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Carl Boschの人生 その13

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Tshozoです。 少し唐突ですが最初に大事なお知らせを。世界トップの化学会社BASFがCarl Bosch生誕 150年に特設ページ(こちら)を作ったのは以前ご紹介したのですが、先日ふと見直してみると本件に関わる一番大事な文章がドイツ語原文で載っていました。それは上記ページの”Carl Bosch Motive”の項、オーストリアの起業家に因んだWilhelm Exner Medailleの受賞講演でBosch本人が作った原稿に書かれた文章で、生前あまり自身の意図を表に出さなかったBoschの貴重な信条とも言えるもの、かつアンモニア合成技術開発者として注目すべきものですので是非ご覧ください。というかこういう資料有料でもいいので一般公開してくんねですかねBASFさんお願いします。

ということで前回の続き。第一次世界大戦初期に硝酸塩プラントの影も形もなかったところから一気に年産300トンの巨大プラントを仕上げたBoschですが、よく考えてみたらこれが出来る会社は世界どこを探してもBASFのみ。また当然ながらアンモニア合成技術も唯一無二で硝酸塩、アンモニアを完全独占で供給する状態になっていました。全方位交戦中のドイツ帝国軍部も当然頼るのはBASFで、Boschはこの時点で既に代表権のある役員になっていましたからまぁ当然会社をその方向に持って行こうとするわけです・・・とはいえやり方によっては他企業との軋轢(der Widerspruch)をうむので相当に気を使って国(軍部)へ会社としての意見書(die Denkschrift)を提出したと書かれています。その要旨としては、

・「我らBASFは今回関税や国家の保護政策無しに開発に成功したわけで、その結果得られたアンモニア生産という分野以外の何らを求めるものではない」

・「とはいえ少なくとも『肥料』を独占的に国家に供給できるとすれば、産業振興的にも意味がありかつ名誉なことであるし、当社は自らの意思で最低限の取り組みを切望するものである」

というものでした。この点、著者のHolderemannはBoschの意図が相当織り込まれていると推定していて、個人的に重要なのはSprengstoffe、つまり「火薬、弾薬」の供給につき一切記載しなかった点にあります。この前後の時期のBoschやBASFについて扱った様々な文献を見ていると”BASFが積極的に火薬原料を供給した”的な記載をしているケースがそれなりの数あるのですが(BASF以外は供給出来なかったので一面的にはその記述は正しいのですが)、本書には上記のように国内産業に配慮したうえで(大々的に我田引水を拡げることもできたであろうに)文章的にも相当気を遣った形での供給契約をしていたのだ、と記載されていました。同著者はBASFに所属していた方ですので相当にポジショントークは入っているでしょうし実態は弾薬供給なのに往生際の悪い、という意見もあるかと思いますが、後のBoschの農業分野にかける意気込みを見ているとこれは「俺たちは肥料を提供するのだ」という苦肉の意思表示であったのでは、と筆者は推定しています。実際Boschが記述した部分を抜き出してみると

“Mit derselben streng wissenschaftlichen Methodik, durch welche sich die chemische Industrie Deutschlands ihre ueberragende Stellung in der Welt geschaffen hat, werden wir auch das Gebiet der Herstellung neuer Stickstoffduenger berarbeiten. Unsere tuechtigsten Kraefte sind damit betraut, neue Stickstoffverbindungen und deren zwerckmaessigste Herstelungsart aufzufinden, und unsere Agrikulturchemiker untersuchen die neuen Koerper auf ihren Duengerwert. Obwohl wir erst am Anfang dieser Entwicklung stehen, haben wir beriets zahlreiche Erfaehrungen und Forschritte von hoechster Wichtigkeit gemacht. In gleicher Weise bearbeiten wir die Herstellung kombinierter Duenger. Es unterliegt fuer uns keinem Zweifel, dass der deutschen chemischen Industrie auch auf diesem neuesten und wichtigsten Arbeitsgebiet eine grosse Zukunfut beschieden ist.”

