第706回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)に所属されていた黒田啓太 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、異性化重合に関する研究です。
付加重合によって得られる高分子は、通常、炭素–炭素結合のみで主鎖構造が構成されますが、主鎖に酸素や窒素などのヘテロ原子を導入できれば、高分子の物性や機能性のさらなる拡張が期待されます。。今回、3種類の異性化反応を連続的に起こすラジカル重合反応を開発し、主鎖にアミド結合を含む高分子合成を報告されました。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Cascade Radical Isomerization Polymerization to Engineer Polymer Backbones”
Kuroda, K.; Ouchi, M. J. Am. Chem. Soc. 2026, 148, 12909–12920. DOI: 10.1021/jacs.5c21559
研究を指導された大内誠 教授から、黒田さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
黒田君は、ディスカッションのときにいつも自分の手で紙に反応スキームを書きながら説明してくれました。パソコンやタブレットで説明するのが当たり前の今の時代に、黒田君はその場でさらさらと手で描きながら説明できるくらい、反応をしっかり理解していました。余談ですが、1:1のディスカッションでの説明は本当に見事なのに、人前でのプレゼンになると緊張してあたふたして言葉が出てこないことがあり、そんなギャップもまた微笑ましく印象に残っています(とはいえ、今ではプレゼンもかなり上達しました)。パワポより黒板を使う方がプレゼンが上手なのかもしれません。今回の異性化重合についても、黒田君が紙にスキームを書きながら説明してくれたとき、「そんなこと本当に起こるの?」と驚きながら聞いていたことをよく覚えています。そんな黒田君も学位を取得して、企業に就職しました。あの手描きのスキームを前に「ほんで、その先どうなるん?」と聞きながらワクワクする機会が無くなったのは少し寂しいですね。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
日常的に使われているプラスチック材料の多くは、「ビニルモノマーの付加重合」によって作られています。付加重合で得られるプラスチック、いわゆるビニルポリマーは、側鎖構造の多様性を大きな特徴としています。側鎖を設計することで、透明性、柔軟性、接着性、刺激応答性など、さまざまな機能を付与することができます。
一方で、ビニルポリマーには大きな制約もあります。それは、主鎖構造が基本的に炭素–炭素結合(C–C結合)に限られるという点です。もし付加重合によって、側鎖だけでなく主鎖構造までも自在に設計できるようになれば、高分子設計の自由度は大きく広がります。特に、C–C結合のみからなる主鎖は一般に分解されにくく、この難分解性が環境負荷の観点から問題となる場合があります。主鎖に分解可能な結合を導入できれば、材料としての安定性と使用後の分解性を両立した、新しい機能性材料の開発につながると期待されます。
本研究では、付加重合の進行中に3種類の異性化反応(ラジカルSmiles転位、SO2脱離、1,5-水素移動)を連続的に起こす「カスケード型異性化重合」という手法を用いることで、主鎖にアミド結合をもつポリマーの合成に成功しました。今回見いだしたアクリルアミドモノマー1の重合反応では、アミド結合(–CONH–)やエーテル結合(R–O–R′)をポリマー主鎖に導入することができます。これは、従来のビニル重合ではアクセスが難しかった主鎖構造を与える、新しい高分子合成反応です。さらに、モノマー構造を工夫することで、得られるポリマーに分解性を付与することも可能です。本手法で得られる高分子は、従来法では合成が困難だったユニークな主鎖構造を有しており、今後、機能性材料や環境調和型材料の開発につながることが期待されます。
本記事を読んで興味を持っていただけましたら、ぜひ原著論文もご覧ください。

