第721回のスポットライトリサーチは、金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科(平野研究室)博士前期課程2年の新井勇人 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、水素原子移動(HAT)触媒反応に関する研究です。
含シリコン分子や複雑な炭素骨格を構築する有機ケイ素モチーフとして、α-シリルアルコールが知られています。その合成上の有用性にも関わらず、多様な構造を持つα-シリルアルコールの合成は、多段階反応や低い官能基許容性が課題となっていました。今回、HAT触媒を利用し、α-シリルアルコールの弱いC−Si結合を残したまま、強固なC―H結合を選択的に切断するα-C−Hアルキル化反応を報告されました。さらに、本手法で得られた α-シリルアルコールを用い、反応条件を変えることでC−Si結合およびC−O結合の選択的な変換反応を実証されました。本成果は、ACS catal. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“α-C−H Alkylation of α-Silyl Alcohols: Hydrogen Atom Transfer Catalysis Preserving Labile C−Si Bonds”
Arai, Y.; Ogura, S.; Kamasaki, S.; Wang, C.; Matsumoto, A.; Hirano, K. ACS catal., 2026, 16, 12965–12972. DOI: 10.1021/acscatal.6c03020
研究を指導されている松本晃 助教と平野圭一 教授から、新井さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
松本晃 先生
新井くんを一言で表すなら「圧倒的成長」です。私が現職に着任した当初、4年生だった彼は大学院進学を決めつつも、どこか研究に対して身が入りきっていない印象を受けました。そこで平野先生と相談し、これまでのテーマに加えて本研究テーマも任せ、二つのプロジェクトを並行して進めてもらうことにしました。まだ研究を始めて間もない学生が一つのテーマをやり遂げるのも大変な中、新たにテーマを受け持つことはかなりハードだったと思います。本人も当初は戸惑っていましたが、「このままではいけない」と自らスイッチを入れ、目つきが変わったように熱心に取り組む様になりました。
その変化から現在に至るまでの成長は目を見張るものがあります。今や新井くんはラボの中心人物として複数の研究を論文化に導いただけでなく、現在も新規テーマの開拓、総説の執筆、学会発表、後輩指導に至るまで、まさに八面六臂の活躍を見せています。課題を乗り越えるたびに一回りも二回りも成長していく姿は、教員として頼もしい限りです。
彼はまだ進化の途上にあります。これからも持ち前の愛されキャラで周囲を巻き込みながら、さらに飛躍していく姿を見られることを、今後も楽しみにしています。
平野圭一 先生
新井くんは、私が金沢大学に着任してすぐ、実験室の整備もほぼできていない状況で研究室に加入してくれました。「この研究室にはまだ何もないし、この先どうなるかもわからない。それで良ければお越しください。」からのスタートでした。そして、経験のある先輩もいない。。。まさに丸腰で荒野に投げ出された状況だったと思いますが、きっとそれすら楽しみ(?)、力に変えながらこの3年間を過ごしてきたのだと思います。M2になった今では、自らが頼もしい背中を後輩たちに見せてくれており、私も頼ってばかりです。
新井くん自身は、すでに自走モードに入りつつも、いろいろなアイディアやデータをもって頻繁に議論にきてくれるので、私も化学って楽しいなぁと日々実感させられています。王さん、松本さんともたくさん議論しているので、広い視点で研究課題を捉えられているのもとても素晴らしい点です。
つねに鬼神のごとく実験しており、ちょっと休んだら?と心配になってしまうくらいの新井くんですが、野球で培った「やりきる力」でいろいろな研究をゴールに導いてくれました。青天井のこの世界で、行けるところまでとことん行ってほしいですし、いやもっと行けるでしょ?とついつい言ってしまう学生でもあります。これからも持ち前の素直さと謙虚さ、行動力で化学を楽しみ、「昨日の自分よりも一歩進んだ今日の自分になる」を繰り返しながら自己実現してほしいと思います!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
α-シリルアルコールは、炭素アニオンや炭素ラジカルといった活性種の前駆体として機能することから、医薬品をはじめとする複雑分子の合成に利用される有用化合物です。一方で、その合成には多段階の反応を要し、官能基許容性にも乏しいことから、より簡便で汎用性の高い合成法の開発が求められてきました。
本研究では、通常は化学反応で優先的に切断されやすい α-シリルアルコールの C–Si 結合を残しつつ、より強固な C–H 結合を独自の水素原子移動(HAT)触媒系によって選択的に切断することで、入手容易な単純構造の α-シリルアルコールを、より複雑で高度に官能基化された分子骨格へと「アップグレード」させることに成功しました(図 1)。

さらに、本手法で得られた α-シリルアルコールは、反応条件に応じて C–Si 結合および C–O 結合を選択的に変換できることも実証しました。すなわち、本手法は目的分子の合成だけでなく、その後の多様な分子変換にも活用できる高い汎用性を備えており、これまで合成が難しかった有機ケイ素化合物へのアクセスを大きく広げる成果であると考えています(図 2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
基質の C–Si 結合を保持しつつ、C–H 結合を選択的に切断するのに適した反応条件を詳細に検討したことです。当初は、既存の HAT 触媒ではなかなか反応がうまくいかず、途方に暮れていました。そこで、HAT触媒として機能するリンイリドの柔軟な構造修飾性に着目し、研究室にあるさまざまな構造のリンイリド触媒を片っ端から試していきました。そして、試行錯誤を重ねた末、既存の HAT 触媒を大きく上回る反応性と選択性を示すリンイリド触媒を見いだすことができました。初めてその結果を確認したときは、「ついに見つけた!」と、思わず感動してしまいました。