(大意:強力な科学的手法などもあり我々は窒素肥料を生産できるようになったわけで、様々な優秀なスタッフの活躍により肥料価値の高い新材料も生み出せるようになっているのに加え、本件は開発初期であるものの非常に重要な経験、進歩を得られているうえ複合肥料の生産にも着手できるようになっている。これにより我々ドイツ化学産業は将来大きく進歩するであろう…)・・・という記載で、およそ軍部への報告書と思えない内容になっています。

この時点で既に経営層メンバになっていたBoschではありますが以前記載した通り農業科学・農業化学への思い入れは極めて強いものがありました。後述しますがこのクソ戦時中にも関わらずBASF内に農業化学研究所を創設し合成肥料を最適化し農薬への取り組みを開始し、植物の成長をおそらく世界で初めて映像化(リンク・イントロのみ)したりしています。昆虫採集や天体観測が好きだったりしていたBoschの自然科学に対する信念はこの厳しい状況でも変わっていなかったと信じたい筆者であります。

で、このあたりで国内外の専門家たちに「どうもBASFがアンモニアを大量合成できるようになったらしいぞ」とバレだし、Boschは時のドイツ政府の窒素肥料独占供給取扱いを話し合う委員会(das Stickstoffhandelsmonopol in der Kommission)で当時すでに色々潜り込んで活動していたBayerの”枢密審議官” Carl Duisbergと初めて(Haberと共に)面会することになります。ライバル会社の経営幹部同士がこういう形で出会うのもなかなか無いでしょうが、DuisbergはそこでBoschが課題を全て克服した卓越した技術者であることを知ります。そして1915年3月18日の同委員会でに高らかに「Haber-Bosch Verfahren」という合成法名が宣言されることになるわけです。原文は以前こちらに書きましたが、歴史的な宣言文でもありますのでご覧ください。

この話はあっという間に国内外に知れ渡り(おそらく各国スパイ等を通して諜報していたでしょうけど・みすず書房 日本版「大気の錬金術」にもこの前後で社員の引き抜きが始まったりしていた記載があります)、そのインパクトたるや当時戦争中だというのに歴史的にドイツと仲の悪い英国の科学者(Sir William Pearce)が大絶賛の文章を発表するというレベル。日産1kgとかいうこまい話でなく年産何万トンという驚愕の量を作れる最新鋭の合成技術、プラント技術がセットでまけ出てきたのですから各国度肝を抜かれたのは当然。いずれにせよドイツ帝国への独占的アンモニア供給計画は落ち着くべき処に落ちついたわけです。

・・・が、ここで問題が。この時点で当然戦争が始まっていたわけで、ドイツ帝国は東西に対して当時の連合国から挟み撃ちにされていて西は主にフランスからのちょっかいがメインだったわけです。で、当時(今も)BASF本社のあるLudwigshafenの国境からの位置を確認すると…

点線は当時の国境 メッスとかの西の付近がキワだったらしい

…そう、敵国(仏)からたった100km弱しか離れてない。ライト兄弟が人類初と言われる飛行に成功してから10年弱しか経ってなかったにも関わらずフランスではこの時点で既にニューポール小型飛行機が生産され、しかも航続距離250kmとフランス国境沿いから行って帰ってくるくらいのことは出来る実力がありました。ということは空爆を受ける。BASFの工場はさすがに防空機能を持っているわけではない。これはたまらん、となるのは火を見るよりも明らか。

ただ当時の飛行機はまだ搭載性が低く空爆と言ってもパイロットが手で爆弾を落とすか機銃を多少打つかのレベル。対してBASFのアンモニア合成プラントは当時最新鋭の合金や鋼鉄がふんだんに用いられていて、たとえ銃撃などを受けたとしても本体はほとんど影響を受けなかったようです。しかしアンモニアプラントはご存知フローケミストリーを地で行く連続型プラントで、たとえばどこか計器が故障したりセンサが故障したりすると全体を止めなくてはいけないケースがあり得た。あと空襲警報が出るとさすがに止めざるを得なくなる。そうなると合成のため一旦上げたリアクター温度と圧力を下げなくてはいけない。