図1 カスケード型ラジカル異性化重合による主鎖にアミド結合を周期的に導入した高分子の合成
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
異性化重合という研究テーマとの出会いは偶然でした。
修士学生の頃、私は現在とはまったく別の目標を持って研究を進めていました。当時取り組んでいたのは、側鎖構造が周期的に並んだ「配列制御高分子」の合成です。いかにしてモノマーの並びを制御し、天然高分子のような規則的な構造を持つポリマーを作るか。そのような観点から研究を進めていました。
その過程で、思いがけない現象に出会いました。ベンジルビニルエーテルというモノマーが、通常のラジカル付加共重合とは異なり、特異的な異性化反応を伴いながら共重合していたのです。
もちろん、これは当初から狙っていた反応ではありませんでした。むしろ最初は、重合反応の速度論的な挙動や、得られたポリマーの構造解析結果に、どこか説明しきれない違和感がありました。「なぜこのような組成になるのか」「なぜ予想とは異なる構造が見えているのか」。そうした疑問を抱きながら、さまざまな実験と先輩とのディスカッションを重ねた結果、この共重合が異性化反応を伴う特殊なメカニズムで進行していることを明らかにしました。
この発見は私にとって大きな転機でした。もともとは配列制御高分子を目指していたはずが、気づけば私は、この「異性化共重合」というメカニズムそのものに強く惹かれるようになっていました。ラジカル重合の途中で活性種が異性化し、その結果として通常とは異なるポリマー構造が生まれる。この反応の面白さに魅了され、いつしか「新しい異性化重合反応を自分の手で設計したい」と考えるようになりました。
そこからは、異性化反応を単なる偶然の現象としてではなく、設計可能な反応プロセスとして捉えるようになりました。どのようなモノマー骨格であれば、重合中に狙った異性化が起こるのか。異性化後のラジカルは、次の付加反応へ進めるのか。分子設計と実験を何度も行き来しながら、試行錯誤を重ねました。
そして最終的に、今回の「カスケード異性化重合」という新しい反応メカニズムにたどり着くことができました。偶然見つけた異性化共重合の不思議な挙動を出発点に、自分自身で新しい異性化重合反応を設計できたことは、非常に感慨深いものでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
狙った異性化反応を効率よく、しかも連続的に進行させながらポリマーを得る。言葉にすると単純に聞こえるかもしれませんが、実際には非常に挑戦的な課題でした。
今回着目したのは、「ラジカルSmiles転位」と呼ばれる異性化反応です。この反応がラジカル重合中に起こり得るという着想には実は偶然たどり着きました。
きっかけは後輩が別のプロジェクトで設計していたあるモノマーでした。そのモノマーは、通常であれば重合してもよさそうな構造をしていたにもかかわらず、なぜか反応が進行せず、まったくポリマーが得られませんでした。
「なぜ、ポリマーができないのか。」
この原因を考える中で、私はモノマーの側鎖構造に注目しました。重合中に生じた成長ラジカル種が、側鎖の影響によってSmiles転位を起こし、ビニル基に付加できないラジカル種へと変換されてしまっているのではないか。そう考えたのです。
しかし同時に、この現象は見方を変えれば、新しい重合反応のヒントにもなりました。もし、Smiles転位によって生じたラジカル種を、さらに別の異性化反応によって、再びビニル基に付加できるラジカル種へと変換できればどうなるだろうか。重合を止めてしまうはずの異性化反応を、むしろ重合を進めるためのプロセスとして利用できるのではないか。
この発想が、本研究の出発点となりました。
もちろん、実際の研究はそれほど単純ではありませんでした。ラジカル重合の最中に、狙った異性化反応を一つだけでなく連続的に起こし、さらにその先で付加反応へとつなげる必要があります。どこか一つの反応が遅すぎても、あるいは不要な副反応が競合しても、目的のポリマーは得られません。想定していた以上に、厳密な分子設計と条件制御が求められる研究でした。
それでも、これまで取り組んできた異性化共重合メカニズムの知見を活かしながら、モノマー側鎖の設計と重合条件の検討を重ねました。その結果、ラジカルSmiles転位、SO2脱離、1,5-水素移動という三つの反応を効率よく連続して進行させ、最終的に付加反応へとつなげることに成功しました。
振り返ってみると、本研究は「なぜポリマーができないのか」という失敗(?)の原因を考えるところから始まりました。当初は重合を妨げるものと思われた異性化反応が、見方を変えることで、新しい重合反応を生み出す鍵になったのです。

図2 A. ラジカルSmiles転位、SO2脱離、1,5-水素移動、B. これらの異性化反応が組み込まれたカスケード型ラジカル異性化重合
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在は化学系企業で働いており、今後は技術開発に携わる予定です。大学での研究生活を通じて培った姿勢や経験を大切にしながら、化学の力で広く社会に貢献できるような製品づくりに取り組んでいきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
研究生活を通じて学んだのは、華やかな成果の裏側には、目の前の事実に真摯に向き合い続ける姿勢があるということです。少し泥臭い言い方をすれば、それは疑問を少しでも明らかにしたい「根性」に近いものかもしれません。それでも、その根気強さこそが、研究を前に進める一番大切な力なのだと思います。
最後になりますが、研究生活を通じて温かくご指導いただきました大内先生、寺島先生、西川先生に、心より感謝申し上げます。また、本記事を執筆する貴重な機会を与えてくださいましたChem-Stationスタッフの皆様にも、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴

写真左:大内 誠 教授、写真右:黒田 啓太 さん
名前:黒田 啓太(くろだ けいた)
所属:京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻大内研究室(2026年3月修了)
略歴:
2021年3月 京都大学工学部 卒業
2023年3月 京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻修士課程 修了
2026年3月 京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻博士後期課程 修了
関連リンク
- 大内研究室HP (http://www.living.polym.kyoto-u.ac.jp/)
- プレスリリース (JST , Kyoto University)
- Cascade Radical Isomerization Polymerization to Engineer Polymer Backbones
Kuroda, K.; Ouchi, M.*
J. Am. Chem. Soc., 2026, 148(12), 12909–12920. - Umpolung Isomerization in Radical Copolymerization of Benzyl Vinyl Ether with Pentafluorophenylacrylate Leading to Degradable AAB Periodic Copolymers
Kuroda, K.; Ouchi, M.*
Angew. Chem., Int. Ed., 2024, 63(1), e202316875. - Introduction of Periodic Ketone Units on Vinyl Polymers via a Radical Alternating Copolymerization and Postpolymerization Modification: Sequence-Oriented Photodegradation in the Bulk State
Kuroda, K.; Ouchi, M.*
J. Am. Chem. Soc., 2025, 147(43), 39632–39639.






























