは、「求核部位と求電子部位を両方とも持っている分子」と捉えることができます。彼はそのような分子群を一般にまで拡張し、Amphoteric Molecule (両性分子)と名付けました。この捉え方によれば、イソニトリルも類似の両性分子と考えることができます。 そういったくくりで有機合成を展開していこう、というお話です。詳しいことは彼らのReview[3]を読んでもらいたいのですが、こんな簡単な分子がこうまで多様な反応性を示すのか!と思え、分子を見る新しい視点の重要さを学ばせてもらいました。

特に面白いと思った展開は、ペプチドミメティクスの効率的合成法[4]。末端アジリジンはチオカルボン酸と反応させればシステインライクな化合物に変換できるそうで、これを利用したリゲーションも行えるだろう、とのこと。

yudin4.gif

 単純そのものな一つの化合物を、多方面へ展開させる発想・斬新なコンセプトを打ち出し続けるプレゼンテーションは、impressiveそのものでした。カナダにも凄い奴がいるもんだなぁ、と感服。

ただ、まだ若い研究室ゆえか、研究中途の話が多かったのは致し方ないところでしょうか。たくさん話していた内容のうち、どの程度が形になってくるのか?現時点では未知数ですが、今後の論文に着目していきたいと思います。

 

講演後に少し触れてたことですが、彼がアジリジン化学に興味を持った理由の一つに、あるアドバイス(?)があったそうです。それは、『危険な化合物を使って研究をしよう。そしたら競争相手がいないからすぐ一流になれるよ』というもので、それを言ったのが、かのSharplessなのだそうです。Sharplessはオスミウムなどの有毒金属を使った反応で名を上げたことでよく知られています(そんなに毒じゃないんだよ!というデモンストレーションのためにオスミウムを舐めたりすることもあるとか?)。そんな彼が言った言葉だからこそ印象深く、とても人間くささの感じられるエピソードに思えました。

関連文献

[1] Watson, I. D. G.; Yudin, A. K. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 17516. DOI: 10.1021/ja055288c
[2] Dubovyk, I.; Watson, I. D. G.; Yudin, A. K. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14172.  DOI: 10.1021/ja076659n
[3] Yudin, A. K.; Hili, R. Chem. Eur. J. 2007, 13, 6538. DOI:10.1002/chem.200700710
[4] Li, X.; Yudin, A. K. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14152.  DOI: 10.1021/ja076155p

 

関連書籍

関連リンク

The Yudin Group トロント大学・ユーディン研究室のホームページ

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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