こういう形でいちいち合成が止まり、それを再起動するのに多大な労力がかかるという悪循環がもたらされてしまったわけです。だいいち石炭→高温反応で水素取り出し→CO2除去→CO除去→N2分離・混合→高温高圧リアクターでアンモニア合成→冷却して取り出し、という曲芸まがいのことを戦時中に一気通貫でやってること自体がムリがあるわけで、、、

しかしここは吾らが親分Bosch。生産能率が全く上がらないのを見かねてある日「(大意)野郎ども、もう操業止めねえぞ! 作業員エリアに地下壕をつくって万一の時に避難できるようにしろ、タダとは言わねぇ、空襲警報が出るたびに金一封出す!」(Kinder, wir fahren durch!  Wir bauen Unterstaende fuer die Bedienungsmannschaften in den Betrieben und geben den Leuten eine Zulage fuer jeden Alarm!)という、以前書いた工場の扉をコンクリで埋めるレベルの命令を発動します。経営陣になってたとは言えヘタすると作業員の命にもかかわる話なのですが、Boschはなにせアンモニア合成については”司令官”ですから作業員もとっとと従って地下壕を作って土嚢を積み避難場所を工場の作業エリアに設けることに。ですが、このおかげで繰り返される空襲にもめげず操業レベルが落ちることがなくなるようになりました。フランスからの空襲が一番ひどい時には高圧水素のラインの近くに爆弾を落とされて配管が一部破損し水素ガスのフレアが噴き出す恐ろしい事態が発生したのですが、小一時間もしないうちにトラブルを収拾したという例もあったとのこと。ナニワ金融道の主人公が務める会社の社長が債務者をカタにハメた後に「人間、どんな辛い環境にも慣れていくもんや」と発言していたのを思い出しますね。

そんなこんなで連続稼働が続くのですが、戦争は当然継続していく中ですぐに戦線で消費される火薬の量に全然おっつかなくなります。このためすぐさま軍部と協議し、この鉄火場でさらに新工場を建設することに。Boschは以前からこの構想を持っていたようで、ライプチヒの西数十キロのところにある小さな”Leuna”という村を候補地に挙げます。他にも軍部側から提案はあったようなのですが結局彼の提案が採用されることになります。

ドイツ国内の石炭鉱マップを提示していた(文献1)の図を編集して引用

というのもLeunaは首都ベルリンと南部の主要都市フランクフルトとを結ぶ線のちょうど中間くらいにあり、Halleがすぐ近くにあることで鉄道にもアクセスしやすく、しかも上図のようにアンモニア用の水素の原料である石炭鉱がすぐ近くにある、と、、、石炭から水素を取り出すプロセスを確立していたBASFにはうってつけの立地だったわけです。こうして、先走って言うと第二次世界大戦中に作られた合成燃料”Leuna Benzin”にちなむ都市が化学工業都市の舞台として選定されました。この後のBosch達の動きは早く、1916年の1月に土地の選定が終わって細部が固まり、4月に国と合意して役員会で了承を得るともうその月の末に工場の設計を始めるという、、、戦時中なのと国がバックについていたのもあるのでしょうが、いちいち決断と行動のスピードが速い。ただ戦時中ということもあり資材の調達に非常に難儀したことから、さすがに初期稼働は1917年の3月までかかってしまいます。なおこの時の工場長はご存知カール・クラウフ。そう、アンモニア合成プラント開発の時に一酸化炭素の除去技術を発見・発明、開発した随一の技術者であり、後のBoschの右腕でもあり(クラウフのことを”Das ist ein Mann, der Mumm in den Knochen hat!”(大意:こいつはキモが据わってる漢だ!)と呼んでいたそうです)、先走って言うとニュルンベルグ裁判で引っ張り出されてしまうことになる経営者ともなるスタッフでありました。

それでは今回はこんなところで。次回はこのLeuna工場建設に関わるBoschの小話から始めるとしましょう。

参考文献

1. “German Just Transition: A Review of Public Policies to Assist German Coal Communities in Transition” Report 21-13, November 2021

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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