さらに、合成したα-シリルアルコールをさまざまな分子変換に活用できるか検証した際には、正直、どこまで使えるのか不安もありました。しかし、実際に試してみると、想定していた以上にさまざまな反応に適用できることが分かり、「これはいけるな」と、研究の可能性を強く感じました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究テーマで特に難しかったのは、研究成果を論文という形で発表するまでの過程です。これまで論文を一から作り上げるという経験があまりなかったこともあり、どのように研究成果をまとめれば研究の魅力をうまく伝えられるのかが分からず苦労しました。また、研究当初は自分の知識が足りなかったこともあり、研究の魅力を自分自身が一番分かっておらず、指示されたことを淡々とこなしているような状態でした。転機となったのは、初めて臨んだ学会発表です。面識のない外部の方々に自分の研究を理解してもらうために、発表資料を何度も作り直しました。そして、発表で質問や意見をいただく中で、自分の研究を一歩引いて見つめ直すことができました。「この研究、もっと面白くできるんじゃないか」そう思うようになり、少しでも上のジャーナルに投稿したいという気持ちも芽生えていきました。そこからは、絶対に妥協しないと決めて、あれやこれやと試行錯誤しました。「この日までには論文を完成させる」と決めていたはずが、気づけば一年ほど経ってしまっていました。。。それでも、得られた実験データをもとに考察し、それを確かめるためにさらに実験し、また考察するというサイクルを何度も繰り返しました。また、一見不都合な結果も決して悪いデータと決めつけず、その意味を客観的に見極めることを徹底しました。そうして妥協せずに研究と向き合い続けた結果、最終的に納得のいく形で論文発表までたどり着くことができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
研究室に入る前、私が一番苦手で嫌いだったのが有機化学でした。この研究室を選んだのも、「こういう研究をやりたい」という明確な理由があったわけではありません。実際、第一希望の薬物動態系の研究室には入れず、最終的には、何となく研究室の雰囲気が良さそうだと感じて、平野研を選びました。最初は、できないことが多く、いろいろと苦労もありましたが、分からないことに向き合い、試行錯誤しながら一つずつ理解していく中で、以前は苦手だった有機化学が、いつの間にか夢中になって取り組めるものへと変わっていきました。
今後、私は博士後期課程へ進学します。博士後期課程では、これまで以上に研究に能動的に向き合い、一つでも多くの成果を生み出したいです。そして、研究を通して成長し、化学の進歩に貢献できる研究者になりたいと思います!
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。博士進学に悩んでいる人に向けて参考になればと思い、自分が博士進学をしようと思ったきっかけについてお話ししたいと思います。
私は高校生の頃から、何かに一生懸命取り組むことに恥ずかしさを感じ、4年生になるまでダラダラと過ごしていました。聞いた裏話によると、色んな先生方に「あの子大丈夫?」と心配されていたみたいです。(笑)そんな中、平野さんから「与えられた環境の中で、自分の選択をどう正解にしていくか」ということを教わりました。今振り返ると、あの言葉が自分を変えるきっかけだったと思います。その言葉を胸に、今日まで本気で研究に向き合ってきました。その中で、頑張って叶えたこともあれば、頑張っても叶わなかったことも、たくさんあります。生きていれば、誰にでもあることだと思います。けれど、どれも頑張ってみないと分からないことだからこそ、頑張ってよかったと思いますし、本気で向き合ってよかったなとも思います。今、あの頃の自分よりは成長できたと実感していますが、まだまだ足りないところもたくさんあります。だからこそ、もっとできるようになりたい、もっと成長したいと思い、博士課程への進学を決意しました。
また本研究以外にも、これまでに3報の論文を第一著者として発表することができました。[2,3,4] こちらも合わせてご覧いただけたら嬉しいです。
最後になりましたが、これまでの研究活動を通じて、ご指導・ご助力いただいた平野圭一教授、王超准教授、松本晃助教をはじめ、日々支えてくださった皆様に、この場をお借りして心よりお礼申し上げます。また、このような貴重な機会をいただきましたChem-Stationのスタッフの皆様にも、心よりお礼申し上げます。
研究者の略歴

名前:新井 勇人(あらい ゆうと)
所属:金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科 創薬科学専攻 博士前期課程 元素創薬合成化学研究室
略歴:
2021年3月 大阪府立高津高校 卒業
2025年3月 金沢大学 医薬保健学域 医薬科学類 卒業
2025年4月〜現在 金沢大学 医薬保健学総合研究科 創薬科学専攻 博士前期課程 在学(指導教員: 平野圭一)
関連リンク
- https://www.eurekalert.org/news-releases/1139250 (プレスリリース 英語版)
- Arai, Y.; Matsumoto, A.; Nakamizo, H.; Ogura, S.; Wang, C.; Hirano, K. Facile Synthesis of α-Silyl Alcohols via Addition of Trimethylsilyllithium to Carbonyl Compounds. Chem. Pharm. Bull., 2026, 74, 289–293. DOI: 10.1248/cpb.c26-00060
- Arai, Y.; Kobayashi, R.; Matsumoto, A.; Sugimoto, K.; Wang, C.; Hirano, K. Dianionic Tetraalkynylmagnesate Complexes: A Strategy for Propargyl Amine Synthesis. Org. Lett., 2026, 28, 9043–9047. DOI: 10.1021/acs.orglett.6c02543
- Arai, Y.; Inaoki, A.; Wang, C.; Hosaka, M.; Saito, N.; Matsumoto, A.; Uchiyama, M.; Hirano, K. Access to Structurally Diverse 1-Boraphenalenes via the Nucleophilic Hydroboration Reaction. Org. Lett., 2026, ASAP. DOI: 10.1021/acs.orglett.6c03445






























